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#20 接近

 ある昼下がり、私はジュースを買おうと、駆逐艦の展望室に寄った。そこに、イジドール中尉とエルミラが立っていた。

 向かい合い、見つめ合う2人。ただならぬ雰囲気に、私は思わず柱の陰に隠れる。

 しばらくの間、ジーッと見つめ合う2人だったが、ついにイジドール中尉がその沈黙を破る。


「エルミラ二等兵、いや、エルミラさん。私と、付き合ってはいただけませんか?」


 突如、イジドール中尉が、エルミラに告白した。急な出来事に私は驚くが、一方で至極当然のことのように思えた。

 この2人、誰が見ても相性が良い。あのイジドール中尉の長話についていける人物など、遠征艦隊1万隻に所属する全ての女性士官を集めても、見つからないだろう。マイナ少尉のような反応をされるのが関の山だ。そう考えれば、喜んで話を聞いてくれるエルミラとの出会いは、まさに運命だ。

 きっかけはどうあれ、そんな(おなご)がイジドール中尉のいるこの機関科に転がり込んできてくれた。まさに千載一遇のチャンス。イジドール中尉が勇気を振り絞って告白する気持ちは、よく分かる。

 こうなったらエルミラ、これはもう、受けるしかないでしょう。それ以外の選択などあり得ない。私は、エルミラの次の言葉を待つ。

 だが、エルミラから発せられたのは、まったく想定外の一言だった。


「お断り、致します……」


 柱の陰から飛び出しそうになった。エルミラの前に行って問いただしてやりたい、そういう衝動に駆られそうになる。だが当然、同じ事をイジドール中尉も思ったようで、即座にエルミラに尋ねる。


「なぜ!?理由を聞かせてはもらえないかい?」


 うつむき、もじもじするエルミラ。少し間を置いて、彼女は応える。


「私は、ランメルス男爵様の愛妾でした」

「ああ、そのことは知っている」

「ですから……そのように穢れた者が、イジドール様のようにご立派な方の想いを受け取るなど、あってはならないのでございます」


 ああ、なんてこというのよ、この娘は。こんな時に、何、格好つけてるの?あんた、本当にそれでいいの?

 しかし、以前から感じていたことだが、どうもこの娘からは、生きる周年というか、気力というか、そういうものが感じられない。機関科は、気合と根性と熱意。熱意があれば、多少の過去など構わず突き進むことができる。私は陰から飛び出して、エルミラに説教したい気持ちを堪えながら、その行く末を見守っていた。

 が、ここでイジドール中尉が応える。


「そうか、分かった」


 ええーっ!?中尉、今の話だけで諦めちゃうの!?なんというヘタレ……もっとしつこい男だと思ってたのに。私は、イジドール中尉に幻滅する。


「はい……分かっていただければ、それでよろしいです……」


 なんという理不尽な幕引きなのか?最近、私がスマホで見ている映画ではこういう場面では、壮大な音楽を背景に、お互いの悲しい過去を乗り越えて、涙して抱き合うシーンが見られるところだというのに……なんなのよ、この結末は。

 だが、エルミラのその言葉に、イジドール中尉が返す。


「違うんだ!そういう意味じゃない!」


 この言葉に、私はイジドール中尉を見る。


「あなたは、あなた自身の本心を語ってはいない。あなたの今の言葉は、この星の慣習や思想が言わせた言葉だ。あなたは、その呪縛から解き放たれなければならない。それが、私には分かった」


 イジドール中尉は一歩、歩み寄って、エルミラの手を握る。


「あなたは、あなたの価値をもっと自覚すべきだ。あなたは今、自ら身を引くことが潔くて正しいとお考えのようだが、それはこの宇宙では通用しない。生きるために、もっと自分に正直になるべきだ。あなたが本心から私を嫌っておいでなら、私は潔く身を引きましょう。ですがあなたの今のお言葉では、私は納得できない」

「しかし、イジドール様。私のような(おなご)が、本心など……」

「あなたのような女性だからこそですよ!もっと、ご自分を大事にして下さい!」


 思わぬ展開になった。さすがはイジドール中尉だ。やっぱり、諦めてはいなかった。なかなかワインの話が出てこないのはイジドール中尉らしくないが、それでもエルミラを論破していく。

 このイジドール中尉に押し切られて、すっかり黙り込んでしまったエルミラ。するとイジドール中尉は言う。


「……などと、急に変われというのは、到底無理な話です。ですから、私にもう少し、時間をいただけませんか?」

「……はい、それはよろしいですが……」

「ではエルミラさん、それまでは今まで通りということで、よろしいですか?」

「はい、承知いたしました、イジドール様」

「じゃあエルミラさん、改めてお話ししましょう。ああ、そうそう、そういえば数日後にはこの艦は宇宙に出るんですよ。その帰りに寄る戦艦ヴァリアントの街には、とてもワインの美味しい店があるんです。一度、エルミラさんと……」


 いつものイジドール中尉とエルミラ戻った。あのイジドール中尉の長ったらしいワイン談話を、こくこくとうなずきながら応じるエルミラ。そして2人は、反対側の通路から展望室を出て行った……


「行ったな」


 と、その時、私の後ろから声がする。このドスのかかった声は……私は振り向く。


「は!?機関長殿!」


 やっぱり、ウォーレン大尉だった。核融合炉よりもやかましくて熱いウォーレン大尉がすぐ後ろにいたことに、私はまったく気づかなかったとは……私はウォーレン大尉に尋ねる。


