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刑場の娘  作者: 紫乃森 統子


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四.次期非人頭(2)

 

「ああ、分かってら」

 源太郎の口から長屋の話が出たのに目を付け、十兵衛は思い切って尋ねてみることにした。

「ところでよ、秋津のことなんだが……」

 これまで聞き役に徹していた十兵衛が相槌以外の口を利いたことで、源太郎も気が付いたように十兵衛を一瞥する。

「秋津を長屋に戻す気はねえのかい」

 まずは長屋に戻さなければ、その先もない。

 源太郎にその気があれば、自分ではいっかな戻ろうとしない秋津を説得しようと試みるはずだ。

「前はよく、おれと秋津を(めあ)わせるようなことを言ってたじゃねえか」

 言いながら、十兵衛は何となく気恥ずかしくなる。

 幼い時分には、生意気だが可愛い妹と思って接していた。それが、源太郎にそうと聞かされ始めてからは、漠然と自分と秋津とが夫婦(めおと)になって源太郎の跡を継ぐのが自然な事だと認識していたのだ。

「お? なんだ十兵衛。おめぇやっぱり秋津が気になってしょうがねえんだなァ」

「茶化すなよ、おやっさん。おれァ真面目に言ってんだ。あのまま放っておいたら本当に帰ってこねえぞ」

 揶揄(からか)うように笑う源太郎に、十兵衛は俄かに苛立った。

 だが、源太郎は大仰に溜息を吐いてみせ、怪訝に窺う十兵衛を窘める。

「おめえも知ってるだろう。あいつはかなりの頑固者だ。揉め事を起こしたけじめを付けるつもりで出たんなら、当分は梃子でも帰らねえ」

「そりゃ分かるが、あん時の話の(かた)は付いてるはずじゃねえか」

 事実、揉めた相手の男は源太郎と十兵衛の執り成しで何とか憤りを抑えて和解し、一応は一件落着している。

 それでも尚、相手の気の治まるまでは長屋を出ると言って聞かず、結局秋津は源太郎にだけ行き先を告げて、夜の間に出て行ってしまったのだ。

 妙に頑固で、言い出したら利かないところがある。

「俺もなぁ、どうせならおめえと秋津は一緒になりゃあいいと今でも思っちゃいる。だが秋津があの調子じゃあ、まだ先だろうなァ」

 どうしても連れ戻したいなら、十兵衛が自ら迎えに行けば少しは折れてくれるかもしれないぞ、などとニンマリ顔で囃し立てるように言う。

「そこはおやっさんの出番だろ、頭なんだからよう」

「ハァーア、馬鹿だな十兵衛、おめえは何も分かっちゃいねえ。俺が行って秋津が喜ぶかよ。おめえが行ってこそじゃねえか」

 源太郎は心底呆れたように首を左右に振り、ここはひとつ、男らしく秋津を口説いてきてみろとけしかける。

「自信持て、夫婦(めおと)としちゃ似合いだと思うぞ」

「ばっ……何言い出しやがんだ! おれはそんなんじゃ──」

「照れるな照れるな。秋津との夫婦話が気になって気になって、俺の話も上の空でいやがったんだろ?」

 源太郎は、耳まで赤くする十兵衛を眺めて豪快に笑う。

「まあ、おめえも次期頭だからな。これも試練だと思え。俺に頼らず、どうすりゃ秋津が戻ってくるか頭捻って動いてみろや」

 そうまで言われると返す言葉もなく、十兵衛は憮然とするのみであった。

 

 ***

 

 その後暫くは刑場での検視もなく、秋津の御堂を訪ねることも控えがちになっていた。

 町奉行所での職務を見学したり、時には嫌疑をかけられた者への詮議の場に同席したりと、これまで行政にしか携わってこなかった恭太郎には見習いとして出る幕が多かった。

 これがもっと大きな国であれば、郡代といえども自らの職歴を外れた管轄にまで首を突っ込まずに済むのかもしれない。

 だが、ここは生憎と小国で、郡代も二名の定員しかいない。

 行政と司法、そのどちらもある程度の職務をこなさなければならなかった。

 罪人も様々だが、元来気性の荒い者も多く、またそうした輩を相手取る同心や目付もそれなりの気の強さを持っている者が殆どだ。

 秋津も気は強いが、根気強く話に耳を傾けてくれ、耳に痛いことも言われるが、いざ刑場での検視があれば励ましてもくれる。

 どこにいても、秋津が背を押してくれたなら心強く思えるのに。

 そう考えてしまう自分が情けなくもあり、如何に彼女に励まされているかを実感していた。

 その日、恭太郎が城に程近い家中屋敷の建ち並ぶ界隈を歩いていると、珍しい人物と出会った。

 ぎらぎらと照り付ける眩しい陽射しの中だが、些か左右に揺れて歩く癖で、遠目にも誰であるかがわかった。

 それは向こうも同じであったらしく、まだ数間先から大きく手を振るのが見える。

「おお、恭太郎ではないか」

「虎之助か! なんだ、帰って来ていたか」

 同じ藩校に学んだ仲だが、虎之助は一時期からこの方、江戸へ遊学していた。

 こうして顔を合わせるのは、実に三年ぶりだろうか。

 元々体躯に優れて上背もある虎之助は、やはり二年を経てもその体格は変わらない。

 恭太郎も身の丈五尺七寸と他よりも長身であったが、その目線よりもやや上回るので虎之助は他と並べば明らかに大柄である。

「江戸はどうだった? 三年もいたのなら随分色々と見て回ったのだろう?」

「いやぁ、諸国からの学友と寺を巡ったくらいだ、そんなに遊んではいられんからな。おまけに向こうは何を買うにも物が高くていかん」

 けれども、遊学した価値はあったぞと胸を張る。

「お陰で、拙者この度、藩校教授方をも任せられることと相成った」

 ふふん、と得意気に鼻を鳴らして仰け反るが、虎之助はすぐさま破顔して、

「まあ今暫くは教授方見習いだがな」

 と、大きな肩を竦めた。

 今もこれから学館へ向かう道中だという虎之助の手には、書物や矢立が入っているであろう風呂敷包みが抱えられている。

 昔から算術が好きだったり、刀や槍よりも砲術を好んだり、一風変わったところのある男だ。江戸にも主に算術を学びに出ていたというから、得意を存分に活かせていると言って良いだろう。

 実に順風満帆な人生を歩んでいるように思えた。

「しかし、少し耳に挟んだのだが、おまえのところは大変そうだな。郡代見習いに格上げされたそうじゃないか」

「ああ、つい最近だが、郡奉行から郡代見習いとなった」

「随分と早い出世だな」

 恭太郎も虎之助も、未だ二十五と年若い。

 番入からこの方、いずれも見習いから代官や郡奉行といった職務に就いて順調に経歴を積んできた。

 行政官としては、何ら問題なく務めてきたのに。

 ここへきて、初めて味わう挫折である。

「番入前から秀才だったもんな、おまえ」

「算術では虎之助に敵わんさ。それに、学問だけでは郡代は務まりそうにない」

「今の職務、刑場の検視役も多いんだろう?」

 悄然と肩を落とす恭太郎に、虎之助は僅かに憐憫の眼差しを向け、躊躇いがちに問うた。

 どうも人伝に様々聞き知っているようだ。

 

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