18:そして、人生は続いていく
俺はリュミと共に中庭へと訪れていた。昼の中庭は夜の中庭とはまた印象が異なる。夜の闇と魔道具の光で彩られた景色も美しかったが、日の光の下で見える景色は穏やかで心が安まった。
時が流れても季節を彩る花々に大きな変化はない。新しい花も増えているが、その花の中に変わらぬものがあることが何とも嬉しくなってしまう。
「良い場所だな」
「先代の王様は園芸が趣味なのよ」
「園芸が趣味な王様か。時代は変わるものだ」
自分たちの時代では王が趣味を持つなんて人らしいことをするなんて考えられなかった。思わずリュミへと視線を移して彼女の顔を凝視してしまう。
私の視線に気付いたのか、リュミが胡乱げな表情を浮かべて見返してきた。
「何かしら?」
「君は趣味は出来たのか?」
「……そうね。服を作るのとか?」
「それは良い趣味だな」
「子供を育てたことも、あったから」
リュミは視線を遠くに向けて、小さく呟いた。
その声に力がなく、憂いの色が見えた。それはリュミの傷の一つなのだろうと察してしまった。
「子供を育てるのは大変だったな。だが、あの子たちは立派だったぞ。王族としてなら私なんかよりよっぽど優秀だった」
「……そう。でも母親がいなくてさぞ苦労したんじゃなくて?」
「そこはヴィオレーヌもいたからな」
「……あぁ、そう。そうね、彼女がいたんだったわ」
ヴィオレーヌ、とリュミは繰り返すように名前を呼んだ。彼女の名前を告げた時、リュミの表情が揺らいだのを私は見逃さなかった。
「思い出せるか?」
「……言われたら、ね。でも、思ったより私も記憶が薄れてたみたい」
「ユフィリアとイリアがよく似ている。色合いはユフィリアで、立ち振る舞いはイリアだな」
「……そうね。言われれば、そうだった気もするわ。ただあの二人ほど感情豊かではなかった気もするけど」
「見せないだけだ、アレは。俺も夢に魘されるほどに苦言を零されたぞ」
俺が笑いを含んだ声で言うと、リュミは曖昧に笑いながら俺の手に自分の手を添えてきた。そのままリュミと手を繋いで、二人でゆっくりと中庭を進んで行く。
「私が育てた子たちは、私が原因で……死んじゃった」
「……そうか。置いていかれるのは辛かったな」
「……私が原因で死なせてしまったようなものだから。辛いなんて思う資格があるのかしら?」
「だったら尚更、リュミは悲しむべきだな」
「悲しむべき……?」
「自分を責めてばかりでは許すことも出来ないだろう? そうして傷が癒えないまま傷を引っ掻いて、痛みが引く訳がない」
俺は足を止めてリュミを見つめる。リュミは惑うように瞳を揺らめかせたまま、俺を見上げている。
「心配していた通りになったのは喜ばしくもあり、傍にいれなかったことを悔やんでしまうよ」
「……何よ、それ」
「人として生きれば嫌でも傷つく時が来る。失敗だってする。自分や誰かを許せない時も来るだろう。その全てを抱え込んでしまいそうな危うさがリュミにはあったからな」
「……大きなお世話よ」
「時代を越えてまで君を探しに来てしまったからな。確かに大きなお世話だ」
喉を鳴らすように笑うと、リュミが勢い良く俺の足を蹴ってきた。顔を俯かせて、赤みの差した顔を隠すリュミに笑みが浮かぶ。
「リュミ」
「……何よ、もう」
「君がもう満足したと思った時、共に眠れたらと思ってる。だから抱えていたものを一つずつ、降ろしていこう。これから一緒に」
俺の言葉を受けてリュミが俯かせていた顔を上げる。どこか戸惑ったような仕草に俺は繋いでいた手を離してリュミの頬を撫でる。
「俺たちに果たすべき義務はもうない。後を継ぐ者がいて、これからずっと続いていく。だからいつ終わっても良いと思うんだ。君は誰かに言われないといつまでも終われないだろう? リュミは優しいからな」
「私は優しくなんてないわよ」
