#21 引越し
さて、白色矮星から帰ってきたら、いつのまにかドックのすぐ近くに高い建物ができていた。
高いなんてものじゃない。ドックに繋留されたこの駆逐艦よりもさらに高い、高さ90メートル、20階建の建物だという。
ドックのそばには、ガラス張りの大きな建物が建てられている。いずれ宇宙港の玄関口となる建物だというが、そのガラス張りの建物の近くに、この建物がある。
駆逐艦6772号艦がドックに繋留された後も、我々機関科は機関停止作業と点検をしていた。その時、艦長から我々に向けて流された放送の件を、私はウォーレン大尉に尋ねていた。
「機関長殿、そういえば先ほど、我々に住処が与えられると艦内放送で流れてましたが?」
「ああ、そうだったな」
「あの、どこに我々の住処があるのでしょうか?」
「建設中の宇宙港ターミナルビルのすぐそばにある、高層アパートだ」
「なんですか、高層アパートって?」
「そこのモニターに見えているだろう!あのベージュ色の、大きな建物だ!」
なぜかウォーレン大尉に怒鳴られてしまった。が、そんなことよりも、あの大きな建物が我々の新たな住処だと知って驚く。
「ええーっ!?だってあの建物、宮殿より大きいですよ!?あんな大きな屋敷に住むのですか!?」
「見立ては大きいが、大勢が暮らせるようにたくさんの小さな部屋で仕切られている。だから、屋敷とは到底言えない住処だぞ」
聞けば、一つの階に40もの部屋があって、それが20階建なので、全部で800もの部屋があるという。そこには、尉官クラス以下の乗員が暮らすことになっている。
なお、艦長などの佐官クラスには、そのそばに建てられている一軒家が与えられるそうだ。小さいながらも庭付きの屋敷、うらやましい限りだ。
もっとも、二等兵の私でさえ部屋を一つ与えられるということは、とても幸せだ。考えてみれば、私のこれまでのこの帝都での住処といえば、駆逐艦を除けばあの奴隷市場の檻の中だけだ。
というわけで、機関室での作業を終えると、私はすぐに自室に向かう。元々、身一つでこの船にやってきたが、あれから所持品も増えた。私服数着に、スマホにネックレス……うーん、気づけばこれ、ほとんどウォーレン大尉に買ってもらったものばかりだな。
で、荷物を抱えて機関室を出ようとすると、私は大声で呼び止められる。
「おい!」
……声の主は、ウォーレン大尉だ。私、何かやらかしたのかな?心配になって、ウォーレン大尉に尋ねる。
「あの……何か?」
「これからお前も、引越しだろう?」
「は、はい、そうですが……」
「手伝ってやる」
なんと、ウォーレン大尉が私の引っ越しを手伝ってくれると言う。
「ですが機関長殿、私の荷物など、このとおり一人で持てる量しかなく……」
「その代わり、私の引っ越しも手伝ってもらう。それでいいか!?」
「……はい、いいです」
あいかわらず、私はウォーレン大尉に弱い。何だってこの人は、自身の思いを押し切ってしまうのだろうか?
というわけで、ウォーレン大尉は私の荷物を持ってくれた。といっても、あの程度の荷物では、ウォーレン大尉なら片手で抱えられる。私が持っているのは、あのネックレスだけだ。
「ああ、ジョルジーナちゃん。ジョルジーナちゃんのお部屋はね……って、ちょっと!なんで機関長が、ジョルジーナちゃんと一緒なのよ!?」
「いや、引っ越しを手伝っているだけだ」
「ああ、そうですか……ええと、ジョルジーナちゃんのお部屋は……」
マイナ少尉が、この艦の乗員の部屋の鍵を配っているようだ。私は、高層アパートの3階の部屋が割り当てられていた。ちなみにウォーレン大尉は18階だ。
で、私は荷物を抱えたウドの大木のような上官を率いて、あの高層アパートに向かう。途中、建設中の宇宙港ターミナルの前からは車に乗り、高層アパートへと向かう。車を降りると、私は高層アパートを見上げた。
うーん、大きい……宮殿どころではないな、まるで山に築かれた石砦だ。もしこれが私の王国にあったら、あのたくさんの窓から一斉に矢を射て、たちまち帝国軍は撤退してしまっただろうに……
いやいや、これは戦さのための建物ではないんだ。今さら、そんなことを考えてもしかたがない。私とウォーレン大尉は、エレベーターへと向かう。
あっという間に3階に到着し、マイナ少尉からもらった鍵を使って、部屋を開ける。
……なにここ、なんて広い部屋なの?おまけに、窓がある……
思えばこの1年以上、窓のない部屋に暮らし続けていた。奴隷市場の檻の中、そして駆逐艦の部屋。前者はともかく、駆逐艦の部屋も唯一窓がないのが難点だった。それがどうして、この部屋には奥に大きな窓がある。
ガラスでできた、大きな窓。窓を開ければ、そこはベランダといわれるものがある。太陽の光を感じながら、私は思う。
ああ、なんという気持ちの良い場所だろうか。機関科やっててよかった。この部屋を父上や母上、それに兄上にも見せてやりたい。そう私は思う。
「おい!荷物はここにおけばいいか!?」
感慨に浸っている暇などない、私はウォーレン大尉の声で、現実に引き戻される。
「はい、よろしいですよ。あとはなんとかします」
