湯煙のロマンチシズム
お待たせしました、第2話です。
引き続き楽しんでいただければ幸いです!
「「「「えぇぇぇえ?!?」」」」
寂れた路地裏に人外たちの悲鳴が響き渡る。
ルーシーが頭の上の輪っかを激しくチカチカさせながら、花菜の前に回り込んで両手をぶんぶんと振っていた。
「ちょっとちょっと! 何を言ってるんですか人間さん! 我々に入れてくれって、ここはサークル活動じゃないんですよぅ!」
「そうそう、嬢ちゃん気持ちは嬉しいがよぉ。俺らの仕事は血生臭いんだ。おめえみたいな一般人が首突っ込む世界じゃあねえって」
アスベルマが、頭をガリガリと掻きながら諭すように言う。その背後では、ユウアが「ひぃっ、怒られたらどうしよう……」と、花菜から放たれる圧倒的な威圧感に怯えてヒガノの影に隠れていた。
当の花菜はといえば、ストッキングの破れた足を肩幅に開き、完全にメンチを切るスタイルで4人を見下ろしている。
「一般人だァ? 笑わせんな。アタシはたった今、その『一般職』ってやつを辞めてきたんだ。明日から予定が真っ白な無職」
花菜は、足元で完全に伸びてピクピクしている女性怪異を、ヒールでツンツンと突いた。
「そこの化け物、アタシの思い出を汚しやがった。だからボコした。そしたらアンタらが車で現れて、怪異専門の公務員だなんだって名乗った。……だったらアタシを雇えよ。1人増えたくらい良いだろ、ちょうど空いてるんじゃねーの?」
「あはは、言うねえ。お姉さん、やっぱり面白いや」
軍帽を指先でクイッと持ち上げながら、ヒガノがくすくすと喉を鳴らして一歩前に出た。どこか冷徹な、しかし好奇心に満ちた笑みを浮かべて花菜を見つめる。
「でもさ、僕たちの職場、普通の人間ならまず耐えられないよ? 鬼の僕から見ても、地獄の刑罰の方がまだマシって思えるくらいにはね」
試すような、冷たい言葉。
だが、花菜は鼻で笑い、むしろ愉快そうにして、重みがあるセリフを叩きつけた。
「耐えられねぇ? 職場の環境が? ……ハッ、上等。尊敬もできないクソ上司の下で8年間サビ残と理不尽な説教に耐え続けたアタシのメンタルを舐めんなよ。残業代と休日手当がちゃんと出るなら、本物の地獄だろうが世界の裏だろうが天国みたいなもんだわ」
「……今までの君の居た環境も怖そうだね」
花菜のあまりにリアルで重たい労働者の覚悟に、ヒガノたちが、引きつった苦笑いを浮かべる。
そんな車外の緊迫した空気のなか、運転席のガミーが車のクラクションを「パプー」と間抜けに鳴らした。
「おーい、近所の人が窓から見てんぞ。そろそろ移動だ。」
「あ、マズい! 警察とか来たら一般人の記憶処理が面倒なことに……!」
ルーシーが頭を抱えて叫ぶ。
「ほら、お喋りは終わり。さっさとアタシを乗せて、アンタらの『本部』とやらに連れてけよ。面接の続きは車内で聞く。」
花菜はそう言い放つと、呆然とする4人を完全に無視して、当然のような顔で黒塗りタクシーの後部座席のドアをガシッと掴んだ。
強引にドアを開け、拒否権を許さないオーラで後部座席へと滑り込んでいく花菜。
その様子をバックミラー越しに見ていた運転席のガミーが、ハンドルをポンと叩いて助手席のヒガノを見た。
「あ、そういやヒガノ、今から閻魔様ん所行くから、連絡しといてくれ、そこの人間の事も」
「ん、分かった」
軍帽のツバを指先で直しながら、ヒガノは懐からスマートフォンを取り出した。画面を数回タップして耳元に当てる。
「もしもし? 閻魔様? あーはい、僕です。あぁ、お酒は程々に。それよりもですね、今からそちらに帰るんですが、1人人間を拾いまして。はい。なんか入りたいらしいです、僕らに。はい。はーい、分かりました、はーい」
ピッ、と通話が切れる。
そして車内に詰め込まれたルーシーが「え、えぇ……? この人連れて行くんですか……?」と尋ねた。
一方、アスベルマとユウアに挟まれる形で後部座席の真ん中にドカッと鎮座した花菜は、おののく2人を置き去りにして、呆れたように片方の眉を上げた。
「ちょっと。アンタらのトップ、ずいぶんフランクっつーか、随分とナメられた上司みてぇだな。アタシの前職のクソハゲ上司なら、そんな態度で電話したらその場で始末書ものだってのに。」
「あはは、閻魔様は現場のぼくたちには甘いからね。命の保証以外なら君の前職よりは、よっぽどアットホームなホワイト企業だと思うよ」
ヒガノが助手席から振り返り、ニヤリと不敵に、しかしどこか楽しそうに笑う。
「で、肝心の人事権だけど。閻魔様、なんて言ったと思う?」
「あ? 『人間なんかお断りだ』ってか?」
花菜が腕を組んで鼻で笑うと、ヒガノはスマートフォンの画面をポケットに仕舞いながら、肩をすくめて言った。
「ううん。『面白そうだから、とりあえず連れておいで』ってさ」
「ふふっ、あははははっ!んだよ、ノリいいじゃんか!!」
花菜が声高らかに笑う。
「そんじゃ出発、シートベルト締めろ。」
