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帰還

 夕方、修道院の食堂には、今日採集した物資が並べられていた。


 岩塩、鉄鉱石、糸草、木材、魔石、耐熱石、それぞれ量は多くないものの、迷宮の中で実際に手に入れた資源ばかりだ。


「……こうして並べてみると、すごいですね」


 バルトが感心したように呟いた。


「本当に、これらすべてが迷宮の中だけで手に入ったのですか?」


「はい。まだ試運転ですから少量ですが、継続的に採集できる見込みは立ちました」


 エリシアが答えると、住民たちの間から嬉しそうな声が上がった。


「これなら、冬服の材料も確保できそうね」


「道具だって直せるようになるぞ!」


「塩が手に入るなら、保存食も作れるかもしれない!」


 皆の表情が明るくなっていく。


 昨日まで、冬を越すための物資が届かないことに不安を感じていた住民たちが、今は自分たちの手で必要なものを作れるかもしれないと希望を持っている。


 それだけでも、今回の改装には大きな意味があった。


 しかし、バルトはしばらく帳簿を確認した後、少し難しい顔になった。


「……エリシア様。一つ、よろしいでしょうか」


「はい。何でしょう?」


「今回の試運転で、資源を確保できることは分かりました。ただ、それらを冬までに必要な量だけ揃えるには、相当な人数が必要になると思われます」


 その言葉にエリシアは頷いた。


「そうですね。私も少し気になっていました」


「まず、岩塩の採掘と精製に人手が必要です。鉄鉱石についても採掘と運搬、それから精錬設備の建設があります。糸草は収穫するだけでなく、糸や布へ加工しなければなりません」


 バルトは帳簿へ次々と書き込みながら説明を続けた。


「木材も同様です。伐採、運搬、乾燥、加工と、それぞれ作業があります。さらに、資源領域化した階層には魔物も出現しますから、安全確認を担当する人も必要になるでしょう」


「……確かに、かなりの仕事量ですね」


「ええ。しかも、我々にはもともとの仕事もあります」


 バルトは少し困ったように笑った。


「畑仕事、食事の準備、建築、修道院の修繕、子どもたちの世話。それに、第一階層と第二階層での狩猟も続けなければなりません」


 エリシアは周囲の住民たちへ視線を向けた。


 今日の試運転に参加した者たちは、皆かなり疲れているようだった。トーマは椅子へ深く腰を下ろし、ユアンも少し眠そうにしている。


 リナは平然としているように見えるものの、朝から何度も魔物の警戒を続けていたのだから、決して楽ではなかったはずだ。


 マルタも採集した糸草を確認しながら、時折肩を回している。


「……そういえば、今日は畑の作業がほとんど進んでいませんでしたね」


 エリシアが呟くと、ユアンが申し訳なさそうに頷いた。


「はい。朝の水やりだけは済ませたんですけど、その後はずっと迷宮にいましたから……。明日は畑の手入れをしないといけないと思います」


「俺も、修道院の屋根を直す予定だったんだがな」


 トーマが苦笑した。


「今日は鉱山や森林を調べるだけで終わっちまった。まあ、無駄な仕事じゃなかったけどよ」


「私も、明日は狩猟へ行かないとね」


 リナが続ける。


「今日みたいに一日中迷宮を回ってたら、食料の確保が後回しになっちゃうわ」


 エリシアは少しずつ、問題の大きさを理解し始めていた。


 資源を生み出す仕組みは完成した。しかし、それを利用するには、作業する人間が必要になる。今の居住区には二十七名の住民がいるものの、その全員が重労働をこなせるわけではない。


 子どもや高齢者もいるし、怪我から完全に回復していない者もいる。


 さらに、日々の生活を維持するための仕事も欠かせない。


「……ノア、何かよい方法はありませんか?」


『そうですね……。維持費の調節が大変になるのであまりおすすめはしませんが一部の運搬作業であれば、ゴーレムを新たに召喚して任せることも可能です! それに、騎士たちの訓練が進めば、多少は労働力として活用できるかもしれません!』