備え付けのクローゼットの中に、荷物を押し込むウォーレン大尉。私もベッドの横にある机の引き出しの中に、あのネックレスを入れた。
「では、いくぞ」
「あの、行くとはどこに……」
「今度は、私の引っ越しだ!」
ああ、そうだった、ウォーレン大尉の引っ越しを手伝うと、約束させられたんだった。
と言うわけで、再び車に乗って駆逐艦に戻る。そして、ウォーレン大尉の部屋に入る。
「全てを運び出す必要はない。乗艦任務の際に必要な荷物だけは残しておかねばならないからな。ジョルジーナ二等兵は、その箱を頼む」
「はい、承知しました!」
さすがに大尉はこの駆逐艦生活が長いこともあって、荷物が多い。にしても、さほど私服もなく、おまけにたいして趣味もなさそうなのに、この荷物の多さ。中身は一体、なんだろうか?箱自体はかなり軽いな。中身を気にしながらも、それを車まで運び込み、再び高層アパートへと向かう。
アパートに到着すると、私とウォーレン大尉は、まずは箱をひとつづつ持ってエレベーターへと向かう。
エレベーターの前には、すでに2人が立っている。その2人に、私は声を掛ける。
「イジドール中尉に、エルミラじゃないですか」
それを聞いた2人は振り返る。
「ああ、ジョルジーナ二等兵に……き、機関長殿!?」
イジドール中尉にとっては、苦手な人物だ。早速、敬礼するイジドール中尉。
「あの、イジドール中尉は、どのお部屋なのですか?」
「ああ、私は17階なんだ」
「へぇ、じゃあ機関長のお部屋の一つ下なんですね」
「そ、そうなんだ、ということは機関長殿は、18階なんですね」
エレベーターが到着し、乗り込む4人。
「ところで、エルミラのお部屋はどこなの?」
私は尋ねるが、下を俯いたままもじもじして応えないエルミラ。すると、イジドール中尉が代わりに応える。
「実はね、私の部屋で一緒に住むことになったんだよ、エルミラは」
それを聞いた瞬間、エルミラの顔が面白いほど赤く染まるのが分かる。ああ、そうなんだ。今回の航海の間に、とうとう一緒になることを決意したんだ……私は、エルミラの方を見る。
エルミラはといえば、イジドール中尉の服の裾を引っ張っている。多分、同棲のことをあっさりと明かしたことを抗議しているのだろう。だが、イジドール中尉はそんなエルミラの手を握り返す。そしてエレベーターは、17階に着いた。
「そうだ、ジョルジーナ二等兵のお部屋は?」
「私は3階です。さっき、機関長殿に引っ越しを手伝ってもらったので、今は機関長殿の引っ越しをお手伝いしているんですよ」
私が応えると、イジドール中尉は呟く。
「そうなんだ……一緒では、ないんだね」
そう言いながら、イジドール中尉は降りていった。
中尉の最後の一言が、何が言いたいのかよく分からなかった。ともかく私とウォーレン大尉は、18階で降りる。
箱を運び込むと、私は窓の外を見た。そして、驚愕する。
高い。高すぎる。窓の外からは、帝都を一望できる。宮殿や貴族街、それに平民街や広場に城壁など、この部屋からはよく見える。
「うわぁ、機関長、見てください!すごくいい眺めですよ!」
私は思わずベランダに飛び出し、柵越しに立った。が、急に私に恐怖が襲いかかる。
足元を見ると、そこは断崖絶壁だ。地上が果てしなく遠い。私は思わず後退りする。
「き……機関長……な、なんという高いところにある部屋なんですか、ここは……」
いまだかつてない高い場所に、私は怖くなる。立ちすくんだ私を後ろから抱き上げ、部屋に引き戻すウォーレン大尉。
「おい、こんな高いところから安易に下を見るんじゃない!怖くなるのは当然だろうが!」
私はベランダから部屋の中に引き戻され、窓は閉められる。そして、ウォーレン大尉は言う。
「まだ荷物はある。さ、行くぞ」
と、ウォーレン大尉は言うので、私は再び大尉とともにエレベーターへと向かう。
何往復かして、全ての荷物を運び終える。たくさんの段ボール箱が、部屋の片隅に積み上げられる。そして私は、最後の一箱を上に積み上げようとした。が、手が滑り、箱が落ちてしまう。
バサッと音を立てて落ちた箱の中身が、外に飛び出す。ああ、しまった。よりによって大尉の荷物を落としてしまった。
だが、ウォーレン大尉のその荷物の中身を見て、私は思わず凍りつく。
人形だ。これは、どう見ても人形だ。かなり精巧な人形。そんなものが、何体も出てくる。
それは全て、女の人形だった。見たところ、歳の頃は私と同じくらい……いや、もうちょっと若いな。姿格好は魔法少女に忍者風、それに、学生服……?一体これは、なんだろうか?私は思わず、大尉に尋ねる。
「き、機関長殿、これは一体……」
するとウォーレン大尉は、なんだかバツの悪そうな顔でこちらを見る。その顔を見て、私は悟った。もしかしてこれは、私が触れてはいけないものだったのか?
だが、ウォーレン大尉は重く口を開く。
「……私にも、いろいろとあるんだ」
その言葉の意味は、正直よく分からない。だが、私はこう応える。
「はい、分かりました、機関長殿」
なんとなくだが、ウォーレン大尉にもどこか人間的な部分があると言うことなのだろう。普段のウォーレン大尉からはまったく想像もつかないこの荷物から、私はそう直感的に感じ取る。




