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17:望んだものは

「昨夜はお楽しみだったかな?」

「えぇ、そうだけど? 悪い?」

「えぇーっ! いつものリュミじゃん! 納得いかないー!」

「何を期待してたのかわからないでもないけど。貴方とは年季が違うのよ、年季が」


 夜が明けて朝になり、朝食が出来たということで食堂にリュミと向かう。

 食堂に入るなりアニスフィアがリュミをからかおうとしているが、リュミは平然と返していた。それが不満なのか、アニスフィアがつまらなさそうに唇を尖らせている。

 一夜明けてみればリュミはすっかりいつもの不貞不貞しさを取り戻していた。それは俺と共に居た頃から変わらない彼女の姿で、思わず口元に笑みが浮かぶ。


 それから朝食が冷める前に食べようということで食事が始まる。流石、王族の朝食とあって味も良い。ついつい食べ過ぎかと思う程度には食が進んでしまった。

 食事をしている間に会話はなく、皆が食べ終えた頃ぐらいにアニスフィアが真っ先に口を開いた。


「ソナタ、リュミとすぐ再会出来て良かったね」

「あぁ」

「リュミも偶々、離宮に来てたの?」

「そういう事にしておきましょう」


 掴み所のない返答をしてリュミは笑みを浮かべている。アニスフィアはジッとリュミの様子を探っているようで、その目が細められている。

 すると、今度はユフィリアがリュミへと声をかけた。


「リュミ。まず再会おめでとうございます、と言うべきでしょうか」

「……改まって言われるような事でもないわよ」

「そうですか。それで今後、どうされるつもりですか?」

「今後?」


 リュミが訝しげな表情を浮かべながらユフィリアを見る。ユフィリアはリュミから視線を外して、今度は俺を見つめる。


「これはソナタにもお伺いした方が良いですね。立場上、出来れば貴方たちの行動は把握しておきたいと思っておりますので」

「今後、か」


 俺の旅の目的はリュミと再会し、言葉を伝えるためだった。その目的は果たされてしまったのだから、俺は目的がなくなってしまった。

 だから今後どうすると聞かれると考えなくてはならない。そしてユフィリアは改革を進める女王として、過去の時代の者である俺たちのことを把握していたいのだろうと思う。


「……ユフィリア、今のリュミの国における立場というのはあるのか?」

「いえ、特には。以前までは本当にどうしようもなくなった時の最後の手段として控えてもらうという契約をしておりましたが、今は私やアニスもいますので……」

「そうか」


 俺はちらりとリュミを見る。リュミは俺の視線に気付いて、少し戸惑うように俺を見つめ返した。

 暫しリュミを見つめてから、改めて俺はユフィリアへと視線を移す。


「現女王であるユフィリアに願いたいことがある」

「何でしょうか?」

「リュミが国と交わした契約を完全に破棄して欲しい」


 リュミが目を見開いて俺を見つめる。ユフィリアはただ静かに俺を見つめ返していた。


「俺たちは過去の時代に生きた者で、人の理から外れた存在だ。これからのパレッティア王国に俺たちのような過去の遺物が居座り続けるのは良くないと思っている」

「……それは、この国を出て行くということですか? リュミを連れて」

「少し違うな。正確に言うとリュミをパレッティア王国から自由にしてやりたいんだ。責務や義務にもう二度とリュミを縛り付けたくない」

「ちょ、ちょっとソナタ。何を勝手なことを言ってるのよ? 私がこの国を見守ると決めたのは自分で決めたことなのよ?」


 リュミが割って入るように言った。その表情は困惑に染まっている。どうして俺がそのようなことを言うのか理解出来ないからだろう。


「リュミがそう思うのは良い。だが、契約という形だけを破棄したい」

「……どうして?」

「約束があればリュミはそれを果たそうとするだろう。君は精霊契約者だ。自分で決めたことだと言っても、契約という形を取れば君はそこから逃れられない」

「それは……でも……私が決めたことで……」

「だから、それを誰かと約束する必要はないという話だ。約束や契約があれば君はそこから逃げられない。違うか?」


 私の指摘にリュミは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 精霊契約者となった者にとって契約というのは自分の存在を世に保つための楔の側面でもある。その楔が長い期間であればある程、自我と存在を保つのには都合が良い。

 反面、一度契約を交わしてしまえばよほどの事が起きない限り契約を解除することが出来ないという欠点がある。先程も言った通り、自分の存在を保つための側面もある以上、契約の同意には本人の意志が関わってくるからだ。


