#11 再び街へ
電車というものに乗り、再び私は岩の狭間にぎっしり詰め込まれたようなあの街へと辿り着く。
一度ここを訪れているから、駅を抜けたときの感動は、前よりは少ない。それでも、派手な広告看板や煌びやかなショーケースを見ると、心躍らずにはいられない。
「この先よ」
私は、マイナ少尉と共におすすめの店へと向かう。そこは、前回来た時には足を踏み入れなかった場所、第1階層の奥にあった。
こじんまりとした店だ。他の店と比べると、かなり地味だ。光る看板もなく、まるで帝都にある普通の店のような雰囲気の店だった。
ここだけ、時間が止まっているかのような錯覚を覚える。古風な木製の扉を開けると、私はその光景に目を疑う。
とてもここが、宇宙空間の真ん中にある店とは思えない場所だった。そこにいる人々は、まるで貴族のような姿だ。女性は淡い色のワンピースドレスに身を包み、男性は燕尾服のような服装をして歩いている。
もしかして、私は帝都にいるんじゃないかと錯覚する。だが窓の外を見ると、確かに軍服姿の人々がいて、光る看板も見える。店内にも、数人の軍服姿の人物がいた。
「どう?驚いたでしょう」
辺りを見渡す私を見て、私の心の内を見透かしたように語るマイナ少尉。
「あ、あの、ここは……」
「私達の星、地球219は、127年前に連合に加わった時にはまだジョルジーナちゃんの星と同じ、剣と弓矢で戦い、貴族が権力を謳歌している星だったのよ。で、このお店は、その頃の貴族の文化を再現したお店なの」
「は、はあ……貴族……ですか」
「ジョルジーナちゃんにとっては違和感のない場所かもしれないけど、私達にとっては新鮮なところなのよ。ほら、結構この店、繁盛してるでしょう?」
いやあ、私が見ても違和感バリバリなんですけど……店の中を見ると、確かに人は多い。奥に進むと広い部屋があり、その中では大勢の女性がごった返している。脇にはたくさんの豪華なドレスがかけられていて、その奥には、たくさんのカーテンが並んだ場所がある。
「さてと、ジョルジーナちゃんにお似合いなのは……うーん、この辺かな?」
マイナ少尉が持ってきたのは、水色のドレスだ。それを私の前に当ててくる。
「あの、まさかこれ……」
「そうよ、着るのよ」
「ええ~っ!?こ、こんなドレスを着るんですかぁ!?」
「多分、似合うわよ。いいから、ほら、奥で着替える!」
マイナ少尉に押されて、カーテンが並ぶところに行く。そのカーテンの奥には、仕切られた小さな部屋になっており、その中で着替えるらしい。私とマイナ少尉は、別々の仕切りに入る。
うう……ドレスに着替えたのはいいけど、なんだか恥ずかしい。側にある鏡で自分の姿を見ると、私の鎖骨のあたりの白い肌がはだけてて、とても刺激的な格好だ。
いやこれ、もしかして、奴隷服よりも恥ずかしくない?これほど大胆に胸元が開いた服など、私は着たことがない。ただでさえ小さい胸だというのに、そこが強調されてしまう。
で、私が鏡の前でモゾモゾしていると、カーテンがザッと開く。そこには、赤いドレスに身を包んだ女性が立っていた。
「ああ、やっぱり貴族の娘よねぇ。その服、よく似合ってるわよ」
それはマイナ少尉だった。帝国でも、これほど鮮やかな色合いのものはないだろうと思えるほど、まばゆい赤色のドレスを着ている。私と同様に、胸の部分の露出度が高いドレスだが、マイナ少尉の大きめの胸の、その谷間が垣間見えている。
「さ、行くわよ」
「あ、あの、行くってどこに……」
「決まってるじゃない、こっちよ」
何がどう決まっているのか分からないけど、とにかく私はマイナ少尉に連れられて、ドレスの並ぶその広い部屋を後にする。
エレベーターに乗り、上へと上がる。エレベーターの中はドレス姿の女性、燕尾服、ダブレットに身を包んだ男性がひしめいている。このお店には、男性もいたんだ。