「でも、放っておくことも出来なかったんだろう? どうしようもなくなったら手を貸すというのは君も妥協した条件の筈だ。自分自身を諫めるための制約としてね」
リュミは俺の指摘に苦虫を噛み潰したような表情になり、眉間に眉を寄せた。
飄々として掴み所がないように見せて、その心の奥底に秘めた優しさを見せようとしない。それがリュミという人だった。
「リュミ、俺は人の美しさは思いを継いでいけることだと思うよ。この時代まで俺たちの意志は受け継がれて、俺たちよりももっとより良い国を見せてくれた。そんな未来がこれから続いていくんだ。いつまでも親が子の面倒を見る必要もないのさ。だから、これからは自分のために生きて良いんじゃないか?」
「自分のため、ね」
リュミは一度目を伏せてから、困ったように微笑んでから俺を見た。
「……だったら、そうね。癪だけど貴方と同じよ、ソナタ。私、貴方と生きて貴方と一緒に眠りたいわ」
「リュミ」
「一人でいるのは、やっぱり寂しいもの……」
リュミが抱きつくように身を寄せてくる。そんなリュミの背に手を回して、リズムをつけて背中を叩く。
「もう頑張らなくていいなら、このまま穏やかに過ごすのも悪くないと思うわ」
「あぁ。君は頑張りすぎるほどに頑張ったよ、リュミ」
「隠居ね。悪くないのかもしれないわね、貴方がいてくれるなら」
穏やかに微笑みながらリュミがそう言った。俺はリュミの身体を抱き上げて、そのまま口付けを交わす。
突然抱き上げられてキスされたリュミは目を丸くしていたけれど、くすぐったそうに身を捩った。
「リュミ。一つだけ、君にワガママを言いたい」
「ワガママ?」
「俺をこの時代まで生かしてくれた子に恩返しがしたい。この子は俺と出会うまでずっと不幸で、幸せになりたくても記憶のせいで幸せになれないと言っていた。だから俺はもう一度、この子に生まれて欲しい。今度はちゃんとした親子として、この子の願いを叶えてあげたい」
「……そ、それって」
「子供を作ろう。今度は何も継がせない、責務も負わせない自由な子供として育てて、親子として共に在ろう。俺は子供を作るなら君とが良い」
子供を産みながらも、母親としてあることが出来なかったリュミに今度こそ母親として生きる機会を与えたいという思いもある。俺をここまで連れてきたサリアへの恩返しもある。
だからリュミとの子供が欲しい。そう言うとリュミは顔を真っ赤にしながらも目を潤ませた。それから仕方ない、と言うように半ば苦笑が混じった笑みを浮かべた。
「……私、こんな見た目なのよ?」
「あぁ、可愛いな」
「でも中身はお婆ちゃんよ?」
「俺も中身は老いぼれさ」
「呆れたわ。……本当に、呆れるぐらいに愛されてるって自覚させられる」
リュミが手を伸ばして俺に抱きついてくる。リュミを抱えたまま、俺も強く彼女を抱き締める。
「ずっと……足りなかったのね。私も、貴方が欲しい。だから貴方の願いを叶えてあげたいと思うの」
「リュミ」
「……だから、ね? 五百年分、愛してくれる?」
「五百年分だって足りないぐらい、君を愛している」
リュミの唇を奪うように口付けてから言う。強引に深く口付けて、貪るように喰らい付く。身を震わせていたリュミだったが、息が苦しくなってきたのか膝で蹴って抗議してくる。
リュミを解放すると、彼女は泣き笑いのような表情を浮かべて俺を見ていた。そんな彼女と額を合わせて俺は告げる。
「いつか眠るその日まで、俺の全てで君を愛すると誓うよ。君と約束をする」
「……約束よ?」
「破るつもりもないし、破らせるつもりもないから安心しろ」
そう言い合って、俺たちは笑い合った。
旅は終わる。再会は叶った。再び道は交わったのなら、尽きぬ程の愛を捧げよう。
頑張り屋の彼女に、いっぱいの報酬と祝福を届けるために。
それこそが、俺が彼女と歩む人生の意味なのだから。




