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爆発寸前な男  作者: ZUNEZUNE
第二章:切味抜群の男
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22話

夕日が地平線の向こうへと沈む時刻、俺は風成さんを彼女の家まで送った。道中また狙われるかも知れなかったのでヒヤヒヤしたけど何事も無く風成さんの自宅に到着できた。

ずっと彼女の側で周囲を警戒していたが、それらしき人影や気配は見つからなかった。さっきのポリバケツで今日は諦めたのかもしれない。そう一日に何度もやると正体を気付かれてしまうかもしれないので程々にしているに違いない。

中々警戒心があると思ったが、なら何故学校の花壇のレンガや教室内のポリバケツなど、自分の居場所を特定されるような真似をしたのだろうか?自分が英姿学園の生徒だと言っているようなものだ。


……もしかして行き当たりばったりの犯行じゃないか?

下校途中で風成さんから聞いた話によると、彼女が神崎先輩に誘われた日と初めて狙われた日は同日。もし犯人は神崎先輩に対し異常な愛を持つ者だという推理が正しかったら、犯人は2人の会話を聞いてその後すぐに風成さんを狙ったのかもしれない。今回の事件は予め用意周到に準備されていたものと決めつけていたが、それなら足が付くような事はしないはず。

少しだけ犯人に近づけたような気がした。更に近づくために、明日でもいいから神崎先輩から話を聞きたい。


「今日はありがとう触渡君」


すると風成さんが護衛の礼を笑いながらしてきた。その笑顔は綺麗だが、無理して作られていることはすぐに分かる。これ以上俺に迷惑をかけたくないのだろう。不安定な精神状態を表に出さず内側に隠していた。

……何でこんな優しい人が狙われなくちゃいけないんだ。

何度も考えた犯行動機。ある程度の予想はついたが納得できていない。もしあの推理が当たっていたら俺は、怒りを抑えきれる自信が無い。唇を噛みしめ、拳を強く握って高ぶる感情に蓋をする。

そして決意した。この溢れんばかりの怒りを、必ずや犯人にぶつけると。


「風成さん、明日もここに集合で」


「うん、明日もお願い」


「じゃあさようなら——」


彼女に背を向け、自分の家へと歩こうとしたが……


「触渡君」


風成さんに呼び止められた。


「あんまり思い詰めないでね」


「……え?」


「普通の人ならたとえクラスメートにだってこんなに尽くさないよ、勿論触渡君が非常識って意味じゃないけど」


何気に酷いことを言われたと思ったが、すぐにその意味を説明された。

自分としてはクラスメートを助けるのは当然のことだ。同じ教室内で授業を受ける仲間を助けるのに理由は必要無い。


「触渡君って怒るのが嫌いだからあんまり見たこと無いけど……自分のことだけで怒ること無いよね」


「そうかなぁ……」


「たまには自分の事だけで怒ってみたら?強制する言い方だけど……触渡君にはそれが必要だと思う」


「……」


正直言って、そんなのはいらないと思う。自分の事で怒ろうが他人の事で怒ろうが違いは無い、怒りは怒りだ。

だけど風成さんが僕の事を想って言ってくれたのは分かった。必要ないと思ったが、その善意に応えるべく後で少し考えてみるとしよう。

いや……そもそもあまり怒らないようにするか。


「だけど、私のために怒ってくれてありがとう!」


そう言って彼女は、偽りではない本物の笑みを見せた。

お礼を言われてハッとする。さっきの怒気はバレていたようだ。


(唇噛みしめてたらすぐバレるか……)


ここで、自分はあまり感情を隠せない人間だと自覚した。





「ふぅ……ただいま」


玄関で帰宅の挨拶をするが返ってこない。外に天空さんの姿が無かったから中にいるかと思ったけど……

どこかに出かけていると思い、自分の部屋へと廊下を渡る。

そう言えば今ハマっているゲームのアップデート日が今日だ。密かに楽しみにしていたので、気付かぬうちに小走りとなっている。


(天空さんが帰ってくるまで遊んでよ)


内心ワクワクしながら自室前へと辿り着き、思い切り扉を開けると……


「ぬわっ⁉︎」


そこには天空さんではない人物が立っていた。

紺色の和服を身に纏い、部屋の隅の棚に置かれていたゲーム機を手に取り興味深そうに全体を眺めている。

服装こそ見慣れていないが、その顔には見覚えがあった。


「宝塚先輩……⁉︎」


「邪魔してるぞ」


向こうも俺に気付いて挨拶する。しかしその視線はゲーム機に奪われたままである。

今日学校で初めて会った宝塚先輩が、さも自分がここにいるのは当たり前という雰囲気を作りだして俺の部屋にいる。その事実に困惑した。

今晩会いに行くと言ってたが、今さっき暗くなったばかりだ。流石に速すぎるのでは?

