前編
朝、行商のラハサさんのところに商品の買い付けに行ってくる。
昼、店頭で接客し、時々商品棚の整理と掃除。
夜、その日の売り上げを帳簿につけて、次の仕入れの予定を立ててから寝る。
俺の大体のルーティーンだ。
道具屋である俺は、祖父、親父と続いた店を継いで切り盛りしている。
親父はまだまだ元気だが、早めに余生を過ごしたい、楽をしたいと言い続け、
俺が学校に通っている頃からしきりに店を手伝わせ、経営の知識を叩き込み、早期にリタイアした。
いや、別に病気とか怪我とかしろってわけじゃないけど、健康で元気でピンピンなのに、
俺が早い段階から苦労させられているのは何か釈然としなかった。
まあ、早く継いだ分、俺は早く経験を詰めると思ったし、特に断る理由も無かった。
リタイアしたと言いつつ、ちょいちょい手伝ってくれるし。
一口に「道具屋」と言われても「何の」道具屋だよ、と思われるかもしれない。
一向に思って貰って構わず、特に専門性を持たないのがウチの売りだ。
と言っても何でも売っているわけじゃない、こじんまりとした個人商店だ。
年季の入った看板に軋んだ扉、せいぜい10数人も入れば満員になってしまう店内。
古臭い木の匂いがちょっとした癒しだが、奥まったところは普通に薄暗く少し商品が見にくい。
そんなどこにでもあるような佇まいをしている。アンティーク感があって味がある、
と言えなくもないが、自ら言うほどでもない。
何でこんな小さな道具屋が成り立っているのかは子供ながらに謎だったし、
いざ自分が店に立つようになるとその謎はますます深まった。
親父が教えてくれたことに特に経営のコツらしきものは何も無かった。
勿論、それなりに季節のモノを取り入れたり、目玉商品も置いたりしているが、
この道具屋で買えるようなものは大体この国の他の道具屋でも買うことが出来る。
国中の道具屋を偵察したこともあったが、うちとの差は分からずじまいだった。
何ならちょっと劣ってないか?
「何だ?まだ分かんねぇのか?じゃあ、まだまだ学べる余地があるな!この幸せ者!」
俺の疑問をそのままぶつけると親父はそう言って笑った。
本当に何かコツのようなものがあるのか今でも半信半疑だ。こっそり国外でドラゴンでも調達して、
売り捌いて売り上げを補填しているんじゃないか?
それが有り得ないことだと言い切れるぐらい、国の外はめちゃくちゃ危険だ。
俺達のような一般人は国外には基本的に出ない。国外旅行は文字通り命懸けだ。
ドラゴンを始めとした様々な魔物が跳梁跋扈する危険な世界だ。
勇者やハンター、魔法使い、など何らかの力に秀でてやっとどうにかなるレベルだ。
その勇者さえもうちの国の近くで死亡した、という話をたまに聞く。
一方でそんな危険な世界に憧れを抱く者も少なくない。
俺の同級生も3分の2は今は国の外だ。帰ってくるかは分からない。
何がそんなに楽しいのか、俺にはイマイチ分からない。
大切な家族と穏やかな日常を過ごす以上の楽しみが、命を懸ける程の楽しみが、
国の外にはあるのだろうか。魔王討伐を夢見る者も多かったが、誰か成し遂げただろうか。
一般人は国外に出ることは無いと言ったが、冒険を望む者を拒むこともこの国はしない。
基本的には自由だ。世界には人口が減ることを恐れて、冒険を一切禁じている国もあるらしいから、
選択肢の多い我が国は恵まれている方なのだろう。勿論、俺のように「冒険しない自由」も尊重してくれる。
とは言え、俺に知的好奇心が無いわけじゃない。経営を学ぶのも楽しかったが、
国外の知らない品物を見るのはとても楽しかったし、他にはどんなものがあるのかとワクワクしたものだ。
親父は俺が幼い頃、2年間だけ2つ隣の国に経営を学び、知見を深める為に単身赴任したことがあった。
その国は複数の国と交流があり、我が国以上に異国の品が沢山流れ込んできたそうだ。
そしてそんな品物を土産としてしょっちゅう俺に送ってくれた。
ネメハと呼ばれる不思議な花は印象的だった。外敵から身を守る特性があり、
花びらから淡い紫の霧を、花の5倍以上の範囲に噴射するのが鮮やかだった。
その霧が何故か魚のような匂いを放つのも印象的だった。
そういった変わり種が、うちの店内にも少なからず並んでいる。
面白がる人は居ても買う人はあまりいない、看板代わりの商品というわけだ。
売れることではなく、人を寄せる為の商品がある、というのも店に立ってから学んだことだ。
ある日の昼下がり、1人の客がうちの店にやってきた。
「おうい、やってる?」
「やれるだけのことは」
ガタイの良い鎧に身を包んだ男性客が声を掛けて来たので、俺は応じる。
店主に声を掛けてくる客は基本的には商品だけでなくコミュニケーションも求めている。
愛想よく接するのは勿論のこと、クスリと笑える返しが出来れば一体感が高まり、
