第三話
「悪物。それは突然変異した動物だ。人に害を与え、殺す事だってざらな危険な化け物。それらを駆除するのが、我々想起士だ」
男は整列する生徒達を眺めながら語り出す。大きな身体を引き締めて、仁王立ちに立っている。
「悪魔はもういない。だが、悪魔の呪いは生物に取り憑き、化け物を生み出した。意志の弱いものから取り憑かれ、危険な化け物となる。悪魔は消えたが、悪物は消えない。この先も、永遠にだ!」
男は声を張り上げ、生徒達を鼓舞する。
「故に我等が必要だ!悪物を殺し、平和を保つ為に我々は居る!ゆめゆめ忘れるな!」
「「はい!!!」」
男の語りに、生徒達は熱狂する。目を輝かせ、叫んでいる者さえいた。かくいうナキも、同じ気持ちである。
男は満足そうに頷いた。
「私の名前はトラル。このニ年間、君達の教官だ。どうぞよろしく」
◯
兵舎に入ると、広々とした広間に出た。机や椅子が雑多に並べられており、石油灯や観葉植物がかろうじて置いてある。昔、ユアンと一緒に入った酒場のようで、気分が高揚した。
そして寮には、四人の男達が各々好きに過ごしていた。初日目ということもあり、疲れているのだろう。ほとんどがもう寝に入っている。
ナキはといえば、一段目の寝台で、赤髪の男と対面していた。彼の名はロック。一目見た瞬間、男ではないと思ったのだが、察したのか、会って早々直ぐに訂正をされた。そうしてなんやかんやあって、今はここに落ち着いている。すやすやと寝息を立てている者もいるので、あまり声は出せない。
「僕、ガラ村から来たんだ」
「あぁ、芋が美味いところ」
「まあ、それだけで、あとはその名の通りガラッガラなんだけどね。学舎にも行けてないから、今から楽しみ」
そうして放つ笑顔には、どうにも性別が疑わしい。少し動揺して、思わず目を逸らしてしまう。
「ナキは、どこから来たの?」
「あ、ああ、ナンシアだよ」
質問に答えると、返答がないことに気付く。見ると、ロックは気まずそうな顔付きで、ナキを凝視している。
「昔程では無いけど、どんどん戻ってきてる。それに、俺には九年前の記憶なんてそんなにないから、気にしなくていい」
ロックはそれでも気まずそうに、ごめん、と呟いた。どうにもやりにくいと思いながら、仕方ない事だと思い直す。あの惨劇は、それ程のものだったのだから。
九年前、正体不明の二体の化け物がロジバルトを襲った。国外警備の想起士達はそれに抗い、果敢に戦ったが、たくさんの想起士が亡き者にされた。一体の化け物が二の守護神を相手取り、もう一体の化け物はその隙に街に君臨した。一匹の化け物は、ナンシアを、人々を襲った。家屋は焼け爛れ、人は死んだ。化け物が暴れ回った時間は、きっと短い。けれどあの惨状は、三歳であったとしても鮮明に思い起こされる。それでも、生き残った大人達より心の傷は無い。その時は理解していなかったから。両親の死も、自分が置かれている現状も。その後ユアンの養子になってからは、フィルナンシアの復興を見届けてきた。あれだけ血が流れても、人は生きていける。そんな希望も、ナキの中には生まれた。
ただ、ナンシア以外の都市はそうではない。ただただ悲惨な事件だ。ロックの反応も珍しいことでは無い。
「あの事件を起こさせないように、俺達も頑張らないとな」
「...うん、そうだね」
そう言うと、ロックはようやっと、気を取り直してくれたようだ。
そろそろ寝ようと、自分の寝場所である上の寝台に行く為に、梯子に手を掛ける。すると、ロックがそれを止めた。
「え?ナキ」
「どうした?」
「ナキもここが良いんでしょ?」
数分程前、ロックとどちらで寝るかの話になったことがあるのを思い出す。その時ナキは下段を選択した。すると、ロックも下段を選択した。ナキは譲ったつもりであったが、どういうことだろうか。
「一緒に寝ようよ」
発言に、きっかり五秒、体が固まった。目だけを俊敏に動かして、周りを観察する。すると、対面の上段にいる者と目が合った。まだ起きていたのか。目が合った黒髪の男は、どんどん口の端が上がっていく。目も三日月のように形を変えて、ナキを見ている。意地の悪い笑みを避けるように、ナキはロックの方を向いた。
純真無垢。彼は布団を上げてこちらを見ている。ここに入れということなのか。
「嫌だよ」
「え?なんでよ」
「一人で寝たいんだ」
目を瞑って梯子を登る。そのまま横になって、床に着いた。これが普通なのか。ナキには分からない。
◯
「これが、現在の評価」
トラル教官は、正面に並んでいる生徒達を見た。生徒達は横一列に並ぶようにして整列している。ナキはその真ん中辺りに、歯噛みしながら立っていた。
二日目、兵舎生活としては初日目だ。早速順位を付けられた。ナキは真ん中あたり、四十五位の所に立っている。この東兵舎の新入生達は九十八人。つまり、ナキの実力は凡と、兵舎側にみなされていると言うことである。その事実に歯噛みした。何より、ナキは右の方を見て一層憎くなる。ジキラが五位の位置にいるのだ。
「この順位は、各々の身体測定で決まっている。だが所詮は身体測定だ。ここからの変動は激しいものになるだろう」
