第四話
「ナキ。なんか機嫌悪い?」
試合を見ていると、ロックが心配げに呼んできた。何かあったのか、そう思った時、自分の眉が寄っているのが分かった。
「うわ、顔に出てたか」
「すっごい出てるよ。ライギルド様みたいに」
「...光栄だけどさ」
獅神ライギルド。四足歩行で、とてつもなくデカいライオンのような守護神様だ。毛並みはいつも逆立っていて、顔も見るだに恐ろしいが、それが通常らしい。それに似ているともなれば、ナキも見るだに恐ろしい顔だったのだろうか。恥ずかしくなって、冷静になる。
「俺に負けて悔しいのさ」
「ジキラ」
「幼馴染なんだっけ」
「そう。俺とこいつは仲良し」
突然来たジキラは、笑顔で肩を組んでくる。その笑顔が勝ち誇っているように見えたが、ナキは渋々頷いた。
「ジキラ五位だもんね」
「前評価だけどね」
「謙遜か?」
「俺、強いから」
「そういうことだ」
納得してしまった。促してその通りに話が進んだので、満足してしまったのだ。
ロックが少女のように笑うと、肩に乗った腕が固まったのを感じる。
「ジキラ?」
そう言うと、ジキラの顔が一瞬固まり、すぐに元に戻る。じーっと凝視してみると、何だか焦っていないだろうか。心なしか、冷や汗が出ているように見える。
「今、ときめーー」もうすぐ俺の番みたいだな」
ナキの言葉を遮るように、視線を前に促した。
今、ときめいたな。
「次!五位、ジキラ。九十四位、ガッチ」
話している途中に、どうやら勝敗は付いてしまっていたようである。結果は当然の如くで、奇しくもカドレア以外は、順当に上位が勝ち続けている。
次はジキラが戦う番だ。余裕の表情で、彼は場内に上がる。対するは、ガッチという男である。堅物そうな釣眉に、瞳は意志強くジキラを睨みつけていた。襟を正しながら、眼鏡をくいっと上げてみせる。
「始め!」
結果はジキラの圧勝だった。詳しく説明するまでもなく、一瞬で、ジキラの木剣がガッチの喉元に突きつけられていたのである。それは、これまでの対戦の中でも圧倒的な差が見受けられた。僅か十秒にも満たない攻防で敗北したガッチは、悔しいなどと思う間もないのだろう。何が起こったのか分からないというような顔だ。
ざわっとした空気の中、ジキラは綽々に場外に出た。皆がジキラを見ている。羨望の眼差しもあれば、競争心を掻き立てられた者もいるだろう。ナキがそうだ。メラメラ闘志が湧き立った。
試合は尚も続いた。各試合の制限時間は三分である。九十八人いて、一試合に二人が参加するから、二時間四十五分だ。最初は長いと思ったが、試合を見ているのはとても楽しくて、且つ勉強になった。色々な奴がいて、色々な創造物がある。それぞれ形は違って、色も違ったりする。人の特性で、創造物は決まる。それが、とても不思議で面白かった。
中でもとりわけ気になったのは。
「六十三位、ニャニャッチ」
桃色の長髪に、大きな肌色の目。活発そうな雰囲気に、目が奪われた。彼女はなにやら楽しそうに地団駄を踏んでいる。始めの合図が為された時、猫背になって、笑顔だった顔を益々笑顔にして、呟いた。
「にゃにゃーん...」
その呟きの瞬間、ニャニャッチの髪が逆立った。逆立ったというより、形を成したのか。それは猫の耳のようになって、束になる。見ると、四肢の方にも毛並みのようなものが生えてきている。一瞬で、猫の両手両足に、それは変化した。
ニャニャッチは、武器は使わず、両手両足による目まぐるしい攻撃、猫殴りや猫蹴りの連続で上位を倒した。モラリャンに続く、二人目の下位勝利者だった。
「次!四十五位、ナキ。五十四位、ロック」
あっという間に、ナキの番が来る。対するは、偶然か、同室のロックだ。二人とも場外に上がり、対面に立つ。
「始め!」
開幕、ナキは透剣を創造して駆ける。ロック目掛けて透剣を振り、速攻でロックに透剣を振り上げる。とったと思った瞬間、ロックは両手を広げて、そのまま手と手を勢いよく合わせた。
バリイイイイイイイイイイン!!!!
「ぐぅ...?!」
耳の感覚が無くなった。というより、何が起きたのか分からない。ロックが手と手を勢いよく合わせる瞬間、ひりひりと爆音が耳を襲ったのだ。思わず顔を顰めて、それを我慢する。なけなしの感覚で、ナキは目を動かす。
鈸か?