で、エレベーターを降りると、広い部屋の前に出た。
私は、目を見張る。
そこはまるで、社交界のようだ。大勢の貴族……の格好をしたおそらく軍人達が、ワイングラスを片手に談笑している。
天井には豪華なシャンデリアが、床にはふかふかの絨毯が敷き詰められている。壁際に並んだテーブルには、様々な料理が並んでいた。
「ここはね、昔の社交界を再現した場所なのよ。この豪華さがこの店の人気の秘密なの。すごいでしょう!」
「え、ええ、とってもすごいですね……」
「元々、人気のお店だったんだけど、ほら、この星にも貴族社会があると分かって、貴族と接する時に備えて予習のために訪れる人も増えたから、この通り客がさらに増えちゃったのよ」
ここは本当に、戦艦の中なのか?まるで私のいた王国の社交界に飛び込んだような、そんな気分だ。
私は貴族の娘だった頃に2度、社交界に参加したことがある。だがその社交界は、こんなに明るい場所でもなく、料理も種類の少なかった。
一見すると、まるで我々の星のどこかの王国の社交界にでも紛れ込んだのかと錯覚するが、出された料理を見ると、やはりこちら側のものばかりだ。
柔らかいパンに、四角く切られたシーフードゼリー寄せを乗せた一口サイズのピンチョスや、フライドポテトにフライドチキン、貝をふんだんに使ったパエリアにローストビーフなど、およそ地上では見ることのない食材ばかり使われている。
「どうだった、先日の戦いは?」
「ああ、こっちの艦も随分と撃ち込まれたよ。あれはキツかった……そういえば、7747号艦が撃沈したって……」
「らしいな。実際、コーディ中尉とも連絡が取れない。やはり……」
こういう会話が聞こえてくるのも、地上ではあり得ないな。
「さてと、優雅な雰囲気の中、料理を頂きましょう。ええと、まずはローストビーフに、ビールとフライドポテト、それから……」
お皿を片手にじゃんじゃん料理を入れるマイナ少尉。私も皿を取り、料理を入れる。
皿いっぱいに入った料理を食べ、私はマイナ少尉に勧められた飲み物を飲む。
「ぷはーっ!んーっ、んまいわぁ!やっぱりここで飲むビールは最高ね!」
ジョッキを片手にビールを飲み干し、ローストビーフをがつがつ食べるマイナ少尉。しかし、貴族のような姿でこれは、少し品がなさ過ぎる気がするだろう。
私は初めて、ここでビールというやつを飲んだ。冷たくて苦い、だけどこのしゅわしゅわが喉に爽やかな味を感じさせてくれる、不思議な飲み物だ。
しかも、あの苦味がフライドポテトや肉類、チーズを使った料理とよく合う。駆逐艦は酒類が禁止だから、ここでしか飲めない飲み物。私はビールという、この黄色く苦い泡立つ飲み物が気に入った。
「ねえ、ジョルジーナちゃん」
しばらく無言で皿の料理とビールを貪り続けていたマイナ少尉だが、少し虚な目で私に話しかけてくる。ああ、これは酔ってるな。
「何でしょう?」
「あのさ、ジョルジーナちゃん、ブライアン少尉のこと、どう思ってる?」
唐突に、ブライアン少尉の名前が出てきた。でもなぜ、ブライアン少尉?私は応える。
「あの……いい方だとは思うんですが、なにぶんあまり話したことがなくて……」
「ええ~っ!?そうなの!?」
何を驚いているのだろう?確かに同じ機関科で、しかも同じ左機関室の担当だが、あの人はわりと無口だ。機関室に一緒にいても、ほとんど話したことがない。
考えたら、私はウォーレン大尉とばかり話しているな。と言っても、一方的に命令されてることが多いけれど。
「そうなんだ……でもまあ、それはそれでよかったのかな……うーん……」
「そ、そうなのですか?」
驚いたり、安心したり、よく分からない反応をするマイナ少尉だ。やはり飲み過ぎたのか?