「あの……どの辺から聞いてました?」

「エルミラ二等兵が、お断りした辺りからだ」

「で、では、大体のことはご存知で」

「ああ、そうだな」


 ということで、イジドール中尉の告白の目撃者は2人になった。目撃者同士、展望室にて自販機で買ったジュースを飲みながら、話し合う。


「あの、機関長殿」

「なんだ」

「あの2人ですが……上手くいくと思いますか?」

「大丈夫だろう」

「そ、そうですか?エルミラはまだ、イジドール中尉に本心から返事したわけではないんですよ?結局、上手くいかないってことも……」

「奴は、制御盤操作の名手だ。なんとかするだろう」


 ウォーレン大尉はこう言って、ジュースを飲み干す。いやあ大尉殿、エルミラは制御盤で動いてるわけじゃないですよ。どこが大丈夫なんだか。

 イジドール中尉とエルミラの行く末が気がかりでならない私。しかし、それから数日は、いつも通りの2人の姿が見られる。イジドール中尉が話しかけ、エルミラがうなずく。一見すると、何の変化もない日々が続いている。

 が、確実に、変化が起きていた。


 それから3日後、私がちょうど会議室の横を通り過ぎた時だ。


「ええーっ!?それ、本当ですか!?」


 会議室の中から、大声が聞こえる。明らかにそれは、エルミラの声だ。あの娘、あんな大きな声を出せたんだ。


「ええ、本当ですよ」

「いや、しかし、とても信じられません。だってこの方、(おなご)なんでしょう!?」


 私は、会議室の中をチラッと覗く。会議室の前にある大きなモニターに、ある女性の映像が映されていた。

 小さな音声で流れているナレーションからは、その女性がある星のある国の大統領だということが分かる。その映像には、私も驚いた。


 (おなご)が、国の上に立つ。


 確かに、女王がいる王国というのもあるにはあるが、それは当主となるべく男子がまだ小さく、その繋ぎとして即位した事例であり、実権は宰相か王族、または有力貴族が握っている場合が多い。

 しかしこの大統領というのは、民によって選ばれた人物だというのだ。その事実に、二重にびっくりだ。

 そもそも、国の上に立つものを民が選ぶということが信じられない。そして、民が(おなご)を国の当主に選ぶということも、考えられない。


「いえ、別に我々の世界では、珍しいことではありませんよ。自身の考えを主張し、それを国民が支持する。そうすれば、身分や性別に関わりなく、国の当主になることができるんです」

「き、昨日見せていただいた動画で、(おなご)が宇宙艦隊の少将閣下を務めていたり、大きな商店をいくつも経営し財をなしているという話にも驚きましたが、まさか国まで……」

「この星だって、いつかはそういう女性が出ますよ。我々が来てしまった以上、この宇宙の常識は、あなた方の常識に置き換わるのは間違いありません。だからあなたは、今の常識にあまり拘らない方がいい」

「は、はあ……」

「ああ、ところでこの地球(アース)223のドロテーア大統領は、地球(アース)001の老舗ワイン、オーパスワンが大変お気に入りだそうで、わざわざ4300光年離れた地球(アース)001より取り寄せているんだそうですよ?やはり人の上に立つものは、良いワインを……」


 なんだか余計な話が始まったが、どうやらイジドール中尉は、この宇宙で活躍している女性の話を見せて、エルミラを変えようとしているみたいだ。

 そのイジドール中尉の姿勢は、機関室でも変わらない。


 それからさらに3日後。白色矮星のパトロール任務のため、駆逐艦6772号艦は発進することになった。


「よし!機関始動!回せーっ!」


 ウォーレン大尉の号令とともに、重力子エンジンと核融合炉が、一斉に回される。けたたましい音とともに、2つの機関が動き出す。

 高度4万メートルを過ぎて、いよいよ最大出力運転に転ずる。シミュレーターでは経験できなかったこのけたたましい機関音に、エルミラは震えながらも何とか制御盤の前に立つ。


 だが、この新米二等兵に、新たな試練が訪れる。


 暑さだ。私が一度ぶっ倒れた、あの暑さがエルミラを襲う。当然、シミュレーターでは経験できないこの暑さ。そして騒音。この2つが、エルミラを襲う。

 だが、イジドール中尉はエルミラに手を差し伸べない。でも、お嬢様生活の長いエルミラにこの環境は、いくら何でも過酷だ。私同様、ぶっ倒れるのがオチだろう。私はウォーレン大尉に、エルミラに機関室から退避してもらうよう具申しようとしたその時だ。


「エルミラ!」


 イジドール中尉が、エルミラに何かを手渡す。それを受け取り、首に巻くエルミラ。

 よく見ればイジドール中尉の足元には、クーラーボックスがあった。ああ、エルミラが受け取ったのは、保冷剤だ。しかも、首に巻けるよう細長いやつだ。


「あと2分乗り切ればいい、がんばれ、エルミラ!」


 イジドール中尉の呼びかけに、無言でうなずくエルミラ。どうやらイジドール中尉はこの事態を想定し、エルミラと示し合わせていたようだ。

 それにしても、ここまで意気投合できるのなら、さっさと一緒になればいいのに……何をためらう理由があるんだろうか?私は、そう思わずにはいられない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 過去のことは気にしないとは、ただのワイン馬鹿じやなかったんですね。 女性で大統領とは、相当な女傑なんでしょうね。政敵に"鉄の女"と呼ばれてそう。 [一言] ジョル「保冷剤、あんなのあった…
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