トラル教官は居住まいを正した。目が迫力を増し、ただならぬ空気を感じる。
「順位は、一ヶ月毎に切り替わる。そして、この順が上がったり、下がったりしたところで何の意味もない。どんな成績だろうが、所属も我々が決める。だが、王は強い想起士を望んでいる。それだけだ」
ザワッと、空気が一変した。この場の誰もが、その言葉を反芻する。憧れ、なんて言葉じゃ生温い、神のような人が望んでいること。
生徒達は、声に出さずとも、先程よりも、目には爛々とやる気が燃え盛っていた。それはナキも同様だ。
「さて、各々何もわかっていない事だろう。無駄口は叩かず、自己紹介がてら、試合でもしようか」
そうして、突然に試合は始まった。
制限時間は三分。相手が気絶するか、力の差を見せつけるか、場外に出るか。そして、降参するか。曖昧な場合は、どれもトラル教官の采配で決まる。
一試合目は、初っ端から、現一位が登場した。赤髪が炎のように立ち上り、ガタイが良く、大人の様だ。ナキよりは少し年上らしい。
対するは、現九十八位。背が小さく、あまり目立たない。顔はおどおどとしていて、ひどく緊張している。
「これは...」
「いくらなんでもなぁ」
「酷いんじゃないか?」
と言った様な声が、ひそひそと囁かれている。正直、ナキもそう思う。首位と最下位なんて、勝負にならないのではないか。
「一位、カドレア。九十八位、モラリャン。準備は良いか」
「はい!」
一位の男、カドレアが、力強い声ですぐさま返事した。王の話もあってか、その表情は獰猛に笑んでいる。赤髪が、闘気で揺れ動いている様に見えた。
「は、はい!....いや、ちょっと待って。ちょっと心のじゅーー「始めぇ!!」
少しもたついた様だが、トラル教官の大声でかき消された。怒声ともつかぬ声の響きが終わることも無い間に、カドレアは駆け出した。右手から何かを創造して、それは形作られる。現れたのは、赤い大剣だ。カドレアと同じくらいの大きさがある赤い大剣は、流石にというのか、両手でぎっしりと掴まれている。しかし驚きなのが、大剣を創造した後も、創造する前とは足の速さが変わっていないことだった。あれだけ重そうなものを両手に握りしめていても、カドレアの身体能力はひび一つ入らない。見た目よりは軽く創られているのだろうか。
というか。でかすぎやしないか。
というか。真剣だ。
「し、死なないよね?」
ナキの思いに応えた様に、ロックが怯えた声音で言った。真剣は、一歩間違えれば人を傷つけてしまう。最悪、命を奪ってしまうことだってあるのだ。もちろん、刃の無い創りをしていれば大丈夫なのだが、ここからでは判断がつかない。もし刃があって、人を殺してしまっては元も子もない。元も子もない、どころか。
王律法に背くことになり、悪魔となってしまう。
怖く無いのか、はたまた自信があるのか。カドレアは獣の様にモラリャン目掛けて駆けている。その距離はもう、目と鼻の先だ。
「おらぁぁ!!」
声と同時に、大剣を横に振る。固唾を飲んで見ていたが、カドレアは大剣の面で、モラリャンを殴ろうとしている。少しの安心の後、身震いした。あれにぶち当たったら、気絶どころで済むのかどうか。死にはしないだろうが、寸前まで行くのではないか。
「ぁ?!」
大剣を振った直後、モラリャンが何かを創造した。その何かは、大剣を掴んだようだ。大剣は何かに掴まれて、くるっと回転する。時計の針が九時から三時に動く様に、左にあった大剣は、カドレアの体ごと右に移動した。
刺股だ。モラリャンは刺股を創造して、U字型の部分で大剣を抑えたのだ。
そのまま体勢を崩したカドレアに、槍のように巧みに操って、刺股を向けた。U字型の部分が、カドレアの首にぴったりとはまっている。
「...え?」
「勝った...」
見ていた生徒達は、各々に口を突く。その心情は、ナキも同様だった。
「勝者、モラリャン!」
トラル教官が結果を告げた。
どっと、歓声が沸く。まさかの結果に、生徒達は口々に勝手を叫んだ。
「では、次!」
喧騒が少し止んだ後、それだけ言って、トラル教官はもう切り替えている。
ただ、カドレアがその場から動かない。
「どうしたカドレア」
「納得行かねえ!もう一回やらせろ!」
「ならん。早くどけ」
「....!」
カドレアは苦虫を噛み潰したような顔で、トラル教官を睨み付ける。一触即発の空気に、場は支配された。さっさと退場していたモラリャンは、勝ったというのに怯えている。
「悔しいならば、結果で示せ。惨めったらしく喚いているようでは、すぐに死ぬな。そして、死なせる」
カドレアの手が握りしめられ、土がぐにゃりと形を変える。トラル教官はカドレアを見下ろして、冷酷に言い放った。
まずいことになるんじゃないか。そう思ったのと同時に、カドレアはすたっと立った。そのまま試合を見ていた生徒達を無視して、兵舎に戻って行く。
「意外と冷静?」
きょとんとしたロックが、カドレアの背中を見ながら言った。彼の怒りを鎮める背中を見ながら、ナキは他人事に、トラル教官の声を聞く。
「次は、二位と九十七位。出ろ」