「マイナ少尉は、ブライアン少尉と話されたことはあるんですか?」
私が尋ねると、マイナ少尉は虚な目で、皿の上に残るエビの尻尾をフォークで突きながら応える。
「そうねぇ、話したいけど、話す機会がなくてね。ジョルジーナちゃんなら、ブライアン少尉との間を上手く取り持ってくれないかなあって……」
どうやらマイナ少尉は、ブライアン少尉と話したいらしい。そこで私は尋ねる。
「もしかして、マイナ少尉はブライアン少尉のこと、気になってるんですか?」
思わず発したその言葉に、マイナ少尉はさらに顔を真っ赤にして反論する。
「そ、そんなことないわよ!私は、あのときのお礼が言いたいだけで、別に好きとか、そういうんじゃないんだから!」
「ええっ?好き?」
私が聞いていないことまで喋るマイナ少尉は、驚いた私の顔を見て、顔を真っ赤にしたまま急に黙り込む。
うーん、よくわからないけど、間違いなく何かあったんだろうな。お礼だとか、好きだとか言い出した。なんとなく分かったことは、マイナ少尉はブライアン少尉と2人きりで会話したがっていることだけだ。
「私、平時はブライアン少尉と交代制なんです」
「……は?」
「だから、私が機関室に入るときは、ブライアン少尉が任務を終えるときなんですよ。その時、ブライアン少尉は食堂に寄るはずですから、その時が狙い目ですよ」
私をじーっと見つめるマイナ少尉。私はしばらく見つめられた後、マイナ少尉は口を開く。
「うん……分かった。ありがとう、ジョルジーナちゃん」
別にたいしたことを、教えたつもりはない。私はただ、マイナ少尉にブライアン少尉について知っていることを話しただけだ。
と、しばらくこの会場の片隅でマイナ少尉と共に話していた私だが、そこにふらっと、黒いタキシードに身を包んだ見知らぬ男が現れる。
「やあ、そちらのご婦人。私とご一緒に『ロザール デ パラディソ』などいかがですか?」
そいつはにこやかな顔で、マイナ少尉に話しかける。
「は?ろ、ロザール……何よそれ?」
「この赤ワインのことですよ。ここにあるのは、オーウェン暦512年物のピノ・ノワール種のワインで……」
どことなく鬱陶しい男だな。尋ねてもいないのに、赤ワインの知識自慢が始まる。
「ああ、私、ワインには興味がないので」
あのウォーレン大尉にも物怖じしないマイナ少尉だ。この鬱陶しい男に向かって、すぱっと一言を投げかける。だが、男は諦めない。
「そんなことはないですよ。あなたもきっと、この味は気にいるはずです。いかがですか?あそこのラウンジでご一緒に。ワインに合うおつまみもありますよ」
しつこいなぁ。なんだこの男は?明らかに、マイナ少尉がお目当てだな。
「連れの者がいるの。ご遠慮させていただくわ」
そうマイナ少尉が応えると、タキシード男はこんなことを言い出す。
「こんな子供みたいな娘よりも、私といる方がずっと有意義ですよ」
この一言が、マイナ少尉をムッとさせる。ジョッキをテーブルに叩きつけるように置くと、その男を睨みつけた。
「ちょっと!あんたねぇ!子供ってどういうことよ!?」
一触即発のこの事態。これは、まずい。そう思った時、別の男が現れる。
「おい、少尉。その辺でやめておけ」
大柄のその男は、あのタキシード男の後ろに立ち、マイナ少尉をたしなめる。派手な刺繍を施したダブレットに身を包んだその男の顔を見て、私はそれが誰かを知る。
「た、大尉殿!」
この一言に、タキシード男は振り返る。そしてタキシード男は、あの強面の顔を直視し、徐々に顔色を失う。この大柄の男、すなわちウォーレン大尉は、そのタキシード男に向かって言う。
「少尉は貴殿に失礼をしたようだ。同じ艦の者として、お詫び申し上げる。だが、この少尉は理由もなく他人を罵るようなことは決してしない。何があったのか、小官に聞かせてはもらえないか?」
