第二十話
「今日は豪華だな」
「ガハハハハハハ!なんせ家族が増えたからな!」
記憶など無かったように、二人は笑い合っている。先ほどまでの光景が嘘だったかのように、住人が笑っていた。
包帯で顔を隠しているものの、時折血反吐を吐くのはやめて貰いたい。見ていて心配になるが、それを言うべき空気ではないことは百も承知だ。
ガランは掌を合わせる。
すると、住人の皆もそれに合わせて掌を合わせる。倣って従うと、少しの静寂の後、ガランが叫ぶ。
「頂きます!!」
「「「頂きます!」」」
挨拶の後、ガランは一目散に肉に齧り付く。鉄皿の上の大きな奇形動物の肉を各々がナイフで切って、口に入れる。わざとらしく頬に手を乗せはふはふと言っている女を、ガランは楽しそうに見つめている。
ばくばくと食べ始めた住人を見て、ナキも控えめに、手前の生野菜を口に入れた。汁物も、肉も、全てが美味しかった。
言いようのない違和感を感じながら食べ続けていく。その内会話が流れ始めて、家族と言っても差し支えないだろう空気が流れ込む。ただそれは、偽物だ。空元気な空気が、ナキの胃を縮めていた。
◯
ナキの家で、四人が長椅子やら寝椅子やら寝台やらに座り込んでいる。
あれから、二回の鐘が鳴った。朝昼夜かは分からないが、頭布の少年の言う通り、ここでは一日三回の鐘が鳴るらしい。その度に広場の中心で、食事をしなければならない。二回目の鐘が鳴った時点で、ナキは鬱屈とした気持ちを抱えながら、ガランの食卓に赴いていた。
「やばいぞ、あれ」
「やばいというか、怖い...」
「うん。狂気だね」
一回目以外の食卓も、豪勢では無かったが、同じようなものだった。ガランを中心に、少年とレディが聞き手。間にキノの茶々が入り、住人が頷いたり、笑ったりする。すこぶる異様だ。キノは顔中包帯まみれで食べるのにも苦労していそうだったのに、和気藹々とガランと話していた。
「ここ、避難場所じゃないのか?」
「避難場所?」
ぽかんとしているセディアに一瞬危機感を覚えたが、得心がいったように笑顔になった。
「あ、シェルターのことね。いや、私たちもさ...」
「?」
「あんまよく分かんないんだよね」
頭をかきながら、ちょっとした申し訳なさを感じる口調で言った。
「...え?」
「というのもあのカード。一千年前のものなんだって」
「..分かんないってことか?」
セディアの顔がキョウに向けば、キョウは慌てたように話し出す。
「え、ええっと..このカードをガランの跡地、三角大岩の麓に入れなさい。そうすればシェルターが開く」
「ネリアさんが貴族なんだ。その弟がキョウさん。ネリアさんはカードを持って、私達を逃がしてくれた」
言葉足らずなキョウの代わりに、ルフリアが説明してくれる。
ネリアさんというのが巨騎士。そのネリアさんがカードを持って、守護神ではなく化体になって、カイルから大勢を逃したのだ。あの巨騎士は今も家の近くにいる。
巨騎士もといネリアのお陰で、ナキは今生きれているのだ。
「中身は異様な光景だったがな」
「そうなんだよねぇ」
そうなのだ。今、生きれているのは有り難い。腹も膨れたし、爆睡も出来た。が、永住などもっての外だ。ガランの提案には乗れないし、あの住民達も、なんだか見過ごせない。
「とはいえここは大蛇の中だ」
「あの二人を怒らせちゃったらどうなるか分かんないし」
確かに、ガランの拳の威力を見た後だと、脱出など出来る訳もない。脱出したとしても外は危険で、どちらにしても、ナキ達はここにいるしかないのだ。
「その、ネリアさんは、どうなんだ?同じ化体なんだから、互角だと思うんだけど..」
「外にいたらねぇ。ここは中だから、あの子の言った通り確実に負けちゃうね。何回串刺しにされるか分かんないよ」
にへらと笑うセディアに、緊張感は一欠片も感じられない。では、どうやってこの状況を打開するのか。
「それと、あのガランとかいう裸男。あいつ、凄く強い」
ルフリアが言い切った。彼女が言うのなら、相当強いのだろう。ナキから見ても、ガランはとてつもなく強い。あの威力は、どう足掻いても死ぬ。キノが生きているのが本当に不思議だった。
それが無くとも、まだ未熟なナキでさえ、素人でさえ分かる程の威圧感が、ガランにはあった。それこそ化体のような重圧が、体の節々から漏れ出ているかのようだったのだ。
「今の私達の戦力じゃ、ここを手籠にするのは無理だ」