いやそれより、この部屋にいる?


「…………俺の部屋で何してるんですか⁉︎」


「君を待っていた。来るのが遅かったんでね」


いや、貴方が速いだけだと……

遅かった、ということは思ったよりずっと前に来てたのか⁉︎


「あぁ発彦、帰って来てたか」


「天空さん!」


出かけていたと思ってた天空さんが扉の向こう側から顔を出す。

それと同時に先輩はゲーム機を机の上に置く。


「もう知っていると思うが客人だ。客間に来てくれ」


長い通路を渡り、3人で客間に向かう。

客間の襖を開けると、厳つい老人が座っていた。


「お待たせしました刀頼さん、今来ました」


「いや、こちらも急に押しかけてきてすまない」


その人に丁寧な言葉で待たせたことを詫び、天空さんは彼と向かい合った位置で席に着く。宝塚先輩は彼の隣に座り、俺は天空さんの隣に座った。まるで子供と親の話し合いみたいだ。


「儂は『宝塚 刀頼(とうらい)』、刀真(こいつ)の父だ」


どうやら本当に親子だったらしい、宝塚さんは先輩の頭を撫でながら自己紹介する。

言っては失礼だが全然似ていない。父は男らしく、その子は女性のように綺麗だった。その身長は、俺と比べて結構差がある宝塚先輩を超えている。息子と同じく和服を着て俺を見つめていた。


「儂ら宝塚家は、初代の時から怪字退治をしていた。今の今まで途切れることも無く」


「怪字退治を……」


やっぱり俺の予想通り先輩はパネルに関係している人だった。だけど怪字を退治している人とは思ってもいなかった。

考えれば、天空さん意外で怪字を倒す人と、そして同世代でもあり同じ境遇でもある人と会うのは初めてだ。初めて会ったときは嫌悪感だけだったが、僅かな親近感も感じる。

ひょっとして俺が思っているほど悪い人じゃないのでは?共通点が見つかっただけで心が許し始めた。


「つい先日、息子の刀真が儂の跡を継いで17代目当主となったのだ」


「それはそれは!おめでとうございます!」


天空さんはそれを祝福する。

俺は17代まで継がれていたのか、と感心した。歴史ある家なのだろう。


「なので今日から息子も怪字退治に参加させるつもりだ。だがその前に君に頼みがある」


「……『一』のパネルが欲しいと……?」


そう言って俺は懐からパネルを取り出す。「一」と書かれたものだ。


「一応理由が聞きたいんですが……」


「……そうだったな、儂ら宝塚家は代々怪字退治に使っている4()()()()()()を次の当主に渡している。今は刀真に受け継がれた。しかしそれ以外にもパネルは受け継がれている」


つまり、宝塚家の歴史はそのパネルと共に次の世代へと渡されているのだ。

家宝のように扱われているそのパネルに、自然と興味が湧いてくる。


「しかし()()()()()()()()()が足りないせいでそれが使えないのだ」


「……もしかしてそれが……」


「そう、君の持つ『一』のパネルだ」


宝塚さんが話していたのに急に先輩が口を開く。

そうか、だから先輩は欲しがっていたのだ。『一』と組み合わせることでできあがる四字熟語、それを完成させたかったのか。


「そういうことだ、そのパネルを私に譲ってくれ」


「……」


理由は分かった。もちろん正当なものだ。

しかし、俺はこの「一」を手放すことはできない。何故ならこれは、亡くなった友人の形見だからだ。

俺は「一」を自分への戒め、そして皆を守るために持っていないといけない。

それに、「一」は「一触即発」による「プロンプトスマッシュ」にも使われている。俺にとって一撃必殺だ。失うのは痛い。

申し訳ないが断ろう。そう思った矢先——


()()()()()()()それを上手く使える。だから——」


その言葉が、耳から入って脳天に突き刺さる。君より私の方が?何を言っているんだこの人は。

まるで俺より自分の方が強いと言ってるようなものではないか。何を根拠にしてそんなことを言っている。

そんなの……身勝手すぎる。自分の事しか考えていない。俺にとって「一」を……考えたことも無いくせに。

嫌悪感とかいうレベルじゃない。完全な()()だ。


「……黙って聞いていれば好き勝手に……」


俺は勢い良く立ち上がり、「一」を盗られないように握りしめる。

天空さんや2人も、俺の急激な態度の変化に驚いているようだ。


「この『一』は俺のパネルだ‼︎勝手なことを言うな!」


敬語をやめ、大声と共に怒りを解放する。

相手は俺にとってこのパネルがどれほど大切な物か知らない。なので説明しようとした。


「このパネルはなぁ……!」


「友の形見、だろ?」


「……は?」


すると先輩も立ち上がる。そして今俺が説明しようとしたことを口にしたのだ。


「父を通して天空さんから聞いた。殺してしまった友の形見……と」


「……それを知っていて何で」


こんな言い方はどうかと思うが、良識のある人ならこの話を聞いて引き下がるはずだ。他人の大切な物を無理矢理奪い取ろうとはしない。すぐに諦めるかと思ったが……


「生憎だが私は君の事情なんて知らない、私はそれが欲しいんだ」


「……ッ!」


どこまで身勝手なこの人は!少しは他人のことを想うことはできないのか!