丁寧に話すウォーレン大尉だが、その顔から発する圧倒的なまでの威圧感に、タキシード男は後退りしながら言う。
「い、いえ、何でもございません!し、失礼します!」
敬礼をしながら、その場を去るタキシード男。あの態度から察するに、あの人も軍属なのだろうな。男の退場を見届けるウォーレン大尉。
「ありがとうございます、助かりました、大尉殿」
マイナ少尉は、突然現れたウォーレン大尉に敬礼する。
「公共の場では、ああいう面倒ごとは避けた方がいい」
「は!肝に銘じておきます!」
そんなウォーレン大尉に、私は尋ねる。
「あの、大尉殿、なぜここにいるのですか?」
「予習だ」
「えっ?予習?」
「帝国との同盟条約が締結されて、帝都の横に宇宙港の建設が決まったそうだ。そうなれば、我々も帝都の横に駐留することになる。そうなれば、現地住人と接する機会もあるだろう。そのときのためだ」
「はあ、そうですか……でも、まさか一人でここに来られたのですか?」
「いや、もう一人いる」
大尉の言うそのもう一人の人物を、マイナ少尉はすでに見つけていた。
「ぶ、ブライアン少尉……」
「ああ、マイナ少尉、貴官もここにいたのか?」
いきなり、ブライアン少尉と話す機会ができてしまったマイナ少尉。2人はその場で、何かを話し始める。
「あ、あの、私、先日の機関室での一件の、お礼が言いたくて……」
「機関室での一件?何のことですか?」
「最初の戦闘中の際に、私が機関室に入った時……」
そんな2人の会話を見た私は、ウォーレン大尉の服を引っ張る。
「おい、なんだ!?」
「大尉殿、いいから、ちょっとこっちに来て下さい」
私はウォーレン大尉と共に、その場を離れる。うっすらと赤い頬で笑顔を返すマイナ少尉と、やや無表情なブライアン少尉。まるで貴族の子息と令嬢が出会ったようだ。どう考えても、私とウォーレン大尉は邪魔だ。
「だから、何だと言うんだ」
「あの、大尉殿。マイナ少尉とブライアン少尉を少しの間、2人きりにしてあげて下さい」
「……そうか」
短く応える大尉。私とウォーレン大尉は、皿にたくさんのおつまみを入れて、ビールを飲みながら2人の様子を伺う。
あのマイナ少尉が、なんだかにこやかだなぁ。あんな笑顔をするんだ、マイナ少尉は。物語に出てくる王子と姫の出会いの場面のような、そんな光景を私は微笑ましく眺めていた。
だが、そんな安らぎの時は、一気に壊される。
「おい!」
と、突然、大尉が叫ぶ。
「な、何でしょうか、大尉殿!?」
危うく手に持っていたビールを落とすところだった。大尉は私に、こんなことを言い出す。
「写真を、撮ってやる」
「は?」
「そんな格好は、ここでしか楽しめないだろう。せっかくだから、スマホに残しておこうかと言ったのだ」
「ええ~っ!?ちょっと待って下さい!こ、この格好を撮るんですかぁ!?」
「……なんだ、嫌か?」
「いえ、嫌というわけではないですが……なんだか、恥ずかしいというか……」
「そんなことはない。似合っている」
「そ、そうですか……?」
今日の大尉はよく喋る。いきなり写真を撮ると言い出す。おまけに、似合ってるなどと、大尉らしくない言葉まで出た。もしかして大尉も、酔っているのか?
「あ、あの、こうですか……?」
「だめだ!まだ少し硬い!もっと柔らかく、和やかな感じにしていろ!」
「ひえええぇ!そんな無茶な!」
こんな勢いで、私は何枚も写真を撮られる。やれ斜め前を向けだの、正面を見ろだの、一緒に撮るだのと、本当に注文が多い。
なぜ私は今、この小っ恥ずかしい姿を、怒られながら写真に納めなければならないのだろうか?微笑ましいあの2人とは対照的に、私はウォーレン大尉のスマホに、嫌々このドレス姿を撮られ続けたのだった。