「しばらくは、大人しく従った方が身のためだね」
「遅刻するなよ」
「私はイトさんが一番心配だ」
避難場所と思っていた所は、操り手が独裁する方舟だった。一先ずの前途多難は終わったと思っていたが、まだまだ先になりそうだ。
「それと、あの糸目野郎のことだけど」
糸目野郎というのは、ガランの方舟に落ちる前、地上でライギルドと共にいた想起士のことだ。あのまま戦闘が続いていたら生きていたのかも怪しいが、信じられないことに、糸目想起士はナキ達を見逃した。
何か考えが無ければ、そんなことはしない筈だ。
「絶対なんか企んでる..」
「ナキちゃんはなにか知らない?ロジバルト出身として、何か情報があれば」
確かにナキはロジバルト出身ではあるが、何も分からないと言った方が合っていると思う。住んでいたのは事実だが、住んでいただけだ。何の疑問もなく、自分の国を崇拝していた。
「...分からないけど、想起士が俺達をみすみす見逃すなんてのは、あり得ないことだと思う」
「ふむふむ、なんで?」
「...俺達は、外の人間を全員、悪魔と見做しているから」
「悪魔?」
「少なくとも俺は、こんなことになるまで、外の人間を、その..」
「?」
セディアは何も気にしていなさそうだ。他の三人に話すのは、どうにも緊張する。特にイトには。
こんなこと、面と向かって話すのは、相当な胆力がいる。
「躊躇ってないで、早くしろ」
だが、言わないといけない。ここまで話してしまったのなら、言うべきだ。
「...人間じゃないと、思っていたんだ」
言ってしまった。罪悪感が身体を支配する。金縛りにあったように固まってしまった。
「そんなことは聞いていない。馬鹿なのかお前は」
イトの割り切った悪口に、ぽかんと口を開けてしまう。他の面々も、いつも通りの表情だ。
「ごめんね。ロジバルトのことは、大体知ってるんだ」
「え?」
「歴史の授業で習うんだよ。ロジバルトって国は最低最悪の洗脳大国だってな」
「...!」
洗脳大国。その言葉を聞いて、怒りが湧いた。感情の動きが分かりやすく、恐らく全員に伝わったのだろう。ぴりぴりとした空気が、肌に纏わりつく。
「...ごめん。思い当たらない」
「そっかぁ」
拳を握り締める。洗脳なんかではない。認めない。認めたくない。それであったら、ナキは一体何の為に生きてきたんだ。
ーー「この悪魔がぁ!!」ーー
友達に言われた言葉を思い出す。同時に、ロジバルトの仲間達が想起した。
腰に付けた仮面を、少し触る。この感覚が、切なく、安心する。
こんな所でぐずぐずなんかしてられない。
ナキは、知らねばならぬのだ。
気持ちを拭って、考える。糸目の想起士がナキ達を見逃した理由を。必ず殺せる算段があるはずだ。だから見逃した。その算段は、皆目見当もつかない。ロジバルトにいたとはいえ、ナキとて分からないことの方が多い。
だから、別の方向で考える。糸目想起士がここでナキ達を見逃した理由は恐らく、大蛇だ。何をしようとしているのか確認した結果、地中から大蛇が出てきた。大蛇に飲み込まれたナキ達を見て、糸目想起士は何を思ったのか。
ナキは首を振る。いくら考えても分からないなら、ここを出る為に考えることだ。
「ここを出たら、どこへ向かうつもりだ?」
自然と口を突いて出てしまった言葉は、しかし不思議に思うところだった。地上に出た所で、行く所は限られている。
「龍人の森」
ルフリアが答えた言葉は、やはりそうだった。ナキが放浪していた時に考えた逃げどころ。
龍人の里と呼ばれる、龍人が住む森の要塞だ。
ロジバルトと龍人は、遥か昔争っていた。お互いに犠牲しか出さなかった両陣は、互いに不干渉を結んだ。それが今の大陸だ。大陸な殆どはロジバルトが、北の巨大な山脈からは龍人が持つこととされた。
その龍人のところに行けば、可能性はあると思っていた。ナキだけでは無謀だったが、ルフリア達がいれば。
「私達には行き場がない。ロジバルトは駄目だ。問答無用で殺される。なら、行き先はそこしかない」
ルフリアの目の奥がゆらゆらと燃えている。初めて、銀髪の少女の本音が聞けた気がした。
龍人の里へ行ってしまえば、ロジバルトであるナキは危うい立場になるだろう。
そして、味方なのかどうか危ぶまれる。
それでもナキは、ついていきたいと思った。何があっても、自分に何が起こったのか知りたい。それと同時に、この人達についても、龍人についても、知らなければいけない気がした。




