第二十六話
「こるああああ!!」
大蛇の壁を、革命団直伝のアンカーで登っていると、喧騒に紛れて、一際大きな声の主が現れた。俺達革命団の最大にして最後の宿敵。この檻の王、ガラン・アウェイク。怒声を発する大男は、この町の町長だ。
「見つかった!」
「強行突破だよね!ね!」
「当たり前!」
にやりと闘志を燃やしながら、キノは壁を登る。アンカーとは、キノが考えた創造だ。壁に創造した突起物を刺し、中からアンカーのような形を創り、壁に登る。まだまだ拙いが、三人ともアンカーを駆使して、壁を登っている。
「こんの馬鹿者どもめがぁ!」
大きな声の後、壁から音がした。音は振動をつくり、壁からもりもりと棒が飛び出る。
「うぇ!」
キノの胴体を棒が押し出す。アンカーのせいでキノの胴体と棒は拮抗状態になる。
「む、無理だ!」
「痛い!...あああああ?!」
ジョンハットとジェメドの二人が、棒に押し負けた。アンカーは折れて、二人と一緒にきらきらと輝き落ちていく。
とうとうキノも我慢の限界だ。このままでは胴体が千切れてしまう。そこまでは行かないまでも、こんな状態では上に行けないではないか。
びきびき。壁の中のアンカーから、不穏な音が身に響いた。これはやばい。そう思った瞬間、キノは既に押し出されていた。
「うおおおおおおおおおお!」
五臓六腑が浮く感覚。普段は見せない隙間に普段は入らない空気が入り込み、気持ち悪い感覚がキノを襲った。登った壁が台無しになってしまった悔しさと共に、キノは綺麗に町長ガランの両腕に収まってしまった。
「馬鹿者供がぁ!何度言ったら分かるんだ!」
お姫様抱っこ。屈辱の状態にキノは暴れるが、ガランの太い腕は逃げることを許してくれない。
「いいぞー町長」
「こらしめてやれぇ!」
「あはは。革命団頑張れー!」
呑気に茶々を入れながら行き交う住人に、憤りを感じる。保身の為の方舟なんかに、キノの人生は左右されない。
「うるさい間抜け共!」
「そうだそうだ!」
キノに同調するように、一人の少女が天高く跳んだ。革命団の一員、ジェメドだ。キノの妹分であり、革命団の最終兵器。
「私達はこの世界をありったけ楽しむんだ!おまえたちに笑われる筋合いはなー「馬鹿者が!」痛い!」
激昂した様子で、町長ガランは三人を見回す。ジェメドは涙に暮れ、ジョンハットは未だ倒れながら不貞腐れている。キノは敵対的に、ガランを睨んでいた。
「地上にゃ出ちゃいかん。あそこには危険しかない」
「なんで分かんだよ」
「そういう教えだ。地上には人を襲う獣や、ロジバルトが大陸を監視している。お前達が万が一外に出ても、直ぐに殺されるだけだ」
「...龍人がいるじゃんか」
「龍人はロジバルトとは戦わない。いいか、ロジバルトというのは、人間ではない。災害だ。仮にお前たちが外に出て、ロジバルトに見つかってしまったらどうする。ここの平和は一瞬で崩壊だ!家族を危険に晒すんじゃねえ!」
これは何度目の口上だろう。話で聞いただけなのに、よくもそんな自信満々に語れるものだ。口を開けば家族が危険になる。もう嫌になる。実際に見てみないと分からないではないか。人を襲う獣はいないかもしれない。弱いかもしれない。強くたって弱点はある筈だ。
ロジバルトだって同じだ。本当は、愉快な所かもしれないじゃないか。伝承の通りだとしても、それが外に出ない理由にはならない。
「この野郎共が!」
「この野郎共が!」
「この野郎共が」
三人は踵を返し、町長ガランから逃げる。
一生檻の中なんてごめんだ。三人一緒に、絶対に出てやるんだ。
あの頃は、そう思っていた。
といったって、大蛇の操り手である町長には敵わない。大蛇の首に繋がる扉だって警備があるし、壁を登って上に行ったとしても、そこには大蛇の天井が阻んでいる。
三人じゃ無理だ。もっと他に人数を。そう考えても、ジョンハットやジェメド以外にキノに同調してくれる奴なんかいやしない。皆、ここの生活に満足しているから、地上がどうとか考えてもいないのだろう。
「ここが地獄になりゃいけるか..?」
町長が人格者だからいけないのだ。悪の権化のような奴が大蛇の操り手になれば、ここも地獄になるだろう。皆痩せぼての不幸になって、外に出たがる。
「あいつが性格悪くなればいける?」
あいつ、というのは、町長の息子のことだ。今は六歳という若さだが、彼が後々この町の町長となることだろう。化体を操る操り手は、ほとんどが代々その血筋の者、同じ名前の者である。
だから、町長と息子の名前は同じ名前だ。どちらもガラン。呼びにくいので大体は、町長の方は町長と、息子の方をガランと呼んでいる。
ガランは生まれた頃から知っている。町長が皆にお披露目するのだ。こいつが俺の息子だと。高らかに宣言するものだから、皆ガランのことを気の毒に思っていたりする。愛しているのは分かるが、町長はその時だけ、どうにも周りが見えていないのだ。
そのお陰かなんなのか、当のガランは町長を若干嫌っていそうな雰囲気だ。
これを利用して、どうにかガランを悪の王に仕立て上げれば、自ずと反乱が起きるだろう。それに準じてこっそりと、革命団は外に出る。
完璧な作戦だ!
