#16 ワープ
「えっ!?白色矮星?なんですか、それは?」
「やっぱり、ジョルジーナちゃんは知らないわよね」
「はい、白色野菜スープなら食べたことがありますが、なんですか、その白色矮星というのは?」
食堂で、マイナ少尉からこの船の行き先を聞かされる私。なんでも、ここから17光年離れた第77213白色矮星というところに向かっているらしい。
お日様、つまり太陽というのは、とても大きな星らしい。その太陽ほどの星が、この宇宙には数多あるのだという。
その太陽と同じくらいの星の寿命が尽きると、いずれ白色矮星という星になるらしい。私の住む地球ほどの大きさの星に、その数百倍以上の重さが集まっているとても重い星なのだそうだ。
その星の重力に引かれて、周囲にはワームホール帯と呼ばれるものが多数点在する。
マイナ少尉の故郷である地球219は、この星から300光年ほど離れた場所にある。この世で最も速いと言われる光をもってしても300年もかかるその距離を、たった2週間で行き来できる方法を持っているのだという。
それは数光年から100光年もの距離を、一気に跳躍できるトンネルのようなものを使うのだそうだ。そのトンネルのことを「ワームホール帯」という。
なぜか重い星のすぐそばには、ワームホール帯がたくさん集まっている。そこから宇宙のあらゆる場所とつながっているため、まるでたくさんの通りとつながった帝都の広場のように、とても便利なところなのだそうだ。
それゆえに、我々にとって敵である連盟の奴らも、その宇宙の交差点と言われるその場所を狙って現れる。しばしばその星の周りでは、争いが起こる。便利で、争いの多い場所、それが白色矮星というところなのだそうだ。
「てことは、また戦さが始まるんですか?」
私は恐る恐るマイナ少尉に尋ねる。
「大丈夫よ、そう滅多に戦闘は起きないわ」
「そうですか。なら、いいんですけど」
この間の戦いでは、私は気を失ってしまった。あの経験から、正直言ってあまり戦さは好きではない。いや、それ以前に、私は戦さで家も財産も、そして家族までも失っている。戦さが好きなどという人はほとんどいないが、この船が戦闘のための船である以上、いつ戦いに巻き込まれるのか分からない。
でも、かなうならこのまま、制御盤の数値グラフだけを追いかける仕事の方がいいなぁ……エッグベネディクトをもしゃもしゃと食べながら、私はそんなことを考えていた。そこに、イジドール中尉がやってくる。
「やあ、マイナ中尉に、ジョルジーナ二等兵」
「あ……ワイン男……いや、イジドール中尉」
マイナ中尉は、未だにこのワイン男……いや、イジドール中尉のことが苦手だ。
「じゃあ、そういうわけだから、ジョルジーナちゃん、頑張ってね」
「えっ!?ちょっと、何を頑張るんですか?」
適当なことを言い残して、マイナ少尉は逃げるように立ち去る。後には、私とイジドール中尉、そしてエッグベネディクトが残る。
「また雑な料理を食べてるねぇ、ジョルジーナ二等兵。赤ワインに合う食事は、子牛のソテーや羊肉のポワレ……最高のマリアージュを求めるならば、やっぱり戦艦の街にある……」
ああ、またわけの分からないことを言い出すイジドール中尉。この調子だから、マイナ少尉に避けられているんだけどな。
大体、ここにはワインがない。駆逐艦内では飲酒は禁止、戦艦内の街でなら飲酒は許可されるが、駆逐艦に戻る際は酔い覚まし薬を飲まされる。そんなところでワインの話などくどくどとされても、正直困る。
そこで私は、話題を変える。
「ところでイジドール中尉殿、これからの行き先は白色矮星だと聞いてますが」
「ああ、そうだよ。白色矮星、その甘美な響き、まるでオーウェン暦518年物のプレリィ・フュイッセのような……」
あれれ、またワインの話に戻ってしまった。いくら私がイジドール中尉のことを理解しているからと言って、あまり吹っ飛んだワインの話をされても困るなぁ。正直、面白くない。
「おい!イジドール中尉!」
「はっ!機関長殿!」
「口を動かすのはいいが、ここは食堂だ、食べることに専念し、次の当直に備えよ!」
「はっ!了解いたしました!」
そんなイジドール中尉にも、苦手な相手がいる。そう、ウォーレン大尉である。イジドール中尉は、自身の羊肉のポワレを急いで食べ始める。