ガミーが楽しそうにアクセルを踏み込むと、黒塗りタクシーは現実の夜の闇を切り裂き、いよいよ人知を超えた地獄の本部へと猛スピードで走り出した。
黒塗りタクシーがぐんと加速し、目の前の空間がぐにゃりと歪んだかと思った次の瞬間。
車の窓の外には、息をのむほどに壮大で、実に見えも眩むほどに賑やかな光景が広がっていた。
「うへぇ……何だここ。温泉臭すげぇな。温泉街か?……めちゃくちゃ洒落てて広いじゃんか!」
花菜が思わず窓に顔を近づける。
そこは、茜の空の中にガス灯の淡いオレンジ色の光が優しく灯る、広大な大正浪漫風の温泉街だった。
何より圧巻なのは、街の中央をどこまでもまっすぐに貫く、『朱雀大路』を思わせる圧倒的な大通りだ。
立ち込める白い湯煙の向こう、その大路は笑顔絶えず雑談に花を咲かせて食べ歩きをする死者や鬼、妖怪たちで足の踏み場もないほどにごった返す、一大観光地のようなお祭り騒ぎと化していた。
浴衣を着て下駄をカラコロと鳴らす死者の集団、大声を張り上げて串焼きを売る筋骨隆々の鬼の露天商、モダンなドレスをまとって熱心に食べ歩きを楽しむ狐や猫の妖怪たち。土産物屋の提灯がぎらぎらと輝き、湯気が黄昏時の空へと立ち上っている。
そして、その混沌とした広大な大路の突き当たり。
ごった返す温泉街を見下ろす遥か高い位置に向かって、天へと伸びる気の遠くなるような長い、長い石階段があった。
その階段の頂上、湯煙の雲を見下ろす高台に、まるで古城か巨大な寺院のように厳かに建ち塞がっているのが、あの世の最高機関――『閻魔庁』であった。
キィッ、と静かなブレーキ音を立てて車が止まったのは、その朱雀大路の終着点、果てしない石階段の登り口だった。
「よーし…到着したぞ、こっからは徒歩だ、登れるか?」
運転席のガミーがカラカラと顎を鳴らす。
普通の31歳なら、怪異だらけの観光地と目の前の大階段に絶望するところだが、花菜は「へえ、退職後の運動不足解消にはちょうどいい階段だな。アタシ、こういうレトロで厳かな雰囲気たまらねぇんだ」と、感心したように車を降りた。その強靭なメンタルに、隣のアスベルマがニヤけ、ユウアがヒッと身をすくめる。
「さぁ、行きましょう花菜さん! 閻魔様がお待ちです!」
ルーシーに背中を押され、息を切らすメンバーたちを尻目に涼しい顔で階段を登りきった花菜は、寺院の重厚なマホガニーの扉を開けた。
一見、お寺のようでありながら、内装はステンドグラスから色鮮やかな光が差し込む和洋折衷のモダンな空間。その最奥にある「総長室」のドアを開けると――
「お、みんなお帰りお疲れ様〜。ここまで登ってくるの大変だったでしょ〜?。ほら冷たいお水、冷たいお水出すから座って座って〜!……それともお茶がいい?」
そこにいたのは、上質なスーツ姿、革張りの高級ソファに堂々と座ってにこやかに笑う、物腰柔らかな大柄な赤肌のおじさんだった。近くの棚には、地酒の一升瓶やブランデーのボトルが何本も置いてある。
ニコニコとした柔和な笑顔を浮かべてはいるものの、その存在から放たれる底知れない威圧感と覇気が、部屋の空気をピリピリと支配していた。
「お待たせしました、閻魔様。彼女が先の電話で報告させて頂いた人間でございます」
ヒガノがピシッと姿勢を正し、花菜について述べる。
閻魔様は、相変わらずニコニコしながら、腕を組んで仁王立ちしている花菜をジーッと見つめた。
「やぁやぁ、お噂はかねがねだよ、君が花菜さんだね? ……んー、すごいね君ィ。中々に心がシッカリしている、そこのルーシーちゃんよりもしっかりしてるんじゃないかな?」
「へっ、当たり前だ、あんな職場に居りゃ誰だってな」
花菜が冷ややかに言い返すと、閻魔様は「うーん、気に入った!」と豪快に笑い、手のひらをバンと叩いた。
「いいよ、うちの局は常に人手不足だからね! それに君が遭遇したこの部隊は特にね! 他の部隊と違って異種混合のせいなのか、『いつでも現場に出れる人間』が居なくて、いつもアスベルマ君やユウアちゃんなんかの少人数で回させてたんだ。君みたいな『精神力の強い人間』が入ってくれたら大助かりさ。……さてさてそれで、希望の労働条件は?」
「残業代全額支給。休日出勤の手当て。それから、有給はアタシ以外にも出来る仕事の時は申請したら100%通すこと。これらが守られるなら、アタシの拳をこの組織に捧げてやんよ」
花菜の提示した、元社会人としての責任感とリアリティ溢れる条件を聞いて、閻魔様は満足そうに深く頷いた。
「よし、全部認めよう! うちの職場はあの世だけど、労働環境はホワイトだからね! 温泉街の無料入浴券もつけてあげよう。今日から君をこの異種混合部隊の特攻隊長に任命する!」
こうして、鷹百奈 花菜は、仕事を辞めたその日に「閻魔大王直属の特殊部隊の特攻隊長」へと華麗なる転職を果たしたのだった。
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