#7 街巡り
全長4500メートルの戦艦ヴァリアントという岩の塊の中にくり抜かれた、縦横400メートル、高さが150メートルの空間に作られたこの街。
4つの階層からなるこの街には、この戦艦で補給中の駆逐艦の乗員らが訪れ、大いに賑わっている。今、ウォーレン大尉と私は、その一番下の階層にいる
ただでさえ2万人もの人々が、この狭い場所に暮らしている。帝都でさえ4万人というから、その半分だ。帝都の半分もの人々が、街に並ぶ多くの店の間を行き交う。
それにしても、こんなに大勢で賑わう場所は、帝都といえどもないのではないか? しかもここは、日の沈まない街だという。
いや、ここには日の光はない。天井にはお日さまの代わりとなる灯りがたくさんついていて、それが街を常に照らし続けているのだが、これが消えることがないので「日の沈まない」街だというのだ。
私は、久しぶりに見る賑わった街の様子に、目を奪われる。狭い場所に所狭しと並ぶ煌びやかな店の奥には、見たことのない服や物が……
「おい! 危ないぞ!」
と、突然、ウォーレン大尉が私の手を引く。前を見ると、店の看板がある。
「おい! こんなところで、よそ見をするんじゃない!」
「す、すいません、大尉殿!」
「……まあいい、この店にしよう」
「へ? 何がですか?」
「食事だ」
そういえば、私は機関室で倒れてから、ずっと食事をとっていない。その前の食事からどれくらい時間が経っているかは知らないが、お腹が空いていた。
「あ、あの、ここはどういうものが食べられるんですか?」
「入れば分かる」
相変わらず、つれない返事だ。聞いたところで無駄だったな。私は、ウォーレン大尉と共に店に入る。
「いらっしゃいませ!」
信じられないことに、かつて「商品」だった私が、店員さんから明るく挨拶を受ける。そうか、今や私は「客」なのだ。
ここにいる多くの人にとって当たり前のことが、私にはとても新鮮に感じられる。
「お客様は何人でございますか?」
「2人だ」
「では、ご案内いたします」
気のせいだろうか? 店員さんが私と大尉のことをニヤニヤしながら見ているような気がする。その店員さんに導かれて、窓際の2人用の席に座る。
私とウォーレン大尉が席に座ると、店員さんはテーブルに触れる。するとそのテーブルにはメニューが現れる。ちょうど、駆逐艦の入り口にあるメニュー表のようなものだ。
だが、ここの料理は駆逐艦の料理とは違い、とても豪華で贅沢だ。ここはステーキの店で、メニューには分厚い肉に野菜、それに……見たこともない、黄色いつぶつぶが、ステーキの横に添えられているのが見える。
「あの、大尉殿。この黄色い粒は一体、なんですか?」
「喰えばわかる」
ああ、しまった。聞くんじゃなかった。このウォーレン大尉は、考えるより感じろという人だ。聞くだけ無駄だった。
私は、分厚い肉が予め切られた「カットステーキ」と言うのを頼むことにした。もちろん、このカットステーキにもあの黄色いつぶつぶがある。注文し終えると、料理が運ばれるまでの間、待つことになる。
その間、なぜかウォーレン大尉は私の顔をじーっと見ている。なんだろうか、私の顔に、何かついているのだろうか?
