第十九話
カーーーーーーン!
「うぎっ?!」
耳につんざく甲高い音が聞こえる。じりじりとした頭は、ようやく鐘の音だと理解する。
ここにはナキ達以外に十九人の住人がいるが、その誰もが物音一つ立てやしない。家の外を見ても、寝そべっている老人は動かないし、青年が通り過ぎても挨拶もない。一人一人が他人を見ていない。一人で生きているという感じがした。
この時点で、ナキはガランの方舟という場所を、異常なものとして見ていた。
家族。ガランのいう家族とは、どういったものだろう。
ぐるぐると思考を回しながら、ガランの食卓へと赴いた。
「なんだこれ...」
広場の真ん中に置かれた長机に、おそらく全員分の椅子と、料理が並んでいた。大きな肉が三つ、彩り豊かな料理の真ん中に鎮座していた。
痩せぼての男、ジョンハットが、料理を持って自分の椅子に座った。前とは打って変わって、笑顔になっていた。にこにこと笑んで、礼儀正しく座っている。他の住人も同様だ。
頭布を巻いた少年とレディ、ガランの三人は遠目から何か、和気藹々と話していた。外野から笑い声や相槌が、楽しそうに長机を囲んでいる。
「こっち」
声がすると、セディアが手招きしていた。隣にイト、ルフリア、キョウが並んでいる。キョウの隣に腰掛けると、目敏くガランは感知する。
「これで全員か!」
「いや、まだキノさんが来てない」
「キノがぁ?!」
「うん」
ガランは目玉が飛び出る勢いで、少年を凝視する。少年は臆すことなく目の前の料理を見ていた。ナキがあんな顔で見られたら、料理どころではない。それこそ、昨日の様に極限まで腹を空かせていなければ出来ない芸当だ。
「何故だぁ!!」
覇気が、ここまで伝わった。ガランの怒声で、この場の誰もが口を閉ざす。恐怖がこの場を支配した。
「..なんで」
先程まで和気藹々と話していたレディも、額に玉の汗を浮かべている。今の今で玉の汗など、よっぽど感情が動かないとなるものではない。
事態の急変にはらはらしていれば、ガランが立ち上がる。苦虫を噛み潰したように、苦しい表情になっていた。
ガランは椅子から離れ、どこかに行こうと一歩踏み出した時、頭布の少年が右腕で、ガランの腕を掴んだ。
「父さん、もう少し待ってみよう」
「もう少しぃ..?!」
「ああ、毎回言ってるけど、誰だって遅刻はある。寝坊だったり、体調が悪かったり」
少年は平坂とした口調で、冷静沈着につらつらとガランを諭している。少年の態度はいつも通りだ。ただ、その雰囲気にはいくらかの危険が孕んでいる。
「もちろん、遅刻は許されない。そんなのフェアじゃない。だけど、少しくらいは勘定してあげても良いんじゃーー「家族は遅刻をしない!!!」
これまで以上の大声で、少年の言葉をぶっ潰す。力技の遮りに、少年の頭布が大きく揺らぐ。
「家族は家族が大好きだ!!家族は家族を想うもの!!だが俺は決めねばならん!!家族を破った者は、父の俺が決めるのだ!!」
少年の耳元で、声を抑えず叫んでいる。少年は左腕で、頭布を口元に押し付ける。眉は歪み、目は懸命にガランを見つめていた。
その状態のまま、数秒が続く。空気はとうに凍っていて、ガランが今にも爆発するのを今か今かと恐怖する。
懸命に見つめていた少年の目が、段々と閉じていく。額に汗が流れているが、気付かない程なのか、頭布は押し付けたままだ。
少年の目が完全に閉じた頃、同時に少年の右腕も、ガランから離されていた。
ガランは悲しそうな表情で、少年を見つめる。振り返り、決死の表情に切り替わる時、その人は現れた。
「ごめんごめん。遅れちまった」
ぼろぼろの緑の外套を全身に纏って、ぽりぽり髭面を掻いている。がに股に歩きながら、悠々自適な声音を発する男が、長机に向かっていく。
茶髪に茶髭。一際目をひいたのは、黒と灰の、綺麗な虹彩異色だった。
「何故遅れた!!」
「新顔なんて初めてだろ?家族がどれだけ大事なものか、知っておくべきさ」
言いながら、歩を進める男。それをじりじりと見つめるガランは、一体何を考えているのか。握られた拳が更に握られ、血管が深く濃く、浮き出ていた。
「な、ガラン」
ガランの名を呼んだ男は、しかしガランを見ていなかった。男の目線は、頭布の少年に置かれていた。
「そこの人達。これで分かった?ガランの方舟じゃ、これがルールだ。ここは幸せだけど、家族を破ったら、御法度だからね」
少年はナキ達を見て、眉と目が笑った様に窄められる。
「ガハハハハハ!!そういう事か水臭い!」
「ははは。そういう事」
キノと呼ばれた虹彩異色の男はちらとこちらに目をやって、ガランを見据える。口端を上げて、ぼろぼろの外套を脱いだ。
「まあ、家族に迷惑かけたんだ。それは反省しなきゃな」
「家族の大切さを実体験で説こうとしてくれたのだな!その心意気は華だ!だが...」
ガランは腕を組み、キノの心持ちを満足そうに頷いていた。すると一変、悲痛な顔に切り替わる。
「もっと他にやり方があったんじゃないのか?」
「ごめんな。親父」
キノの瞼が閉じる。両手が握り締められ、その腕で力が込められているのが分かった。
そんなキノを悲痛な表情で見遣るガランは、一歩一歩ゆっくりと近付いていく。右手が浮き肩が上がった頃。
「..は!?」
「....ひ!」
ガランの右拳がキノを捉えた時、何かが破裂したような音が、ガランの拳から空気を伝って食卓に降り積もる。破裂音と共に、キノの身体は床に叩きつけられた。
床が歪み、キノは身動きもしない。思わず、ナキとキョウは叫んでしまう。あり得ない状況と、ありえない威力に。
「こんなことさせて...ごめんな親父」
死んでしまった。そんな心配を覆すように、キノは上半身を上げた。顔には血がべったりと漏れているが、当の本人は気にせずに、ガランに謝罪をしていた。
「顔を洗って出直してこい。キノ」
「...あいよ」




