#6 戦艦入港
……また、あの天井だ。光る棒のついた天井。白い色のシーツ。ここにくるのは、もう3度目になる。
医務室のベッドで目を覚ました私は、叫び声を聞く。あれは、マイナ少尉の声だ。
「艦長に直談判よ! もう3度目よ、彼女が倒れたのは! なんだって機関科の馬鹿脳筋どもは、彼女が倒れる前に配慮できないのよ!」
「いや、しかしだな……」
「なによ! あんな場所であんな暑い上着着てたら、熱中症で倒れて当然でしょう! 自分達はちゃっかり上着脱いでいたからよかったでしょうけど!」
「いや、ジョルジーナが上着を脱いだら、余計にダメだろうが……」
「当たり前でしょう! ど変態! だからといってあの格好じゃ、倒れるのは分かることでしょう! そんなことも分からないで、彼女は任せられないわ! もういい! 彼女は、主計科が引き取るわよわ!」
「いや、それは困る」
「じゃあ、ずっと困ってなさいよ!」
「私が困るだけならいいが、この艦の全員が困ることになるぞ」
「う……」
「せめて補充要員が確保できるまでは、現状維持せざるを得ない。分かっていると思うが、機関科は今、人手不足なんだ」
「わ、分かってるわよ! だから、戦艦ヴァリアントで補充要員を受け取り次第、彼女はこっちで引き取るから!」
あのマイナ少尉が、ウォーレン大尉に向かって激しく罵っている。
そのマイナ少尉の声を聞いて、私はなんだか情けなくなった。ああ、どうして私はこんなに虚弱なのだろう、と。
もう少し体力があれば、こんなに易々と医務室に運ばれずに済んだことだろう。私はあと何度、この天井を眺めれば強くなれるのだろうか?
すると、カーテンが開けられる。現れたのは、ウォーレン大尉だった。私の顔を見るや、申し訳なさそうな顔で話す。
「ジョルジーナ二等兵、私はちょっと配慮が足りなかった。すまない」
それを聞いた私は、急に涙が出てきた。ベッドの上で、ぼろぼろと涙を流す私。
「おい! そんなに辛いのか!? 医者を呼んでこようか!?」
慌てるウォーレン大尉。だが、私は大尉の腕を掴み、応える。
「い、いえ、大尉殿、もう大丈夫です。ですが私はお役に立てなくて、それが情けなくて……」
せめて、まだ貴族の娘だった頃に、もう少し体力をつけておけばよかった。そうすれば私はもっと、あそこで活躍できたかもしれない。
まさか、こんな人生が待っているとは思わなかった。ずっと屋敷の部屋の奥で過ごし、どこかの貴族に嫁ぐことになったら、その時もまたその貴族の屋敷で引き篭もればいい……それくらいしか、自分の人生を考えてはいなかった。
そんな私を頼りにしてくれる人が、ようやく現れたと言うのに、こんなに頻繁にバタバタと倒れていたら、元も子もない。結局、私はここでも捨てられるのだろうか。
「情けないなどと、考えるな!」
と、そこで声を張り上げるウォーレン大尉。私は思わず、ビクッとする。
「お前がいなければ、この艦は宇宙には出られなかった。今、こうして我が艦が宇宙に出られたのは、お前のおかげでもあるんだ!」
「そ、そんなことないですよ。だって私、また倒れちゃったんですよ? こんなに体力のない娘では、かえって迷惑では……」
するとウォーレン大尉は突然、両手で私のベッドの端を叩く。
「ひえええぇ!」
このいきなりの仕打ちに、私は心臓が止まりそうになる。だが、ウォーレン大尉はこんなことを言い出す。
「……それが、いいんだろうが」
「は?」
「自身を顧みず、皆に尽くす。それが……そういうところがお前のいいところだろうが! 泣くことはない、堂々としていろ! 私にその功を誇れ!」
「ひえええぇ! はい! そうします!」
「うむ、分かればいい」
そして、ウォーレン大尉は立ち上がり、その場を去ろうとする。ふと、私は大尉に尋ねる。
「あの、大尉殿」
「なんだ」
「今、機関室はどうなってますか?」
「自動運転でなんとかもっている。心配せずとも、大丈夫だ」
「そ、そうですか……」
「だから気にせず、今はゆっくり休め」
「はい。そうします」
この人は優しいのか、激しいのか、よく分からないな。まるで、出力不安定な核融合炉のような人だ。
そんなわけで、私は医務室でぐっすり休む。
こんなに安らかに寝たのは、久しぶりだ。
そのせいか、家族の夢を見る。
私の父上、そして母上が、その背後には、兄上もいる。
そこは広い平原、何もない野原の只中に、私の家族はいた。
「父上! 母上!」
私は、たまらず叫んだ。だが、父上と母上は私に来るなと言わんばかりに、両手を広げて押し返す仕草をする。