大きな楕円形の鈸が、ロックの両手についている。
考える暇もなく、両手の鈸はロックに戻った。代わりに、細長い棒を創造した。それは、指揮棒だ。
ロックは、至近距離で爆音を響かせて、戸惑っている所に勝敗を決めるつもりなのだ。まんまと引っかかってしまったが、思い通りにはさせない。
「んんんん!!」
そう声を出しながら、目を瞑って想像する。首筋から、透壁を出す。首の辺りを前面に覆う想像をして、気合を入れる。すると想像した通りに、透壁が創造された。
「くっ!」
分が悪いのを察したのか、ロックは指揮棒を振るのをやめる。後ろへと飛び退いて、また何かを画策しているのだろう。まだキンキンと耳鳴りが邪魔をするが、もう大丈夫だ。透壁を戻して、透剣を力強く握る。飛び退いたロックの距離を一瞬の内に詰め、彼の首筋へと透剣を振った。
バリィィン!と、音が鳴る。警戒して後ろに退くと、またもや、ロックが鈸を持っていた。円盤上の鈸が、ロックの腕に付いている。盾代わりの鈸は、ナキの透剣を弾いたのだ。ナキの透剣の威力に比例して、鈸は音高く鳴り響く。
「うるっさい!」
「でしょ!」
このままロックに向かっても、鈸が立ちはだかる。かといって後ろに退いても、どうこうなるものじゃない。そう判断して、ナキはそのまま突っ込んだ。馬鹿正直に、彼は透剣を振りまくる。鈸に当たるのを承知で、ロックの首筋を必要に狙った。
バリィィン!
バリィィン!
バリィィン!
「うっるさい...!」
そこで、気付く。透剣を振っているから、鈸が鳴るのだ。剣ではなく体術ならば、鈸ではなく、直接ロックを狙える。
すぐさま透剣を戻して、ロックに相対する。それを見越してか、ロックは盾のように腕に付いている鈸を戻して、指揮棒を右手に掴んだ。
一瞬、やってしまったと思った。だが、気にせずナキは突っ込んだ。ロックの正面から、攻撃を誘うように。
「や!」
案の定、ロックは指揮棒でナキを捉える。下から斜め右に指揮棒を振った。
カキンというような音がした。ロックの指揮棒が振るう先を、ナキの右手に創造された透壁が阻んだのだ。ロックは目を丸にして、口を開く。その隙に、左手で透剣、ではなく、透針を創造する。力より、殺傷力があればそれでいい。左手に現れた透針を、ロックの首に携えた。
「勝者!ナキ!」
トラル教官が審判を下し、その場の空気が弛緩する。全身が緊張から解き放たれて、開放的な気分になった。
「透明なんて、珍しいね」
今し方戦ったロックが、笑顔でこちらに笑いかけた。
ナキはロックの手を握り、引っ張り起こして笑いかける。
「耳が無くなりそうだった」
「これでも音は控えめだったんだよ?」
げっと顔が引き攣った。けれど、それはそうだろう。この試合は、ただの試合だ。命を奪い合うものでもない。初見でロックと真剣勝負をしていたら、ナキが死んでいた可能性もあったのかもしれない。その事実に、ふつふつと、闘志が湧いた。
絶対、一番になってやる。
◯
「悪物は、空からも人間を襲いにやって来る。飛べない私達では、やられてしまうことも多いだろう」
トラル教官は、憤懣やるかたない様子で歯噛みする。その横には、羽の生えた、白い馬が一頭佇んでいた。白い毛並を、トラル教官が撫でている。彼の話は聞いていたが、先程からナキはその生き物に目を奪われてしまう。とても綺麗で、神秘的だ。周りにも、その生き物達が跋扈している。
「この天馬で空を監視する。悪物を見つけ次第、戦闘に入るのだ」
天馬には、胴体や足、頭に鎧が着せられている。トラル教官はそれに乗ると、天馬は突然、ヒヒーーンと甲高く鳴いてみせた。その姿は、とても幻想的で、どこか現実では無いような感覚を覚えた。
「まずは、こいつに乗れるところからだ」
と言って、ナキ達は周りを見る。
ここは牧場である。兵舎から離れて、歩いて五分のところに、そこはある。と言うよりは、兵舎の隣にあるので、もう一部みたいなものなのかもしれない。
牧場には透明の丸天井が、長閑な原っぱを覆っていた。広大な原っぱはこれ以上ないくらいに大きく、その葉を天馬達が食んでいる。疾駆していたり、飛んでいる天馬さえいる。
「こいつを操れなければ話にならない。死物狂いで懐柔しろ」
そうして、相棒探しの時間が始まった。この牧場には役二百頭の天馬がいる。ここから自分の天馬、相棒を探すのだ。
開始から十分が経った。ナキは、まったくといっていい程進捗がなかった。気分が乗らないのだ。他の皆は、各々天馬に恐る恐る近づいてみたり、見つめ合っていたり、更には撫でている者までいる。
「どうした」
横に、トラル教官が立っていた。観察するような目に、ナキは答える。
「悪物って、何なんでしょう」
それは、ナキのまごうことなき本音だった。
「...貴様、何を言った?」
「...はい?」
「貴様は今、何を言ったのかと聞いている」
突然、トラル教官の纏う空気が変わったような気がした。先程は疑いようもなく迫力のある教官だった筈だ。だが今は、何かを恐れているような、そんな声音だった。
「いや...」
「悪物は、悪物だ」
「違います!悪物はこの世の害となる生物!そこに疑問の余地などありません!」
焦るナキに、トラル教官は一層渋面になる。それと同時に、一触即発のような空気も無くなっていた。
「くだらん事を言っているな」
トラル教官はやれやれと言ったように、他の生徒達の所に去っていった。
ナキはなんだか力が抜けて、草原に腰を落ち着ける。自由に動く天馬達を眺めながら、自分が今言った意味を考えてみる。
今、俺はーー。