商品購入のきっかけになる。と、親父から学んだ。
「おう、大したもんだな」
笑いはしなかったが、返しは貰えた。うーん、イマイチだったか。
「携帯食料あるか?味は何でもいい。」
「勿論。そこの右側の戸棚から選んでいって。」
男性客が物色しながらも語り掛けてくる。
「そういや知ってるかい?魔王が新しい奴になったらしい。先代は俺が討伐する前に、
やられちまったよ。何でも他の魔族に倒されただとか。」
「へぇ、仲間内でも争ってんだね。」
「人間側は世襲制で良かったよな。ノグライ12世には頑張って貰いたいもんだよ。」
国の辺境で道具屋をやっていると世相には疎いが、こうして客からの情報で「今」を知ることがある。
魔王に興味は無いので、身内同士の争いは勝手にして欲しいものだ。
国政にも詳しくないから、言われる迄今の国王が何世かすっかり忘れていた。
「おし、これ1ダースくれ。」
「あいよ、ダース購入者にはコイツをオマケだ。」
「サンキュー。おおうキレーだな。」
俺はセット購入特典として虹色のウロコを男性客に渡した。うちのサービスの一環で、
同じ種類の商品を一定数買った人には渡している。何のウロコかは知らないし、特段使い道も無いのだが、その鮮やかさからか、オマケ目的でセット購入してくれる客も少なくはない。
「ありがとうございましたー」
まあ、大体こんなもんだ。客と少し話して商品を売って見送る。
俺の一般的な接客。在学中から手伝って3年、結構慣れたものである。
ある雨の日。今度は小柄なお客がやってきた。
「あら、タルキちゃん。大きくなったね~」
「流石にもう成長しないっすよルアさん」
彼女はルア。顔見知りの常連だからお互い名前も近況も知っている。
冒険者だけじゃなく、国内の人の日用品の買い物にもうちは利用されている。
ルアは83歳だが、買い物は自分でなるべく行くようにしており、うちには2週間に1回ペースで訪れる。
「ていうか、ルアさん。今日雨なんだから言ってくれれば俺が持っていきましたよ。」
「まあまあ、億劫な時は頼むけど、今日は何だか体を動かしたくってね。
こういう気持ちの波には乗るようにしてるのよ」
「ルアさんがそれでいいならいいすけど」
「それより、タルキちゃん。いつものある?今日は3つ頂戴な」
俺は自分の居る帳場から数歩歩いた戸棚から薬草を取り出す。
ルアさんは主力商品の薬草より、2番手、3番手ぐらいの少しマイナーな薬草が好みだ。
「この薬草買ってるの、ほぼルアさんだけっすよ。ルアさん専用みたい。」
「あら、それは悪いわね、私の為に場所取っちゃって。」
「いやいや、それでもたまーに欲しがる人はいるから外せはしないですよ。
それに場所なら親父の目玉商品の方がよっぽど邪魔っすよ。」
俺はこの店で一番目立つ親父の目玉商品コーナーを見やる。
変な角のオブジェや等身大の魔物の彫刻、馬鹿デカいハンマーに、良く分からん派手な垂れ幕。
ネメハ以上にパッと見の外見でも充分に目立つ看板商品達だ。
「お父さんの仕入れは面白いわねぇ。いつも見ていて飽きないわ。家にこんな代物ないからね」
「自分の部屋にあったら大変ですよこんなの」
パパッとルアさん用に薬草を包んで渡す。今日は雨だから少し念入りに包んでおいた。
「ありがとね、はいこれお代。」
渡された代金は、注文した薬草3つ分より少し多い。
「もう、ルアさん。そういうのいいから。俺もう子供じゃないんだよ」
「知らないの?こういうのチップって言うんですよ。良いサービスに相応の対価を支払っているだけよ」
ルアさんは何かにつけて俺にお小遣いをくれようとする。今日はチップと来たか。
店に立つ前ならまだしも、今でも渡されるのは流石に気が引ける。
「まったく…ありがとう。今度届け物がある時はおまけを添えるよ。」
「楽しみね~、じゃあまた今度ね。」
愉快そうにルアさんが帰っていく。多めに支払うことを望むお客が居ればそれを受け入れる。
これも店の経営方針の1つだ。親切にされるのもサービスの1つというのは何だか入り組んでいるが、
そういうものだ。こうした常連との密なコミュニケーションも店に立つ楽しみだ。
今日はいつになく、慌ただしい1日だ。親父も珍しく1日中店に立っている。
「はいよ!じゃあ、しめて364Gだね。ウロコ1個おまけしとくよ。」
「はっはあ!冗談言っちゃいけねぇ。その彫刻はまけられないよ!」
「おう!皆決まってるね!魔王何て一捻りだな!」
口も身体もめいっぱい動かして親父がテキパキと店を回していく。
やはり、親父が入る日は俺だけの日より一味違う。年の功か経験の為せる業か。
俺にはまだまだ届きそうにない境地だ。
「ふいー、これでひと段落ってとこか。タルキ、何か食うか?」
「夕方にもう一波乱あるだろうし、軽くで良いよ。」