「あの、大尉殿。私の顔に、何かついてますか?」
「目と鼻、そして口がついているな」
大尉にしては、珍しく的確な応えだ。しかし、だからなんだというこの応えに、私は少し呆れてしまう。とにかく、料理が来るまでの間、私は奴隷市場にいるときでさえ経験したことのないほど、大尉から睨まれ続けることになる。
そしてようやく、お目当ての肉が届く。
分厚く熱い鉄板の上で、ジューッと音を立てて焼けるステーキ肉。その湯気からは、香ばしい匂いがする。そう、このステーキには、香辛料がふんだんに使われている。
駆逐艦の料理にも、香辛料がふんだんに使われていた。だが、ここの香辛料は明らかに質が違う。つんとした刺激の内に、深みのある豊潤な香りが漂う。私は、一切れの肉をフォークで取り、口に入れた。
柔らかい、ひき肉を繋いで作られたハンバーグでもないのに、とにかく柔らかい。脂身と旨味が、じわっと口の中に溶け込むように広がる。それでいて、くどさはない。
私は、その味に感激する。私の顔を見ていたウォーレン大尉は、私に尋ねる。
「美味いか?」
応えたいところだが、口に含んだこの旨味が、口を開いた途端、逃げてしまうように感じて、口を開けない。私はもぐもぐと口を動かしながら、大きくうなずく。
「そうか」
ああ、理解してもらえたようだ。私はもう一切れ、肉を食べる。すると、その横にあるあの黄色いつぶつぶが目に入る。
それをフォークですくい取り、口にする。噛み締めた瞬間、ほんのりと甘味がするのを感じる。
「それは、コーンというんだ」
ウォーレン大尉は、ようやくその食べ物の名前を教えてくれた。柔らかくて小さな種のような、コーンというその黄色い粒は、肉の脂味を少しやらわげてくれる。
4切れ目を口にする頃、私は思わず感極まって、涙する。とめどなく、涙が出てくる。
「おい、どうした!?」
急にボロボロと涙を流す私を見て、ウォーレン大尉が声をかける。
「あ、いえ……その……父上や母上、兄上にもこの肉を、食べてもらいたかったなぁって……」
私がそう応えると、ウォーレン大尉は言う。
「では、代わりにお前が味わってやれ」
「は?」
「死んだ家族の分を、お前が味わえばいい。それで死んだ家族も、浮かばれるだろう」
随分とぶっきらぼうだが、しかしその通りだと思った私は、残りのステーキ肉を堪能する。
肉を食べ終え、少し冷めた鉄板が店員さんによって片付けられる。だが、大尉は立ち上がろうとしない。
「あの、大尉殿……なぜ、席を立たれないのですか?」
「食事は、まだ終わりではない」
大尉が一言、私にそう告げる。すると店員さんが、透明なガラスの器に入った、白いものを運んでくる。
「大尉殿、これは……」
「喰えばわかる」
……ですよねぇ。もう目の前にあるんだから、口に入れてさっさと感じろとおっしゃるんですね。私は、銀色の小さなさじですくい取り、口に運ぶ。
冷たい、そして、甘い。口の中でとろけるその食べ物は、いまだかつて味わったことのない食感と甘さ。なんだろう、これは?
「これ、とても甘いです。しかも、まるで雪のように白くて冷たくて柔らかい……これは、なんという食べ物なのですか?」
「アイスというんだ。特に女に人気のあるスイーツの一つだ」
大尉が教えてくれた。ああ、これはアイスというんだ。私はその冷たく不思議な甘味と食感のアイスを食べる。
アイスがなくなると、ウォーレン大尉はさっさと席を立つ。私も慌ててついてゆく。
「30ユニバーサルドルになります」
店の出口で、店員がウォーレン大尉に告げる。すると大尉は、カードを掲げる。
そうだ、ここは店だった。ということは、お金を払わなくてはならない。しかし私には、まだお金がない。
「た、大尉殿! 私、お金を持ってません!」
「大丈夫だ。ここは私が払う」
ウォーレン大尉は、私の食事代を支払ってくれた。しかしあれほどの料理、さぞかし高かっただろうに、良かったのだろうか?