 確かに、マグマゴーレムは重い資材を運ぶことができるし、レッドキャップたちも、ある程度の作業なら手伝ってくれるだろう。


 しかし、魔物たちにもそれぞれの役割がある。


 修道院の防衛や建築作業を担っている魔物を、すべて資源採集へ回すわけにはいかない。


 騎士たちについても同様だった。


 現在はまだ、全員が自由に行動できる状態ではない。危険な行動を取らないよう慎重に管理する必要があるし、そもそも彼らは採掘や農業の専門家ではなかった。


「……そうですね。少しは助けてもらえるかもしれませんが、それだけで全部を賄うのは難しそうです」


『はい。今回のように資源生産階層が増えると、どうしても管理する人手が必要になります!』


 ノアの返答は、いつになく現実的だった。


 岩塩も、鉄鉱石も、糸草も、木材も、そのどれもが確かにダンジョンから手に入った。しかし、それらを生活に必要な形へ変えるには、まだ多くの工程が残っている。


 そして何より、今の人数では、その工程を十分に進めることができない。


「……バルトさん。もし本格的に資源の採集を始めるとしたら、どれくらいの人数が必要になると思いますか?」


 バルトはしばらく帳簿へ目を落とした。


「正確な人数を出すには、もう少し調べる必要があります。ただ、今日の作業だけを見ても、現在の住民だけで継続的に運営するのは難しいでしょうな」


「……やっぱり、そうですか」


「ええ。今の人数では、誰かが迷宮で働けば、その分だけ別の仕事が止まってしまいます。冬までに必要な物資を揃えるとなると、なおさらです」


 これまで、何か問題が起きるたびに、迷宮の機能を使って解決してきた。


 食料が足りなければ狩場を作り、敵が攻めてくれば防衛用の階層を整備した。そして今回は、物資が届かないという問題に対して、資源を生み出す階層を作ったのだ。


 しかし、今度ばかりは迷宮の機能だけでは解決できそうになかった。


 資源を生成することはできても、それを採掘し、運び、加工する人間までは簡単に増やせない。


 エリシアは改めて、食堂に集まった住民たちを見渡した。


 皆、今日の試運転の成功を喜んでいるその一方で、疲れた表情を浮かべている者も少なくなかった。


 ーこの人たちに、これ以上無理をさせるわけにはいかないー


「……分かりました。では、明日からの仕事については、もう一度調整しましょう。無理に全部を進めようとせず、優先順位を決めたいと思います」


「それがよろしいでしょうな」


 エリシアは再び帳簿へ目を落とした。


 冬までに必要な物資は、まだ十分に揃っていない。それでも、迷宮の中にはそれらを生み出す仕組みができた。


 あとは、それを動かす人間が必要だった。


『エリシア、少しよろしいですか?』


 ノアが静かに呼びかけた。


(何でしょう?)


『今回の資源生産階層は、将来的にはもっと多くの物資を生み出せるようになると思います。しかし、それを十分に活用するには、今の住民数では足りません』


(……ええ。私もそう思います)


『ですから、そろそろ考える必要があるのではありませんか?』


(何を、ですか?)


『この迷宮で働いてくれる、新しい人間を迎える方法です!』


 ー新しい住民を迎えるー


 確かに、それができれば人手不足は解消するかもしれない。しかし、今の居住区は恐らく辺境伯から目をつけられているだろう。


 商人すら近づかなくなった場所へ、新しく住もうとする人間がいるのだろうか。


 まして、魔物が暮らす迷宮で働いてほしいと言われて、喜んでやってくる人がいるとは思えなかった。


(……簡単ではなさそうですね)


『はい。ですが、これから迷宮を発展させていくためには、避けて通れない問題だと思います!』


 エリシアは静かに頷いた。


 迷宮を作るだけなら、ノアと自分の力で何とかなる。しかし、ここを一つの生活圏として発展させていくためには、住民たちの力が欠かせない。


 そして、今の二十七名だけでは限界がある。


「……皆さん、今日は本当にお疲れさまでした。明日は無理をせず、普段のお仕事を優先してください。迷宮の運営については、私ももう少し考えてみます」


 エリシアがそう告げると、住民たちはそれぞれ頷き、食堂を後にしていった。


 最後に残ったバルトが、帳簿を抱えながらエリシアへ声をかけた。


「エリシア様。今回の件で、我々の集落が大きく変わろうとしていることは、よく分かりました」


「……ありがとうございます」


「ただ、一つだけ申し上げておきたいことがございます」


 バルトは少し真剣な表情になった。


「今の我々は二十七名しかおりません。ですが、迷宮の規模はすでに、それだけの人数で管理できるものではなくなりつつあります」


 それは、今日一日を通して痛感したことだった。


「物資が足りないという問題は、迷宮のおかげで解決の道筋が見えてきました。しかし今度は、それを扱う人間が足りません」


「……そうですね」


「これからも集落を発展させていくのであれば、外部から新しい働き手を迎えることも、考えなければならないでしょうな」


 エリシアは少し考え込んだ後、静かに答えた。


「……はい。私も、そう思います」


 バルトが食堂を出ていくと、エリシアは一人、机の上に残された帳簿を見つめた。


 せっかく冬を越すための物資を生み出せるようになったのに、それを十分に活用できないのでは意味がない。


「……人手、ですか」


 商人すら来なくなったこの場所へ、どうすれば新しい人を呼べるのだろう。新しい働き手を迎える方法を、早急に考えなければならなかった。

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