親父からサンドイッチを貰い、もしゃもしゃ食べる。
「それにしても今日は大賑わいだったね」
「ああ、何でか分かるか?」
「え?春だから?」
「ざっくりしてんなぁ。この間、魔王が代わったのは知っているか?」
知ってる。この間、鎧の男性客が言っていた。
「魔王が代わると魔王の拠点も変わるんだ。それで今の魔王の城に行くには、
前と違ってこの国を中継することが多くなったんだ。その分、うちにも人が流れてきたんだ」
「はぁー、なるほどねぇ。」
魔王が代わろうが関係ないと思っていたが、うちの店にちゃんと影響があるのか。
日々勉強だな。
ちょっとした繁忙期が続くある日、少し変わった来客があった。
コートとフードに身を包んでおり、やや怪しげ。占い師か魔法使いだろうか。
あるいは、単にそのカッコが好きなだけの全然違う職業かもだけど。
「虹のウロコはあるか?」
その人はボソッと俺に聞いてきた。声色から女性と思われる。
「ああ、あるにはあるけど…」
俺が曖昧に答えると、フード女は言う。
「あるだけ全部くれ、言い値で買おう。」
急にどうした?何富豪の遊びみたいな買い物してるんだこの人は。
「いやあ、アレは売り物じゃないというか、あくまでおまけというか…
セット商品を買った人に1つ渡しているだけで、単品で売ってはないんだ」
曖昧に答えた理由はこういうことだ。あくまでサービスという位置づけなので、
そもそも値段設定がされていない。また、今の店主は俺だが経営方針は親父のを踏襲しているので、
勝手に値をつけて売ってはいけないことになっている。レギュラー商品であれば、
ある程度の値引き、値上げは柔軟に対応できるが虹のウロコは親父の目玉商品カテゴリに属する。
「ふむ、ではそのセット商品とやらをくれ。」
「同じ商品をダースで買うことをそう呼んでるだけなので、好きなの選んでよ」
「分かった。じゃあ、そこの薬草、てぬぐい、あとはオカリナ、ナイフ、マッチをそれぞれダースでくれ」
「…大丈夫?持って帰れる?」
「問題無い」
オカリナをダースで買うってやべぇな。どういう客だよ。
とは言え、買ってはくれるのだから無下には出来ない。
俺は薬草、てぬぐい、オカリナ、ナイフ、マッチをそれぞれダースで用意して、
オマケとして虹のウロコを5つ彼女に渡した。
「礼を言う。では…うっ!」
「しっかり重そうじゃん…」
てっきり魔法で軽くしたりするのかと思いきや、あるだけ全部自分で持ってきたデカい袋に雑に詰めて、
ガバッと背負って彼女は商品を持ち帰った。
そのことを終日釣りに出ていて店にいなかった(手伝え)親父に、夕飯に話したら…
「ほぉーん、ロマンの無い客だなぁ。単体で買えても嬉しくねぇだろうよ。
オマケってところが良いんだから。」
と自身の見解を述べた。まあ、オマケだから嬉しいってのは分からなくもない。
単に人形を買うのと、お菓子を買ったオマケで貰えた人形とでは、ありがたみが違うだろう。
「まあ、そういう客がいるからオカリナが売れるんだけどな」
「そこはまた別に謎なんだよなぁ…誰かに配るのかな。」
店の一角にオカリナをダースで常備してたうちも大概だけどな。親父の発注センスときたら。
「それにしてもウロコへの執着はちょっと変わってたな。親父、あのウロコってもしかして、
何か使い道とかあったりすんの?」
「さぁ?その客に聞かなかったのか?」
「いやぁ、何か聞きそびれちゃって…」
「まあ、ところ変われば価値は変わるってもんでな。南国では大きな氷が売れるものさ。
ウロコもそいつにとっては珍しいものだったのかもな。」
「なるほどなぁ。いや~毎日勉強になるよ。」
「学びに前向きなのはタルキのいいところだな。」
俺は昔から良く何かを知ると「勉強になる」と言いがちなところがあるが、
それは、そう言うと親父やおふくろが嬉しそうにすると知ったからだ。
知ってからは積極的に使うようにしてるし、何なら大して勉強にならなかった時も言うことがある。
ただ、そう言っているうちに本当に勉強が好きになってきた節もある。言霊って感じ。
「ただ、店の外や国の外はもっと勉強になるかもしれんぞ」
「親父みたいに単身赴任?いやあ、俺はいいよ。こうして店に立ってるだけでも色々知れるし。」
「でも今日得たのは知識より謎だろ?謎の答えってのはあちこちに転がってるもんだぞ。」
この辺が俺と親父の少し違うところだ。親父は学ぶためなら2つ隣の国にも平気で行くが、
俺はそこまで知識に貪欲ってわけじゃない。手元にある知識はあるだけ手に取ろうとするが、
遠くの知識の為に足を伸ばすことまではしない。
「まあ、店はやってもらっているが、旅に出たくなったらいつでも言ってくれよ」
「その懐の深さで何で店をまず継がせたんだろうな」
「まあまあ」
~後編へ続く~