だが、そんな私の思いなどお構いなしに、街の中を進む大尉。そして、ある店の前で立ち止まる。
「入るぞ」
そこは、淡い赤色で塗られた店で、中に入ると、薄紅色や黄色のワンピースが見える。いや、それだけではない。スカートや上着など、たくさんの服が並んでいる。
ウォーレン大尉は、店員の一人に近く。そして、口を開いた。
「この娘の服を、頼む」
「かしこまりました」
短く返事をする店員。そしてその店員は、私の体をじろじろと見つめ、店の中にある服をいくつか持ち込む。
「このような服がお似合いだと思いますが、いかがでしょう?」
「うむ、任せる」
大尉がそう応えると、店員は私を奥にあるカーテンで仕切られた狭い部屋に押し込める。
「では、こちらをお召し下さい」
と言ってカーテンを閉める店員。目の前には、薄い赤色のワンピースが1着。うーん、これを着ろってことだろうか? 私はいそいそと着替え始めた。
そして、カーテンを開ける。そこには、店員とウォーレン大尉が待機していた。
「いかがでございますか?」
妙に無表情なこの店員の問いに、大尉はボソッと呟くように応える。
「……いい……」
「は?」
「あ、いや、これをもらおうか。この服はこのまま着せていく」
「かしこまりました」
パリッとした軍服から、急にこのヒラヒラと緩い服に着替えさせられる。私はそのまま、それを着て街を歩くことになった。
奴隷服よりは締まりがあるものの、なんだか落ち着かない。この服、胸の辺りが妙に開放的だ。あまり大きくはない私の胸では、その小柄な胸と服との間に隙間ができる。おまけに店員の勧めるがままにもう2着、似たような服を買う。大尉は、元着ていた軍服とその2着の入った袋を抱える。
うーん、大尉はこんな格好がいいのだろうか? 私としては、ちょっと恥ずかしい。軍服姿の男性が多いこの街では、私服姿の私は目立ってしまう。顔が熱くなるのを感じる。
さて、私とウォーレン大尉は、そのまま3つ目の階層まで上がる。とても長い動く階段のようなものを使って登ったが、そこからふと下を見下ろすと、大勢の人がまるでありの行列のように歩いているのが見える。ここは、随分と高いところのようだ。
3つ目の階層にたどり着くと、そこには地面が広がっている。あれ、確か私、高いところにきたような……まるで地上にいるような錯覚を覚えるが、道の脇を見ると透明な壁が立てられており、そこからずっと下に地上があるのがわかる。
いや、そういえばここは、宇宙の只中だった。地面だと思っているところは、実際には地面ではない。
不思議な感覚を覚えながら、私は大尉についていく。次にたどり着いたのは、黒い板のようなものがずらりと並ぶ、これまた不思議なお店だった。
ああ、これはスマホというやつだ。ウォーレン大尉やマイナ少尉、いや、あの駆逐艦の乗員全ての人が持っている、不思議なアイテムだ。
「大尉殿、ここは……」
「家電屋だ」
短く応えるウォーレン大尉。いや、私が知りたいのは、なぜここに来たのかということなんだけど、カデンヤなどと意味不明なことを言われても……
だが、ウォーレン大尉と私は、店先に並ぶスマホの前に立つ。そして、ウォーレン大尉は一言私に言う。
「選べ」
「は?」
スマホの方を指差す大尉。私は一瞬、理解できない。
「あの、何を選ぶので……」
「気に入ったのを選べ。一つ、買ってやる」
「あの、もしかしてスマホのことですか? でもこんな高そうなものを私が……」
「構わん」
ぶっきらぼうだなあ。私としてはありがたいけど、一方で威圧感がすごくて、選びにくい。
「あの、それじゃあこれで……」
「それじゃあ小さ過ぎる。この辺にしとけ」
遠慮気味に小さいのを選んだら、ひと回り大きいのを大尉に押し付けられた。なら最初から、大尉が選んでくれれば良かったのでは?
私が……いや、ウォーレン大尉が選んだスマホを店員に渡す。その場で支払いが終わったようで、箱から取り出して中身をポンと渡される。掌よりもひとまわり大きなこのスマホを、私は入手した。
画面が光り、アイコンが並ぶ。機関科の仕事でダブレット端末を使うことがあるから、大体の使い方は分かる。だけど、それが自分のものになるなんて、とても信じられない。
帝国貴族ですら持っていないであろう、この文明の利器を手にした私。いくつかのアイコンに触れては、その中を確認する。
「そうだ。とりあえずこれをダウンロードしておけ」
「はい、分かりました。が、これはなんなのですか?」
「音楽と動画のセットだ」
聞けば、著作権というものが切れた昔の映画や音楽がまとめて入ったものだという。一生かかっても見切れないほどのものを、いきなり手に入れられるのだと大尉は言うが、そんなにたくさんの動画や音楽なんて手に入れて、どうするんだろう?