「何言ってんの」
「ぐぇ」
布団に蹲りながら考えていると、姉のラノンが鼠叩きでキノを布団越しに叩いた。
見上げると、不貞腐れたような目でキノを睨んでいる。
「また町長に迷惑かけてさ、恥ずかしいって思わないの?」
「思うかよ」
「思春期も今年で終わりにしなよ?ほんと情けない」
「...うっせ」
「はいはい。ご飯出来たから、適当に食べとくのよ」
まるで母親のように宣うラノンを無視して、ラノンがドアを閉めるまで蹲っていた。確実にいないことを確認して、窓を開ける。
退屈な奴等だ。
呑気な街並みを見て、心の中で当てつけに愚痴をいう。唇を噛み、音の出ないよう部屋を出る。ラノンは居間にいるだろうから、ばれることはない。
「待たせた」
「遅い!」
ジェメドが待ちきれないとばかりに声を出す。一歳下の彼女は、地面に仰向けになって待っていたようだ。隣のジョンハットはといえば、そんなジェメドを見ながら、無表情に胡座をかいている。視線が合うと、立ち上がる。
「今日はどうする?」
「今日はな、広場の強行突破だ!」
「いえーーい!」
大きな声で宣言する。ジェメドは元気良く喝采し、それに乗せられ、キノも胸を張る。
「いや、無謀でしょ」
冷静な声の元は、ジェメドの横にいたジョンハットだった。
やれやれと両手を手に振って、キノは呆れた声を出す。
「たくなぁジョン。やる前からそんなこと言うなよ」
「言うなよー」
「もう何度も何度も言ってるけど、本当、聞く耳持たないよね」
呑気に首も振っていると、ジェメドもキノの真似をする。ジョンハットのこれはいつものことであり、それがジョンハットなのだ。
「外には僕の知らない動物がいる。そう思ってたけどもう....」
「え?」
「...帰るね」
「いや、ちょっと待てよ」
動き出そうとするジョンハットに、キノは肩を掴む。顔付きが、どこか覇気がない。元々無かったといえば無かったが、より一層だ。
「なんだよ。帰るって」
「言葉通りの意味だよ」
視線が合わない。そこでようやく、異変を感じた。
「急にどうした?」
「急に?」
キノの言葉に、ジョンハットは肩を振るわせた。眼窩を広げ、理解不能なものを見るみたいにキノを凝視する。
「おいーーっ!」
ジョンハットはキノを嫌がるように、肩に置いた手を振り払う。キノの横を通り過ぎ、住宅街へと戻っていく。振り返りもしないそっけなさに、少しの焦りが生まれる。
これは、どういうことだ。
小さな焦りがどんどんと大きくなっていく。ジョンハットの声は小さくて聞き取れない。何を言ったか、キノにはわからなかった。
「帰っちゃった」
何が何だかわからない、というようにジェメドは、ジョンハットの足跡を見つめている。
キノは、ジェメドと同じような気持ちを抱きながら、ふわふわとした孤独を感じていた。




