#12 新入り
「今日から新たに、1人加わった。これでようやく、左機関室も8人体制に戻った」
ウォーレン大尉、いや、今日から「機関長」とお呼びする立場となられたこのお方から、新入りの紹介があった。
それが、とても微妙な新入りだったので、私とブライアン少尉は、思わず顔をしかめる。
よく機関長は平然と紹介されるものだ。機関長だって、この男をご存知だろうに。
「今日からこちらに配属になりました、イジドール中尉と申します。よろしくお願いします」
一見、落ち着いた挨拶をするこの男。だが、忘れるはずもない。あの顔は、ついさっき出会ったばかりの、あのタキシード男だ。
まさか同じ機関室で働くことになるとは思わなかった。おそらく、ブライアン少尉も同じ思いだろう。
「では早速、艦の発進から中尉には入ってもらう。各員、配置につけ!」
左機関室の乗員は、一斉に配置につく。そこで、戦艦ヴァリアントからの出航命令を待つ。今回私は、重力子エンジンの出力レバー担当だ。
「やあ、ジョルジーナ二等兵、だったかな?よろしく頼むよ」
で、タキシード男ことイジドール中尉は、重力子エンジンの各部制御担当。レバーのすぐ横にある制御盤についた。
「こちらこそ、よろしくお願いします、中尉殿」
「まさか、君がここの機関科の人だったとはねえ……そうそう、出力レバーは、繊細に、優雅に動かすのがいいよ。ちょうど、ワインの仕込みでピノ・ロワールを足踏みする、若いご令嬢のように……」
ああ、やっぱりこの人、鬱陶しい。だから何が言いたいのだろうか?ワイン造りと重力子エンジンのレバー操作は、全然違うと思うんだけど。
「イジドール中尉!」
とそこに、ウォーレン大尉がイジドール中尉を呼ぶ。
「はっ!機関長殿!」
「機関の操作は、気合と根性と熱意!武人の蛮勇に耐えうる作りの機関だ!ワイン造りのような繊細さなど不要!よく肝に銘じておけ」
「はっ!肝に銘じます!」
「それと、ジョルジーナ二等兵の気合いと熱意はただものではない。ワインのひと樽くらいなら、一瞬にして蒸発できるほどの勢いがある。心しておけ」
あの、機関長、私は化け物ですか?さすがにそれは言い過ぎだ。ワイン樽の方に、私が消されてしまう。だが、イジドール中尉は敬礼しながら、機関長のこのありがたい忠告を聞き入れてしまう。
「ねえ、ジョルジーナ二等兵。一体、何をどうやったらあの強面の機関長殿から、あれだけの信頼を得ることができるのか?」
「さ、さあ……」
4回ほど倒れればいいですよと言いたくなるが、さすがにそれは私の恥でもある。ここは無難にごまかしておいた。
『これより駆逐艦6772号艦、出港する!繋留ロック解除!機関始動、両舷微速前進!』
『両舷、微速前進!』
艦内放送で、艦長命令と航海長の復唱とが聞こえてくる。機関長が叫ぶ。
「機関始動だ!回せーっ!」
核融合炉の出力が上がる。私は、重力子エンジンのレバーを引く。ヒィーンという甲高い音を立てて動き出すエンジン。
「動力伝達、15パーセント、艦内の慣性制御、異常なし!」
横で、イジドール中尉が制御版をいじりながら機関長に報告する。横のモニターをチラッと見ると、戦艦から離れていくのが見える。ゆっくりと艦が動き出した。
「ジョルジーナ二等兵!出力上昇、ふた目盛りだけ上げて!」
「はい、中尉殿!」
イジドール中尉の指示に合わせて、私は重力子エンジンの出力を上げる。エンジンが、ガタガタと震え始める。
……なんだか、思ったよりまともそうだな、この人。少なくとも、ウォーレン大尉よりも分かりやすい指示をしてくれる。もっといい加減な人かと思いきや、やることは繊細だ。まあ、あれだけレバーを繊細に引けだのと口にする人だ、その言葉通りの行動をしている。
おかげで、いつもより制御がやりやすい。巡航速度にのり、自動運転に切り替えると、私はレバーから手を離して中尉に言った。
「中尉殿、重力子エンジン出力、自動運転に切り替えました!」
「了解。こちらでも確認した。あともう少し設定をしたら、私も離れる。先に休憩していてくれ」
拍子抜けするほど真面目な態度に、私は面食らう。うーん、さっきまでの印象とはまるで違う。もはや別人だ。
だが、あちらもやることを終わって休憩に入るや、鬱陶しさが戻ってくる。
「いやあ、やはり制御盤の操作は繊細さが必要だねぇ。ワイン作りに例えるなら、ぶどうの粒を一つ一つ丹念に寄り分けるときのようだ」
「は、はあ……」
にしても、なんだってこの人は、ワインにばかり例えるのだろうか?ビールじゃ、ダメなんですか?