だが、いくつかの動画をチラ見したら、その疑問は吹き飛んだ。ああ、今すぐにでも部屋に戻って、ベッドの中で観たい。引き篭もりたい。そう思わせる動画が、それこそ無数に入っていた。
で、新しいスマホと共に家電屋を出て、そのままウォーレン大尉と3階層を奥へと歩く。するとどこからか、とてもよい香りがする。
……なんだろうか、この香りは? 未だかつて、感じたことのない香り。その香りを漂わせる店に、私とウォーレン大尉は入る。
どう見てもそこは、食べ物屋だった。なぜか、女ばかりがそこにいる。男は大尉を含めて、ほんの数人だ。しかも、女と一緒にいる男ばかりだ。
大尉は何も言わず、ずかずかと店の奥に進む。そこで座り、メニューを取り出す。近くの店員を呼びつけ、何かを頼んでいた。
「あの、大尉殿。何を注文されたのですか?」
「くれば分かる」
はい、聞いた私がバカでした。いつも通りの応えをいただき、私は大尉からメニューの方に目を移す。
それにしてもここは、色とりどりの食べ物ばかり。赤や青、緑に黒。食べ物にこれほど多彩な色を使ったものを、私は未だかつて見たことがない。
一体、何を頼んだのだろうか? 私は、期待しながら注文の品が届くのを待つ。
だが、現れたのは、意外にも地味な色をした、殺風景な食べ物であった。
丸く狐色に焼けたそれは、まるでパンのようだ。だが、それは何枚にも積まれており、上から薄黄色の半透明な何かがかけられている。てっぺんだけ、白いクリームのようなものがついている。
しかし、これこそがあの店の外で感じたあの匂いを出している食べ物だ。
「甘い香りが自慢の、パンケーキタワーでございます」
パンケーキタワー。不思議な名前だ。要するにこれは、パンだというのか?
「巷の女性に大人気らしい。喰え」
相変わらず、ぶっきらぼうに話すウォーレン大尉。その大尉も、私と同じパンケーキタワーだ。一番上から、まるで獣の皮でも剥ぐように一枚づつ喰らっている。
私は恐る恐る、そのパンケーキとやらに手を出す。一枚はがし、それを口に含む。
……甘い。なんという甘さ。およそこの味は、パンではない。
半透明な液体は、メイプルシロップというそうだ。カエデの木から取れるのだというが、とても木から取れたとは思えないほどの甘い香りと味。
しかし、それにしても量が多い。甘くて美味しいのだが、それが高く積み上げられていて、さすがに全部食べるのは無理だ。
「あの、大尉殿……ちょっとこれは多すぎるのではないかと……」
「駆逐艦では味わえないものだ。全部喰え」
ギロっと睨みつけてくる大尉。私はその目つきに恐れをなし、慌ててパンケーキを食べ始めた。
なんとか全部食べ終えたのだが、さすがにお腹が苦しい。
「お、お腹が……」
「おい、大丈夫か!」
あまりに辛そうな私を連れて、大尉は公園へと向かう。あまり人気のないその場所で、私と大尉はベンチに座る。
ボーッと空を眺める。空と言っても、てっぺんの岩肌に取り付けられた多数の明かりを、私はじーっと眺めていた。
「……一度、行ってみたかったのだ」
ぼそっと、大尉が呟く。
「あの、何がでしょうか?」
「いや、あの店だ。あの店に、行ってみたかった。すまなかったな」
「あの……別に大尉殿だけで行けばよろしかったのでは?」
「あそこは、男1人で行くようなところではない」
うーん、別に1人で行っても問題なさそうな気がするけど、こだわりの強い大尉のことだ。何か、思うところがあるのだろう。にしても、あの店に行きたかったというのは、もしかしてそれほどまでにあのパンケーキが食べたかったというのだろうか? 確かに、あの匂いはたまらない。入りたい気持ちはよく分かる。
「……次、来ることがあったら、また行ってもよろしいですよ」
「いや、だが……」
「もっと少ないものを選んでいただければ、私も食べられます」
「そうか」
なぜだか、大尉のことを放ってはおけない。この時私は、そう感じた。