更に怒りがこみ上げてくる。すぐにでも噴火しそうな状態だ。少しでも触れると爆発しそうな状態、つまり「一触即発」だ。パネルのことではない、本当にただの四字熟語として使っている。

これ以上怒るのは駄目だ。今までの人生でそうしてきたように、感情を押し殺せ!

だがそんな努力も、次の彼の言葉によって無駄に終わる。


「何時まで死んだやつのことを考えている。ハッキリ言って女々しくて鬱陶しいぞ」


呆れている声が俺を、()()()()()俺を逆撫でしてきた。いや、逆鱗に触れてきた!

もう…………我慢できねぇ‼︎


「……何だとぉ!」


堪らず先輩の胸ぐらを掴む。

言っていることは間違ってはいない。だけどこっちの心境も知らないこいつにそんなことを言われるのは腹が立つ!

もし今の言葉を天空さんに言われたとしたら、俺は納得できるだろう。しかし今日初めて会った奴に説教されるのは耐えられない。

俺は先輩を睨む。相手も睨み返してきた。


「落ち着け2人とも!」


天空さんが何か言っているようだが、耳に入ってこない。完全にお互いのことしか考えていなかった。

何なら今ここで殴っても構わない。相手の父親の目の前で暴行をするのはどうかと思ったが、仕方の無いことだ。


「発彦!発彦!」


天空さんがしつこく名前を呼んでくる。例え天空さんにだって今の俺は止められない。


「発彦!()()()()()!」


「……⁉︎」


しかしその声は、俺を止めるためのものじゃなかった。

俺の手に握られていた「一」が、光っていることに気付く。そしてポケットの中にある「葉」「知」「秋」も同じく発光していた。こんなに強く光っているということは……


(怪字が現れたのか!)


自分の事で怒っている場合ではない。今こうしている間にも人が襲われているかもしれないのだ。ジッとなんかしていられない。


「俺が向かいます!」


発彦は部屋を飛び出て、急いで現場へと向かった。

それを、驚いた表情で見ている天空。


まさかあの発彦があんなに自分の感情を出すなんて驚いた。長年発彦の親代わりをしてきたがこんなことは稀にしか見ないことだ。育ててきた者としては嬉しいが、まさか刀頼さんの子供に対してとは思いも寄らなかった。

発彦の言い分も分かる。確かに死んだ友人の想いを貶されたら怒る。しかし刀真君の言い分も分からないでもない。今の発彦は、過去を捨てる必要がある。


「すいません刀頼さん、あいつが息子さんに無礼なことを」


「いやいや、今のは息子にも非があった」


「私は事実を言ったまでです」


「馬鹿もん!こちらが頼んでいるというのに、言葉を選べ!」


するとこの場で刀頼さんが刀真君を怒る。親としての刀頼さんはあまり見ないので何だか新鮮だ。そういえば刀真君に会うのは彼がまだ10歳の時以来だ。立派に成長したもんだと感心する。


「さて天空、息子はつい先日パネルを受け取ったばかりで実戦経験も無い未熟者だが、本番で緊張する男ではない」


「……まさか刀頼さん!」


「お前も覚悟は決まっているな、刀真」


「はい、父上」


すると刀真君は懐から4枚のパネルを取り出す。

「伝」「家」「宝」「刀」、この4枚は代々宝塚家が後世へと受け継がれている家宝でもあり、1()()()()()()()()

彼がそのパネルを使用すると4枚全てが光り始め、糸のように分解され、刀の形へと形成されていく。鏡のように綺麗な光沢、大昔から使われているというのにその輝きは衰えていなかった。

その刀を最後に見たのは、昔刀頼さんと共闘した時だった。あの時はたったの一振りで怪字を真っ二つに切断した。しかしそれは刀頼さんが刀を使いこなせていたからだ。刀真君にそれ程の実力があるとは思えない。

しかし、刀を見る目で分かった。刀の使い方をよく分かっているのが……


「儂も親バカでね、少々褒めすぎだと思うが……」


刀頼さんも立ち上がり、こう言った。


「刀真は強いぞ、もしかしたら彼よりも」


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