で、私のすぐ横で、大量に皿に載せたピザや肉ガツガツと食べるウォーレン大尉。私はエッグベネディクトをもしゃもしゃと口にしながら、大尉のそのくどい料理をじっと見る。
「なんだ、ジョルジーナ二等兵。肉が欲しいのか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「遠慮するな、食え」
そう言って、私の皿の上に、ピザと肉を一枚づつ乗せてくる。ああ、せっかくのエッグベネディクトが、その肉汁とモツァレラチーズによってべったりと侵される。
「あの、機関長殿」
「なんだ」
「先ほど、マイナ少尉から行き先は白色矮星だと伺いましたが……何のために、そんなところへ行くのですか?」
「パトロール任務だ」
「あの、白色矮星には、何があるんですか?」
「分からん。敵が現れるかもしれんし、平穏かもしれない。いずれにせよ、我々機関科はいつものように、気合と根性と熱意で乗り切るだけだ」
すでに3枚ものピザを平らげたウォーレン大尉だが、相変わらずの根性論を展開するだけだ。イジドール中尉の話とは違い、短く端的な言葉で、極めて力強く語る。ただし、意味がわからないのは一緒だ。
食事を終えて、私は部屋に戻る。が、部屋で一人、スマホで映画を見ていると、扉を叩く音がする。
「ジョルジーナ二等兵!召集だ!」
ああ、やっぱりウォーレン大尉だ。私は大急ぎで着替えて外に出る。
左機関室に着くと、すでに8人が召集されていた。
「これより、ワープに備える。各員、配置につけ!」
機関長のこの号令に呼応して、機関科総員は一斉に配置に着く。私も、重力子エンジンのレバーを握る。
「あの、イジドール中尉」
「なんだい?」
「これから何が、始まるんですか?」
「ああ、ワープだ」
「ワープ?ワープって何ですか?」
「ワームホール帯に突入し、空間跳躍をすることさ。ここから一気に17光年をジャンプする」
ああ、ワームホール帯を使った跳躍のことを、ワープというのか。にしても、なぜみんな一斉に配置につくのか?
『ワームホール帯まで、あと7分!』
『艦橋より機関室!ワープ準備!』
艦橋からの号令がかかる。私は、重力子エンジンのレバーを握る。
「あの、イジドール中尉、一体何が始まるんです?」
「ああ、ワープだからね、機関には大きな負担がかかるから、皆、不測の事態に備えているんだよ」
「そ、そうなのですか?」
「ここから少しの間、忙しくなる。ジョルジーナ二等兵は、出力レバーにだけ集中してて。こちらから指示を出すから」
やっぱり、ただならぬ雰囲気から何かあるのだと思っていたが、ワープというものは機関に負荷がかかるようなことのようだ。どおりで戦闘時のように、総員態勢なんだ。
だが、戦闘を始めるわけではないのに、なぜか主砲へのエネルギー伝導管まで接続される。ワープというのは、予想以上に大事なようだ。
『ワープまで、あと30秒!空間ドライブ、作動開始!』
航海長の号令で、機関室の奥にある機械が動き出した。今まで、あれを使ったところを見たことがなかったが、あの機械、ワープに絡むものだったのか。そして、核融合炉からものすごい勢いでエネルギーが吸い取られていくのが、チラッと見える核融合炉の制御盤のグラフから分かる。
それにしても核融合炉って、ことあるごとにエネルギーを吸い取られるよね。そういう役割の機械だとはいえ、いつも搾取されてばかりだなんて、なんだかとても可哀想になってくる。
『ワープ開始!』
そしてついに、ワープが始まった。私はレバーを握って備える。が、特に変化はない。
しかし、イジドール中尉の操る制御盤に目を移すと、異変に気づく。
なんだ、あれは?重力子エンジンのグラフが、いつもとは逆向きだ。おまけに、値が大きく振れている。
今まで、見たこともないグラフだ。何が起こっているのか?私はイジドール中尉に尋ねようとするが、イジドール中尉はその暴れるグラフを睨みながら、無言でダイヤルを調整している。とてもじゃないが、話しかけられる雰囲気じゃない。
「レバーを2目盛り下げて!」
イジドール中尉が突然、私に指示を出す。私はレバーを下げる。