だけど、私はなんとか父母の元にたどり着こうとする。が、足元の草が絡み付いて、思うように前に進めない。
だが、私は懲りずに前へと進む。機関科で少しは鍛えられた気合と根性でとにかく進む。すると、父上が叫ぶ。
「起きろ!」
……何を言い出すんだろうか? しきりに起きろという父上。おまけに、なぜかガンガンと音まで立てる。
すると平原が光に包まれて、家族が見えなくなる。私の意識はその光に飲まれるように遠のいていく……
「おい! ジョルジーナ二等兵! 起きろ!」
気づけば、目の前にウォーレン大尉がいた。ベッドの端をバンバン叩いて、私に向かって叫んでいる。
「……あれ、ウォーレン大尉殿。どうしたのですか?」
「戦艦ヴァリアントに入港した。いくぞ」
全く意味の分からないことを言い出すウォーレン大尉。
「あの……戦艦ヴァリアントって、何ですか?」
「行けば分かる」
大尉らしい、つれない返答だ。とにかく私は、ベッドを降りた。
気づけば、機関音がしない。とても静かだ。通路に出ても、誰もいない。
「あの……どうして誰もいないんですか?」
「戦艦に入港し、この艦は補給中。乗員は全員、街に出かけている」
「えっ!? 街!? でもここは、何もないすっからかんの宇宙ですよね!? そんなところに、どうして街が……」
「戦艦だからだ」
まるで噛み合わない会話をしながら、駆逐艦のエレベーターに乗り込む。一番下の階で降りると、普段は空いていない扉が開いていた。そこを通るウォーレン大尉。
通路を抜けると、広い場所に出た。あれ、ここは宇宙だったはず。なのにどうして、駆逐艦の外にはこんなに広い場所があるの?
何がなんだか分からないうちに、その場所の端にたどり着く。透明な扉がいくつも並ぶ、不思議な場所。その扉の前には、たくさんの人が並んでいた。
「あの、大尉殿、なぜみんな、ここで並んでいるのですか?」
「すぐに分かる」
きっとこの人は、言葉で何かを伝えるのが億劫なのだろう。その気持ち、私にも多少は分かる。だから私は、それ以上尋ねるのをやめた。
しばらくすると、ゴーッという音が聞こえてくる。どこからともなく、声が聞こえる。
『まもなく、1番線に、電車が参ります。隔壁より下がって、お待ち下さい。』
……何、デンシャって? 私が疑問に思う間もなく、そいつはやってきた。
銀色の連なった馬車のようなものが、けたたましい音をたてて滑り込んでくる。ギギギギッと音をたてながら滑り込んでくる。私は思わず、大尉にしがみつく。
「どうした!?」
「た、大尉殿! なんですか、あのやかましい化け物のようなものは!?」
「あれに乗るんだ」
この人は、もう少し説明する努力をしてくれないだろうか? そんなこと言われても、私のあの得体の知れない銀色の物体へ恐怖心は消えない。
その銀色化け物が止まると、一斉に透明な扉が開く。人々はその馬車のようなものに乗り込む。
「行くぞ」
「えっ!? ちょっと、大尉殿!」
ウォーレン大尉は私の腕を引いて、大勢の人が詰め込まれたこの銀色の箱に押し込むように入る。ぎゅうぎゅう詰めの箱の中、ただでさえ人混みが苦手な私は、その絶望的な状況に恐怖する。
ガタンと音を立てて、扉が閉まる。するとこの銀色の箱は動き出し、真っ暗なほこらの中を突き進む。
まさか、このまま地下の籠城にでも行くのではないか? いや、だけどここは、真っ暗な宇宙だった。地下などあろうはずもない。人混みと、行先の知れないこの旅路に、私の不安は増大する。
人の熱気で、くらくらしてきた。元来、私は引き篭もりな貴族の娘、機関の熱気には耐えられても、人混みには耐えられない。
危うく倒れそうになる。すると、ウォーレン大尉が私を抱きかかえてくれた。
「おい、大丈夫か!?」
「は、はい、なんとか」
大尉の身体が、私と他人の間の壁となってくれた。おかげで、私は辛うじてそのデンシャの中で正気を保つ。
そして、駅と呼ばれる場所をいくつか通り過ぎて、一際明るい駅に着く。そこで、乗り込んでいた大勢の人々が一斉に降りる。ウォーレン大尉について、私も降りた。
信じられない光景が、私の目に飛び込んできた。
黒い、馬のない馬車がいくつも走る。たくさんの人々が、帝都でも見ないような、高くたくさん並ぶ建物の下を歩いている。
上を見上げれば、そこにも人々が歩く床がある。さらに高いところにも、床のような橋のようなものが空中でつながっているのが見える。
「ここが、戦艦ヴァリアントの街だ」
狭くて人だらけのデンシャから一転、私はこの不思議な街へとたどり着いた。