「中尉殿、ビールじゃダメなんですか?」
あ。しまった。あまりのしつこさに、つい思ったことを口にしてしまった。それを聞いたイジドール中尉は、反論する。
「ああ、ダメだね」
「どうしてですか?」
「エレガントさがない」
「え、えれがんと……?」
聞き慣れないことを言い出した。なんだ、エレガントって?
「あれ?もしかして、エレガントという言葉を知らないのか?」
「はい、だって私、こっちの星の人間ですから」
「あれ?こっちの星の?そうだったのか?」
「はい。私は元々、ある王国の伯爵家の娘だったんですが、戦さに負けて、帝国で奴隷として売られて、荒野に棄てられたところを機関長殿に……」
「何だって!?」
急に大声をあげる中尉。
「いえ、ですから私、棄てられた奴隷だったんですが……」
「いや、違う!その前だ!今なんと!?」
「ええと、帝国に滅ぼされた王国の伯爵家の娘で……」
「は、伯爵家!?」
それを聞いたイジドール中尉の目の色が変わる。あれ、私、何か変なこと言った?
「……詳しくお聞かせ願いたい」
「は?何をです?」
「貴族のことですよ!あなたの貴族時代のこと、その王国のことを、もっと詳しく!」
「ええっ!?で、でも、すでに滅んだ国ですよ!?」
「なればこそです!滅びの美学を完遂させたその国の貴族のことを、私はとても興味があるんです!」
滅びの美学って……なにそれ、滅びに美学などというものがあろうはずもない。たとえ生き残っても、ただただ凄惨な末路が待っているだけだ。
とはいえ、私は運が良かった。この船が目の前に落っこちてきてくれなかったら、今ごろ私は、あの荒野の真ん中で狼の餌にでもなっていたことだろう。
だが、滅びという言葉が、私の奥底に眠っていた嫌な記憶を呼び覚ます……
王都が帝国軍に落ちて、軍勢が我が屋敷に押し寄せてきた。私と母上、そして兄上を中庭に引き摺り出す。
すでに父上は、兵士達によって中庭に引き摺り出されていた。兵士の一人が剣を抜き、私の目の前で父上の首を目掛けて振り下ろす。首を失い、その場に倒れる父上の身体。そして別の兵士が兄上を押さえ、父上を斬った兵士が兄の首をも斬り落とす。
それを見て悲鳴を上げる母上も、兵士が取り押さえてその首を斬る。命を失った3体の身体を前に、恐怖に震える私。もはや、声も出ない。
私もその場で押さえられて、まさに首を斬られようとした、その時だ。ある兵士が、剣を振り上げた兵士に向かって何かを叫ぶ。そのまま私は、屋敷の奥に連れて行かれる。
そこで、私は服を破られて、兵士らに弄ばれた……
気づけば、手足を縛られて、馬車で運ばれる私。それから3日かけて帝都に辿り着き、奴隷商人に引き渡される……
滅ぶということは、悲惨なものだ。その後、いっそあそこで首を斬られていた方が幸せだったと思う日々がしばらく続く。
とても私の過去など、話したくはない。だがイジドール中尉は、私の話を目を輝かせて待っている。
「……嫌です……」
「は?」
「そりゃそうでしょう!何で私の思い出したくもない過去を、わざわざ話さないといけないんですか!?戦さに負けた後、私は両親を、兄上を、目の前で殺されてるんですよ!?私だけ生かされて、貴族に娘だという理由で、兵士達によって私は奴隷商人に売りつけられて、それから……」
急に涙が出てきた。今まではこんな話をしても、涙は出なかった。生きるのに精一杯で、あまり自分の身の上の不幸というものに向き合ったことがなかったからだ。だけど、今ははっきり嫌だと思える。それだけ私にも、心の余裕ができたってことだ。