核融合炉でも、動力伝導管の方でも2人で声をかけあっている。この緊迫した雰囲気が少しの間、続く。
『ワープ終了!通常空間への移行を確認!』
この放送と同時に、重力子エンジンのグラフは再び元に戻る。この間、わずか数秒。だけど、とてもとても長い数秒間だった。自動航行モードに移行し、私はレバーから手を離す。
ところが、ウォーレン大尉は声を張り上げる。
「警戒を怠るな!」
特に核融合炉担当の方に向かって叫んでいる。あちらはまだ緊張状態が続いている。ブライアン少尉は、核融合炉につながれた主砲へのエネルギー伝導管を念入りにチェックしている。
あれ、ワープって、もう終わったんじゃないの?どうしてまだ、あそこだけ警戒が解けないの?この不可解な行動に、私は不安を覚える。
『周辺2000万キロ以内に敵影なし!警戒態勢、解除!』
「よし!自動運転に移行せよ!」
艦橋からのこの放送で、ようやく核融合炉も解放される。
この時点で、ようやく機関科の総員態勢が解けた。当直ではない私とイジドール中尉は機関室を出る。そこでようやく私は、さっきのあの状況のことを尋ねる。
「イジドール中尉殿、ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」
「ああ、いいよ。赤ワインのことならなんでも聞いてくれ」
「いえ、ワインとは関係ないことなのですが……さっきのワープでは、重力子エンジンがとても不安定な様子でしたが、あれは一体、何が起きていたんです?」
「ああ、あれは虚数空間に飛び込んだからさ」
「きょ……きょすう、くうかん……?」
何そのキュウリの酢漬けのような名前は?イジドール中尉は続ける。
「通常空間とは違い、虚数空間では重力子の流れが逆転するんだ。だから、重力子エンジンに取り付けられたエーテルドライブを一時逆向きに変えてやらないといけない。ところがこの虚数空間というやつは、場所によってエーテル濃度が異なる不安定な場所だから、グラフを見ながら手で制御しなきゃいけない。おかげで、気が抜けないんだ」
うーん、もはや何を言っているのか分からないな。要するにキュウリの酢漬けの中では、あの重力子エンジンが不安定になるらしい、ということか?そりゃあ私でもそんなところに放り込まれたら、臭くてどうにかなりそうだ。
「では、ワープが終わった後も警戒が続いていたのはなぜですか?しかも、主砲へのエネルギー伝導管までつないでましたが、あれは一体、何のためなのです?」
「それはワープアウトした先で、敵と遭遇する場合に備えてのことさ」
「えっ!?敵?」
「この白色矮星域は、宇宙の交差点だからね。その主導権を巡って、よく戦闘が行われる場所なんだよ。この白色矮星にあるたくさんのワームホール帯で、連合側だけでも20以上の星への近道につながっている。もちろん、敵である連盟側もいくつかつながっているはずだ。そんな場所だから、当然、敵と遭遇することは十分想定される」
「ああ、だからワープが終わった後も警戒してたんですね。ってことは、下手をすれば戦闘が始まってたんですか!?」
「あはは、敵といきなり遭遇なんて、そう滅多にあることじゃないから大丈夫だよ」
笑うイジドール中尉だが、私にはあまり笑えない。宇宙というところは、なんて危険な場所なんだろうか?私は、改めて恐怖を覚える。
で、その後、軽く食事して部屋に戻ろうかと思い、私は食堂へと向かっていた。が、食堂の前でウォーレン大尉と遭遇する。
「ジョルジーナ二等兵!」
「はっ!機関長殿!」
「そういえば、お前にワープで起こることをちゃんと説明していなかったな」
「はぁ、ですがさっきイジドール中尉に……」
「食事のついでだ、私がさっきの機関室での出来事を解説してやろう!」
ひえええぇ、ウォーレン大尉の説教……じゃない、話を聞きながら食事するの?せっかく気が抜けると思ってたのに……
「はっ!よろしくお願いします!」
断れないのが悲しいなぁ。結局私は、先ほどのイジドール中尉よりもさらに難解で、それでいて気合だの熱意だのが大事だといういつもの精神論も交えた大尉のありがたい話を、なんと一時間も聞かされる羽目になった。大尉が私に勧めた、キュウリの酢漬けをかじりながら。




