#17 騒動
『敵艦隊、さらに接近!距離130万キロ!』
白色矮星というところは、やっぱり敵がウジャウジャ出てくる場所のようだ。ここにきて半日ほどで、敵が現れた。
正面に3000隻もの連盟艦隊がいるらしい。らしいというのは、手元のモニターをいくら見ても見えないからだ。目では見えないほど、遠くにいる。目では捉えられない敵に備えて機関室は総員態勢となる。船外服を着たまま、すでに2時間が経過した。
「敵が近づいているぞ!気を抜くな!」
敵よりも、ウォーレン大尉の方に気が抜けない。少しでも気を抜いた態度を取ろうものなら、怒声が飛んでくる。もっとも今は、本当に気が抜けない。私は重力子レバーを握りながら、来るべき全力運転に備える。
『敵艦隊、離れていきます!距離、132万キロ!』
ああ、やっと離れていった。でも……
「またか」
ウォーレン大尉も、同じことを思ったようだ。そう、さっきからあの敵艦隊は、接近と離脱を繰り返している。すでに3回目だ。
いい加減、今度こそ離れてくれないかなぁ。敵だってお風呂に入りたいだろうし、食事も食べたいだろうに。
「なんだって敵は、さっきからあんな嫌がらせをするんですか?」
「ああやって、こちらの警戒心が薄れるのを待っているんだよ。連盟のよくやる手だ、まったく、いつもながら姑息な手を……」
イジドール中尉も苛立っている。確かに、今回の敵には苛立ってくる。
機関室の中は暑い。さっきから何度も、高出力運転と定常運動とを繰り返しているからだ。汗がだらだらと流れる。
船外服のスイッチを入れてしまえば暑さは和らぐのだが、今スイッチを入れてしまうと、船外服の生命維持時間が短くなる。このため、戦闘突入が決定的になってからスイッチを入れることになっている。それまでは、この暑さを我慢するしかない。
暑さと敵の煮え切らない行動で、この機関室内の皆のイライラがたまり続ける。さすがの私も、苛立ってくる。
『敵艦隊、再び急速接近!』
『両舷前進いっぱい!敵を追撃する!』
また前進命令だ。機関長の声が響く。
「機関回せ!いっぱいだ!」
私は目一杯レバーを上げる。再び、重力子エンジンが唸りを上げる。この時は、このイライラを終わらせるためならば、戦さに突入しても構わないと思い始めていた。戦さ嫌いな私でさえも、そこまで思わせるほど、敵にイラついている。
ところで、この重力子エンジンの出力レバーの横には、透明なプラスチックで覆われた回転式のスイッチがある。
これはなんだろうかと思い、ウォーレン大尉に尋ねたことがあったが、
「禁断のスイッチだ」
それ以上のことは聞けなかった。ウォーレン大尉に尋ねるだけ、無駄だった。
が、それをイジドール中尉に尋ねたら、そのスイッチの正体が分かった。
あれは「超出力スイッチ」と呼ばれているものだそうだ。
なんでも、連合側の駆逐艦にだけ付けられている特別な機能だそうだ。30分限定だが、今の重力子エンジンの出力を大幅に引き上げることができるという。
敵の追撃や、逆に戦線離脱をする際は、このスイッチをひねる。そうすると、改良型重力子エンジンと呼ばれているこの機関が、敵を上回る力を発揮するという。
ただし、長時間は使えない。あまり長く使うと、重力子エンジンが焼き付いてしまう。まさに大尉の言われる通り「禁断のスイッチ」なのだ。
今はそのスイッチに、手を出したい心境だ。だが、命令なくそのスイッチは使えない。
この宙域にいる連合側の駆逐艦3000隻の、機関室にいる人達も、私と同じ心境なのだろうと思う。左右の機関室に8人づついるはずだから、この数の駆逐艦の機関室にいる人だけで、ざっと4万8千人。帝都の人口をも上回る数の機関科の人々が、敵の嫌がらせに我慢しながら、忍耐強く自らの任務を全うしていることになる。
『敵艦隊、さらに接近!距離、100万を切りました!』
『砲撃戦用意!』
『了解、砲撃戦用意!』
艦長の命令を受けて、機関科も行動を始める。エネルギー伝導管が、核融合炉に接続される。
