神王視点 シシの在り処
レオが迎えに来る前の、隠居中あたりのSSです。
ティナが庭のハンモックを喜んでいたようだったので、似たようなものはどうかとブランコを作ってやったのだが、これに精霊たちが気を利かせた。
うっかりブランコを支える蔓が切れて怪我などしないように、と蔓は幾重にも重なり合って太く、頑丈に。
ティナ一人が座れれば良い、と少女一人分の幅しかなかった椅子の底板部分も広く、厚く。
とどめはブランコが揺れる勢いでティナが放り出されないように、と椅子を覆う籠までできた。
もとは単純な作りのブランコだったはずなのだが、気がつけば背宛までついた立派な椅子付きの籠になっている。
ティナは完成したブランコを「ブランコというより、結婚式のゴンドラみたい……」と呆れていたが、使い心地に不満はないのだろう。
無防備にも、いつの間にかティナはブランコに座ったままうたた寝を始めていた。
……これはもう、治らない性根のようなものか?
年頃の娘に成長した、と自称するわりに、ティナの異性に対する警戒心というものは仕事をしていない。
いや、あからさまなモノには幼い頃から反応していたが。
子どもの頃から仕えているジャン=ジャックやアーロンであれば、多少は判らなくもないのだが、神王に対してまで無警戒なのは、少し問題がある。
俺は、ティナにとってはたまに遭遇していた成人男性のはずだ。
自分にとって安全な異性かどうかの判断をつけるためには、圧倒的に情報が足りていないはずである。
ティナがもとからこの世界の魂であるのなら、神王に対して警戒心を持たないというのも判る。
神王とは、そういう存在だ。
この世界においてすべてから愛され、その生殺与奪を握っている。
そこに人間と精霊の区別も、無機物と有機物の区別もない。
ところが、ティナは異世界から運んでこられた魂だ。
神王に対する絶対服従といった刷り込みはなく、神王に対してもその辺にいる成人男性と同じように感じているはずだ。
……もしくは、無意識で嗅ぎ分けているのだろうな。
くぴーと奇妙な寝息を立てるティナの頬を、利き手で撫でる。
寝ているところへ、こんな風に男が触れても目を覚まさないというのは、少々どころではなく問題だろう。
普通であれば。
ただ一つ、普通ではないところがある。
……俺の利き腕は、ずっとティナの兄と一緒に在ったからな。
むしろ、ティナの兄として一緒に在った、といった方が正しいかもしれない。
ティナの記憶の中にある兄のすべては、俺が一緒に在ったレオナルドだ。
レオナルドの兄気分と、俺がティナに対して抱く兄気分は、同じ妹を持ち、同じ思い出を共有した、一人の兄のものだ。
……ティナがこう育ったのは、半分は俺の影響か。
レオナルドが狙ってそう育てたはずはないが。
ティナは恐ろしく、いっそ芸術的なまでに不安定な娘に育った。
人間の中で暮らすには世俗に疎く精霊よりで、頼りきれない兄に片手間で育てられたため、地に根を下ろせていない。
ほんの少し精霊が手を出すだけで、簡単に精霊側へと攫えるほどに、ティナの魂は人間として不安定だった。
そして、俺が目をかけたことで精霊もティナに目をかけ、精霊が悪戯をしかける機会も格段に増えている。
そんな不安定なティナが人間の側に留まっていられるのは、ひとえに前世の記憶のおかげである。
前世の記憶があるおかげで、『人間とはそういうものだ』という思い込みが重しとなってティナを人間の側に留めてくれているのだ。
そして、ティナの持つこの『前世の記憶』は、俺に望外の喜びを与えてくれた。
ティナ自身はなんの自覚も持ってはいないが。
毎朝あたり前のように「おはよう」と挨拶を交わし、寝る前には「おやすみ」と言って寝室の前で別れる。
一緒にテーブルを囲んで食事を取り、興味を引くものを見つけたら手を引っ張って歩き、出かけると言えば「いってらっしゃい」と見送り、戻れば「おかえりなさい」と出迎えてくれる。
まるで普通の家族のように、だ。
レオナルドが欲していたものと、俺が欲していたものは同じだ。
テオが願っていたことと、俺の願いも同じだったのだろう。――こちらについては、まだ認めたくはないが。
……今はただ、よく眠れ。
何人たりとも、おまえの眠りを妨げさせはしない。
ティナは神王の宝である。
人間も精霊も、神王の宝に手を触れることは許さない。
そんなことを考えながらティナの頬を指でつつくと、突きすぎたらしい。
寝ぼけたティナに、ガブリと指へと噛み付かれてしまった。
以前にもこんなことがあったな、と探る記憶はレオナルドのものだ。