「リュミがそれを望んだ、というのは構わない。だが、そこに国を紐付けるのは良くないと俺は思う。それはあの方が犯した間違いにも繋がりかねない。君もわかっていたからこそ、本当の有事以外には力を振るうつもりはなかったんだろうが……」

「……成る程ねぇ。確かにそう言われると精霊契約者にとって契約とか約束って言うのは思ってた以上に重たいものなんだね」


 アニスフィアが神妙な顔を浮かべながら腕を組んでいた。その隣ではユフィリアも何か思う事があるのか、曖昧な表情を浮かべてリュミを見つめていた。


「だからリュミとの契約を破棄して欲しい。口約束と言えども、精霊契約者にとって約束や契約の重さを考えると今の状態のままは俺が望まない」

「そうですね。私にも理解出来ます。それにリュミの力に頼ってしまうのは私たちにとっても望ましくないことでもあります」


 ユフィリアが表情を引き締めて同意を示して頷いた。そして視線をリュミへと移す。


「リュミ、女王として正式に貴方と結んだ契約を破棄することを宣言します」

「……たかが口約束よ」

「それでも約束は約束です。私たちにとって交わした契約や約束の重さはソナタが語った通りでしょう?」

「リュミが望むなら別にこの国を助けても良いさ。ただ、一人で考えて選ぶのは止めてくれ。リュミの願いを叶えるために俺がいるのだから」

「……ふん」


 リュミは唇を尖らせながらそっぽ向いた。その仕草に思わず笑みを浮かべてしまう。


「ユフィリア、リュミを自由にしてくれてありがとう」

「いえ、構いません。リュミには恩もありますから」

「あぁ。それで改めて今後の話に戻るが……俺はリュミを隠居させたいと思っている」

「……ちょっと。さっきから勝手に決めないでくれる?」

「では聞くが、リュミは希望はあるのか?」


 リュミが睨んでくるので、逆に問い返してやるとリュミは言葉を詰まらせた。それから視線を彷徨わせて、気まずそうに溜息を吐いた。


「敢えて自惚れるが、リュミは俺と離れたくはないと思っているだろう?」

「…………」

「俺はリュミと離れるつもりはないし、君には隠居して欲しい。二人で何にも追われず、静かにゆっくりとしてみたい。国のためでも、誰かのためでもなく、ただ俺たちのためにこれからの君の時間の全てを俺が貰い受けたい。そう思っている」

「……ッ、本当に……貴方って人は……!」


 リュミは一気に顔を真っ赤にさせて、手で顔を覆って俯いてしまう。

 自分でも恥ずかしいことを言ってるとは思うが、これが俺の嘘偽りない本心だった。


「俺はあの日の続きを、俺たちのための続きを夢見ていた。その夢はリュミと一緒じゃないと叶わない。俺のためにどうか叶えてくれないか? リュミ」

「……卑怯な人。そう言えば私が断れないこともわかってて言ってるんでしょ?」

「勿論だ。それに断らせるつもりもない」


 リュミはまるで堪えられなくなったかのように顔を覆ったまま椅子に力なく背中を預けて姿勢を崩している。

 そんなリュミに微笑ましさを覚えつつ、俺は改めてユフィリアへと向き直る。


「勿論、本当にどうしようもならなくなった時に助力を請われれば惜しむつもりはない。だが国に属するつもりはない」

「成る程。では、具体的に二人で生活をしたいというのは?」

「アルガルドが開拓を進めている領地に移り住もうかと思っている。そこで開拓の手助けはしつつ、ゆっくり過ごせればと考えている。アルガルドから聞いているが、あちらの開拓地は出来る限り自然をそのまま残そうとしているのだよな?」

「えぇ。精霊資源を枯渇させないためにも、全ての領地で魔学による発展を望むつもりはありません。グリーンヘイズ辺境伯領は亜人も住まう地にもなると思うので、彼等の文化を尊重し、開拓はしますが開発をするつもりはありません」

「で、あるならば俺たちが住まうには都合が良いと思う。あちらは人手も足りなければ開拓しなければならない領地そのものも広い。悪い話ではないと思うが?」

「損がある話ではないと思うので、私としては何も言うことはありません」

「そうだね。アルくんの手助けをしてくれるって言うなら逆に助かるぐらいだし」


 ユフィリアとアニスフィアがそう答えてくれた。彼女たちにとってリュミの隠居というのは問題はないのだろう。

 であれば、後はリュミ次第ではあるが。そのリュミは視線を崩してぐったりと脱力したまま俺を睨んだ。


「……本当、馬鹿なんだから」

「君に夢中だからな」


 力なく文句を言ったリュミに返答すると、リュミはもう一度小さな声で馬鹿、と呟くのだった。


 

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