20話
風成さんは落ち着かなさそうに自分の席に座っていた。休み時間だというのにその顔はとても休息しているようには見えない。
学校なら安全だと思っていた、しかし犯人が校内に潜んでいるかもしれない。またいつ狙われるのか分かったもんじゃないのだ。
俺はそんな彼女を隣の席から横目で見る。その口からは重い溜息が漏れ出した。普段の活き活きとした姿は見る影も無く、いつどこから来るのか分からない恐怖を怯えている。
(……風成さん)
彼女の弱々しい様子を見て、拳を握りしめる。今にも机を叩きたい気分だった。
……この学校に来てから怒るのが多いような気がする。嫌いなくせに気持ちがどんどん高ぶってた。どんな思想や恨みが絡んでいるのかは分からない。だが、こんな事は許しておけない。
「風成さん、大丈夫?」
「……うん、何とか」
その返事も擦れるような物だった。口ではそう言っているが見ていて不安になってくる。このまま倒れてしまいそうな程衰弱していた。
「……触渡」
彼女を心配していると、後ろから疾東さんが小声で呼んでくる。その手は招き猫のように手を振り、俺をそこへ誘っていた。足音をなるべく小さくして近づき、疾東さんの言葉に耳を傾ける。
「やっぱ昨日のあれが関係してんの?風成の奴元気無いし……」
そういえばこの人も現場にいたな。寧ろあの状況を誰よりも近くで見た人だと今更気付いた。
「あの、昨日風成さんにレンガ落とした人見た?何か特徴なかった?」
「特徴?レンガ落ちた瞬間上見たけどそれらしい人はいなかったわよ」
「……そうか」
体型や性別など犯人像を具体的に予想できる情報が欲しいけど、やはり疾東さんも見ていなかったらしい。
せめて男か女かが分かればいいけど……
「それより、あの時の『あれ』どうやったの!」
「……あれ?」
先程とは別の意味を持つ代名詞がでてきた。「あれ」とは何だろう?あの時他に変な事なんてあったか……?
そしてようやく、「あれ」を理解できた。
「風成助けた時めっちゃくちゃ速くなってたじゃない!どうやったの!?」
「あっ……」
心の中でしまったと後悔する。風成さんを助ける事だけを考えていたせいで忘れていたが、疾東さんに「疾風迅雷」を使ったところを見られてしまった。
秘密にしていくつもりだったがボロを出してしまう。思えば急に後ろから見えないくらいの超スピードで人が来るのは実に変だ。
「んっ……とね……」
冷や汗を滝のように流し、必死に妥当な答えを考える。何かないか何かないかと、脳内をフル作動させた。
答えるのに長時間かかると逆に怪しまれる。そう思い咄嗟にこう言った。
「お、俺実はめっちゃ足速くて……」
「……」
中身がスッカラカンな上に現実性が無い嘘は、彼女をしばらく沈黙させる。
どうだ!?信じてくれるか!?
「——だったらさっさと陸上部に入ってなさいよぉ!!」
「そっちぃ!?」
そして意外な事をツッコまれてしまった。
もっと他にないのか、というより本当に信じたのか!?
「うち全国狙ってるから凄い人材は手に入れておきたいの!だから入りなさい〜〜!」
「やめて!頭壊れる!」
彼女の拳で頭をグリグリされ、悲鳴を上げる。陸上部って腕の力も凄いのか……頭部を集中的に攻撃されたせいか関係ないことを考えてしまった。
今日の授業が全て終わった。今日一日風成さんは元気が無かったが誰からも攻撃されなかったので安心する。ひよっとしたら本当に彼女が最初に狙われたのは偶然かもしれない。そう思うと心が楽になる。
でも油断はできない。今日も一緒に帰ろうと思ったが……
「あれ?風成さんがいない?」
部活がない日は直ぐに帰らず席に座っているはずの風成さんがいない。さっき一緒に帰ることを伝えたはずだが。
「風成なら教室のゴミ袋捨てに行ったぞ、今日あいつ日直だからな」
「今日風成さんが日直だったのか」
帰ろうとしていた男子が教えてくれた。彼女を守ることに集中しすぎていて彼女が今日の日直であったことを忘れていた。
このクラスのルールとしてはゴミ袋が一杯になった時その日の日直が捨てに行くのだ。なので生徒からは面倒くさい物だと思われている。
ん?待てよ……日直は一日一人の筈だから……
(風成さん今一人だ!)
嫌な予感がした。今日一日無かったから油断していたが、もしかすると……
一方その頃、風成はゴミを捨てに校舎裏へと来ていた。その顔はとても疲れている。ゴミが重いせいではない。
(気が気じゃ無かったなぁ……)
今日何度目かも分からない溜息を吐く。いつ犯人襲ってくるか分からないので休めないし緩めることもできない。常に警戒状態だ。
結局何も来なかったので、私だけを狙っているわけではないとこの時油断していた。だから一人でゴミを捨てに行ったのだ。
(さっさと終わらせよ……)
そう自分を急かして用事を済まそうとする。
校舎裏にあるゴミ捨て場に置く。これだけで終わるはずだったが……
「……ん?」
自分の足下を見ると影ができている。この影は私の物じゃない。上に何かあるのだ。
そうして見上げた瞬間、「それ」が私に向かって投下された。
ポリバケツだ。ゴミが溢れるように詰まったポリバケツが私に落ちてきた。中身をまき散らし、一直線に落ちていく。
「……嘘」
もしあれが当たったらゴミまみれで済む事じゃない。あんなに詰まっているから重さだって結構ある筈。昨日と違って触渡君もいない。自分を助けてくれる存在がいないのだ。
「助け――!」
体を丸くして防御をする。しかしポリバケツは落ちた瞬間……
スパッと真っ二つになった。
「えっ……」
真っ二つ状態になったポリバケツは、強い威力に押されるかのように私に落ちる軌道上から逸れた。
ゴミも被ってない。ポリバケツも当たっていなかった。
何が起きた?誰にも触られずにポリバケツが裂かれた。まるで刀で切られたように。
何が起きたのかと辺りを見渡す。すると向こうに誰か立っていた。
男とは思えないような肩まで伸びた長髪。その高い身長からして3年生だろう。
触渡君とは正反対だ。ピシッとしていてとても優雅。背筋も地面と垂直だ。
「怪我は無いか?」
その男子生徒は、優しそうで威厳のある声で私にそう聞いてきた。