しかし、この鬱陶しい中尉相手に、私は思わず怒りをぶつけてしまった。仮にも、上官である中尉に、である。
だが、中尉の態度が変わる。
「いや……申し訳なかった。そうか、この世界で戦争に負けるということは、そういうことなのだな。私は、想像すらもしていなかった。すまない、忘れてくれ」
素直に謝られてしまった……それはそれで、なんだかちょっと拍子抜けだ。にしてもこの人、思ったより悪い人ではないな。
「あの、中尉殿。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだい?」
「中尉殿はどうやらワインや貴族にこだわりがあるようですが、それは一体、なぜなのですか?」
「ああ、それは簡単だ。私の家は代々の男爵家であり、ワイン工房を運営している家だからだ」
「へ?もしかして中尉って……貴族の方なのですか?」
「そうだよ。ただし、次男坊だから、家督は継がせてもらえないけどね」
意外な事実を知る。ああ、そうか。だからワインと貴族にこだわるのか。なぜか納得だ。
聞けば、地球219のある国の男爵家の生まれらしいが、すでに100年以上も前に宇宙進出を果たした星であり、その後の時代の流れで、貴族といえども領地領民を持てなくなってしまったそうだ。
そこでイジドール中尉の家は、ワイン工房を始めたらしい。幸いこれが大当たりして、今では地球219における名門ワイナリーの一つとなったそうだ。
「それであんなに、ワインにお詳しいんですね」
「そうだよ。ピノ・ノワール種の栽培が盛んな地にある我がエルヴェシウス男爵家では、毎年刈り取ったぶどうを品定めして、そのうち極上と言える品種だけを用いたワインを作るんですよ。その中でも、『ロザール デ パラディソ』というワインは、3年もの間、樽の中で熟成して……」
ああ、また始まった。でも、イジドール中尉の生い立ちを知れば、不思議とこの話が鬱陶しくなくなる。重力子エンジンの制御盤の前で、私は中尉の話に聞き入る。
「では中尉殿、今度、そのワインを飲んでみますよ」
「ええ、ぜひ!中でも7年ほど熟成したものが、一番美味しいんですよ!今年はオーウェン暦512年物がその当たり年にあたるワインで、そのときのブドウの出来が100年に一度と言われるほど良い出来で……」
いやあ、中尉が何を言っているのか、ほとんど分からないんですけどね。でも、ワインにかける情熱だけはよく分かる。
「イジドール中尉!」
と、そこに、怒鳴りつけるかのように中尉を呼ぶ声がする。イジドール中尉と私は、後ろを振り返る。
まるで地の底から這い出てきた悪魔のような形相で、中尉を睨みつけるウォーレン大尉がいた。それを見たイジドール中尉と私は、起立、敬礼する。
「まだ出港したばかりで、エンジンは安定しておらんだろう!警戒を怠るな!」
「はっ!承知いたしました!」
なんだか、いつにも増して機嫌が悪いな。なにか、あったんだろうか?
ともかく私は、イジドール中尉という人物を知ることができた。同じ左機関室担当として、うまくやっていけそうだ。
もっとも、イジドール中尉の誤解を解くべき相手は、まだいるのだが……
「げっ!タキシード姿のワイン男!?」
食堂前で、イジドール中尉にばったり出会ってしまったマイナ少尉の第一声がこれだ。イジドール中尉がこの艦になじむまでの道のりは、まだ遠い。




