十二.自白(2)
その生い立ちと母親の存在、どんな経緯があって今に至るのか。
秋津の母親については、もう随分と昔のことですから、と前置きして源太郎は答える。
「元は月尾藩の出だそうで、奥女中として江戸城に上がったってぇ話でした」
控えていた野辺に書き付けるよう目配せし、恭太郎は先を促す。
「月尾……」
江戸より遠く西国の小藩である。
「はあ、母親はりよと名乗っておりました。事情が大分複雑でして、勿論全部を聞いたわけじゃあありませんが……ただ、不義があった後で一度は家に戻されたところが、その時は既に秋津が腹の中にいたようなんです。生めばすぐに引き離されちまいますからね、それが嫌さで出奔した、という話です」
それで、流れ流れてこの地にまでやって来た、と。
耳を傾けつつ、恭太郎は内心で疑問符を浮かべる。
りよは身重であったはずだ。
身重の女一人で家を抜け出し、遠く離れた地へ逃げ切ることは容易ではない。
「そのりよの欠落には、何者かの手引きがあったのか」
そう考えるのが自然だろう。
易々と人目を掻い潜って逃げ果せるなど、不可能に近い。
「いたようです。出奔した時、どうも中間が一人殺されたそうで……。そのせいもあって追われる身になったとか」
「りよが中間を殺したと?」
「いいえ、下手人はりよを手引きした男だったそうです」
その男も、りよが秋津を連れてこの国に入る以前に捕縛されたという。
頼りの男も縄に掛かり、以後のりよと秋津の暮らしの悲惨さは想像に難くない。
それまでの逃亡で、非人に紛れることを学んだのだろう。
身を窶して点々と場所を変え、ここに辿り着いたと言う。
武家の出の、それも一度は奥女中という立場にあった女が、よくぞそこまでやれたものだ。
「しかしまあ、その頃にはりよも……そりゃもうぼろぼろになってましてね。うちへ秋津を託して、自分は月尾へ戻ると言い出したんですよ」
戻れば殺しの共犯と見做され、且つ不義の前科と出奔の顛末を糾されることになる。
どんな目に遭うかわからない以上、そこに幼い娘を連れて行くことは出来なかったのだろう。
二度と生きて娘に会うことはないと知りながら、逃げ続けることに限界を感じていたものと思える。
「出奔しなけりゃ、生んで早々に引き離されていたでしょうし、一体どっちが幸せだったんだか……」
一頻り話し終えると、源太郎は悄然と肩を落とした。
月尾藩と、りよという名。
無論、それが本名であるかは分からないが、秋津の出自を辿るには有力な手掛かりであった。
「今の話は、十兵衛も知っているのか」
「詳しく聞かせたことはありませんが、薄々知ってはいたんじゃねえかと思います。十兵衛は昔から秋津を可愛がっていたもんで、このまま二人で仲良くやっていきゃあ良いと思ってたんですが……」
十兵衛はどうなりますか、と尋ねた源太郎の皺深い目には落胆の色が見えた。
「火を付けたのが確かなら、残念だが火刑は免れないだろう」
親子も同然の源太郎の前で告げるには、自然声が萎んだ。
「十兵衛の奴は、火付けなんかするような男じゃねえんです。最近だって、俺の後に非人頭が務まるように、仕事を教えていた最中で……」
源太郎は縁側の上に立ったままの恭太郎を仰ぎ、一瞬瞠目して言い縋ったが、終にはその場に蹲ってしまった。
***
十兵衛が処刑され、非人頭もその役目を降ろされることになれば、秋津の暮らしもこれまでのようにはいかなくなる。
無論、他にも非人頭はいるし、源太郎の後で新たに役付きとなる者も出るだろう。
しかし、源太郎ほどに秋津に目を掛ける者はいないはずだ。
目の前に縄を打たれ、頭からずぶ濡れのまま柱に括られた男の前に立ち、恭太郎は野辺に目配せる。
火を付けたことの理由についてはまだ何も語っていない。
水責めを受けたらしく力無く項垂れたままの十兵衛に、恭太郎は問う。
「わけを話す気になったか?」
すると漸く顔を上げたが、十兵衛は無言のまま暫く恭太郎の顔を眺めた。