「よし、伝導管固定!砲撃戦に備え!チェックを怠るなぁ!」
機関長の大声が、暑苦しい機関室内に響き渡る。機関室内の3人が、その伝導管の固定作業を続ける。
「ああ、暑いな。なんとかならねえのかな?」
「お前がへらず口を叩かなければ、少しは涼しくなる」
そのうちの2人が、こんな会話をする。言われた方はムッとした顔で黙り込んだ。この2人は、普段は仲のいい2人だが、この暑さと緊張でイライラしているのだろう。険悪な空気が2人の間に漂い始める。
重力子エンジンや主砲の伝達管のチェックや弁の調整などを担当する2人だが、しばらくは黙々と作業を続ける。
が、このときくすぶった感情は、ついに爆発する。
再び敵が後退に転じる。エンジン出力が下がり、自動運転に切り替えた時だ。
私とイジドール中尉は重力子エンジンのそばで、パイプ椅子に座っていた。こういう時に少しでも休んでおかないと、身が持たない。だがそんな時に、さっきの伝導管担当の2人は、チェックのために動き回っている。
その2人が、ちょうど重力子エンジンの下でつながっている慣性制御用の伝導管のところで鉢合わせた。
「おい、ここは俺の担当だ」
一方がそういうと、先ほど、へらず口と言われた側の方が、反論する。
「こっちの担当は終わったんだ。仕事の遅いお前を手伝ってやろうとしてるだけだ」
「な、なん……だと!?」
私の前で、再び険悪な空気が漂う。どうなるのだろうか?私はこの2人を行く末を見る。
「どういうことだ!もう一度言ってみろ!」
「お前の作業が遅いんだよ!いつもそうだが、この非常時には特にイラッとする!」
「なんだと!?お前……」
詰め寄ろうとする方を、私は止めに入る。
「ちょ、ちょっとクリフトン中尉!今は戦闘準備態勢ですよ、喧嘩しちゃあダメですって!」
「ジョルジーナ二等兵、それはこいつに言ってやってくれ!この非常時に、言葉遣いを知らないやつだからな!」
「なんだと!?」
「ちょっと、トラヴィス中尉も……」
「おい、やる気か!!」
2人とも、とうとう頭に血が上ってしまった。私はクリフトン中尉に叩かれて、パイプ椅子に叩きつけられる。幸い、分厚い船外服のおかげで痛くはないが、目の前でまさに始まろうとしている喧嘩を前に、自らの無力を感じる。
それを見たイジドール中尉が、私に代わって乗り出す。その2人に割って入ろうとした、その時だ。
バキッと、何かが壊れる音が、機関室内に響き渡る。その音の方を、皆は一斉に見る。
上段の通路で、鯖折りされたパイプ椅子を抱えたウォーレン大尉が、凄まじい形相でこちらを睨んでいる。
ひえええぇ、よりにもよって、ウォーレン大尉を怒らせた。ウォーレン大尉に、火がついてしまったのだ。私は恐怖を覚える。
「おい!クリフトン中尉、トラヴィス中尉!!」
「はっ!」
2人は即座に大尉に向かって敬礼する。大尉は、破壊されて使いものにならないパイプ椅子を床に放り投げる。その椅子が床に叩きつけられて、バシャーンという音がこの左機関室に鳴り響く。
しばし沈黙ののちに、ウォーレン大尉が叫ぶ。
「我々のやるべきことは、なんだ!?」
「はっ!この艦の動力源の維持管理であります!」
「その維持管理業務に、お前らの喧嘩と、ジョルジーナ二等兵を叩くことは含まれているのか!?」
「いえ!含まれておりません!」
「ならば、さっさと職務に戻れ!怒りをぶつけるべき相手は、100万キロ先にいる連盟艦隊だけだ!」
「はっ!」
あの険悪な空気を、一気に吹き飛ばしてしまった。さすがはウォーレン大尉だ。2人は即座に点検作業へと戻る。それを睨むように見守るウォーレン大尉。
その気迫が、もしかしたら敵にも伝わったのか?
『敵艦隊、さらに後退していきます!距離、200万キロ!』
それっきり、敵は前進することはなかった。白色矮星の周りは、再び平穏な場所となる。
ところで、喧嘩していたあの2人だが。
その後、仲良く肩を組んで食堂に入っていく光景が目に入った。やれやれ、である。




