洗濯日和、予約済み①
「今日もいいお天気になりそうね。南の島のお土産、棚に飾っておこうかしら」
南の島から拠点へ戻った、めいと蔵。
朝の柔らかな光が差し込むアマギ屋の店内で、めいは鼻歌を歌いながら、棚に並んだ気象瓶や、昨日持ち帰った貝殻を磨いていた。
「平和な朝だな。南の島から戻ったばかりだし、午前中はのんびり仕分けでもするか」
カウンターでは、蔵がお茶を飲みながら、のんびりとあくびをしている。柱に掛けられた真鍮製の気圧計も、いつも通り静かに店内を見守っていた。
「サボってないで、配達日誌の整理も手伝ってよね」
「はいはい」
蔵は気のない返事をしながら、再びお茶をすすった。
(もう少しゆっくりさせてくれよ。まあ、こういうときに限って厄介な依頼が来るんだけどな)
その予感は、すぐに当たることになった。
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突然、木製の扉が勢いよく開いた。
「た、助けてくれ! アマギ屋!」
飛び込んできたのは、近所にある「あおぞら洗濯屋」の店主だった。両腕には大量の洗濯物とシーツを抱え、服には石鹸の泡までついている。
店主は息を切らしながら、めいに詰め寄った。
「明日の正午までに、シーツ500枚を全部乾かさないといけないんだ! 明日の午前中に使える『晴天』を追加で売ってくれ!」
「お、落ち着いてください、ご主人! 明日の午前ですね? すぐに気象帳簿を確認します!」
めいは慌ててカウンターへ向かい、分厚い革装丁の『気象配分帳簿』を開いた。
(のんびりタイムは終わりか)
蔵もお茶を置き、店主の抱えた洗濯物の山を眺めた。
「朝っぱらから大騒ぎだな。まあ、半日分の晴天くらいなら、すぐに届けられるだろ」
ところが、帳簿をめくっていためいの手が止まった。
羊皮紙には、日付ごとの気象マークや気圧の数値、認可印が整然と並んでいる。めいは明日の東街区の予約状況を確認し、顔をこわばらせた。
「うそ……。明日の午前中の晴天枠、全部『青嵐堂』に予約されているわ!」
「何だって? あの青嵐堂が?」
蔵も慌てて帳簿をのぞき込んだ。
「あいつら、貴族街の本店だけじゃ飽き足らず、下町の晴天枠まで買い占めているのかよ!」
めいは申し訳なさそうに店主を見つめた。
「統括府が街区ごとの気象枠を一元管理しているから、晴天の予約は簡単に変更できないの。二重に晴天を展開すれば気象法違反になるし、無理に気圧をぶつければ、大嵐が起きる危険もあるわ」
「そんな……。明日、お日様が出なかったらシーツ500枚が乾かない! ホテルから莫大な違約金を請求されたら、うちは一家離散だ!」
店主は頭を抱え、その場に崩れ落ちた。
蔵は困ったように肩をすくめる。
「予約が埋まっているなら、諦めるしかないだろ。自然相手の商売なんだからな」
「蔵、そんな簡単に諦めないでよ」
めいは帳簿を閉じると、カウンターの上に街の地図を広げた。
「本当に、ほかに方法はないのかしら」
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めいは羽ペンを手に取り、地図に描かれた路地や建物を調べ始めた。
「街全体を晴れにするのは無理でも、屋根の隙間を通るような、ごく狭い範囲の『局所晴天』ならどうかしら。青嵐堂の高気圧とぶつからないように、風の通り道を利用して晴天を届けられるかもしれないわ」
店主が勢いよく顔を上げた。
「ほ、本当かい、めいちゃん! 助かる方法があるのか!」
「まだ可能性がある、という段階です。でも、気流を乱さずに晴天を届けるには、東街区の各家庭や商店が、いつ、どこに洗濯物を干すのかを正確に知る必要があります」
めいは地図を指でなぞりながら説明した。
「干す場所と時間に合わせて、晴天を届ける順番を計算するの。情報集めは、うちの優秀な配達員さんにお願いしようかしら」
蔵は肩をすくめたあと、にやりと笑った。
「まったく、人使いが荒いな。だが、アマギ屋の看板を背負っている以上、青嵐堂に負けっぱなしってのも癪だからな!」
蔵は勢いよく立ち上がった。
「東街区の洗濯予定だな。街中の人たちに聞いてくる!」
そう言い残すと、蔵は店を飛び出していった。
瓦屋根や石畳を身軽に駆け抜け、次々と住民に声をかけていく。
「おっ、蔵がまた屋根を跳んでるぞ!」
「相変わらず足が速いなあ」
この街では、すっかりおなじみの光景だった。
店主はめいに向かって深々と頭を下げた。
「めいちゃんも蔵も、一生の恩人だ! 成功したら、一生洗濯をタダでやってやるからな!」
「ご主人、まだ成功すると決まったわけではありませんよ」
めいは苦笑しながらも、さっそく作業に取りかかった。
「蔵が戻るまでに、狭い場所にも風を通せる『微風液』のベースを仕込んでおきましょう」
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それから30分ほどが経った。
店の扉が勢いよく開き、汗だくになった蔵が戻ってきた。腕いっぱいにメモ用紙や手帳の束を抱え、得意げな顔をしている。
「東街区の全世帯と商店街、シーツを干す時間も干し場の位置も、全部調べてきたぞ!」
蔵はメモの束をカウンターにどさりと置いた。
「早いわ! さすがね、蔵!」
めいは驚きながら、さっそくメモを確認し始めた。
そこには、住宅や商店の洗濯予定が細かく記録されていた。洗濯屋の店主も、あまりの情報量に目を丸くしている。
「パン屋は朝8時、宿屋は9時半、仕立て屋は10時半だ。洗濯物が一斉に干される時間も調べたぜ。水分が蒸発するときに生まれる『気化熱の冷気』が、いつ、どこで発生するかも押さえてある!」
「たった30分で東街区の洗濯予定を全部調べたのか……。兄ちゃん、いったいどんな脚力をしているんだ」
店主は感心しきりだった。
めいは製図机に街の地図を広げ、コンパスと羽ペンを手に取った。
青嵐堂が展開する高気圧の通り道を避けながら、街の気流を細かく計算していく。
「青嵐堂の気圧と、アマギ屋の気圧がぶつかれば、気流が乱れて突風を伴う『気圧衝突』が起きる。でも、9時15分にはパン屋の炉が最高温度に達するわ」
めいは地図の上に一本の線を引いた。
「煙突から上がる熱気が、青嵐堂の高気圧の境界を一時的に乱すの。炉の温度が下がり始めるまでの3分間だけ、地表付近に気圧の隙間が生まれるはずよ」
蔵が身を乗り出した。
「その隙間を利用するってわけか」
「ええ。その180秒の間に、各家庭の洗濯物から生まれる冷気も利用して、風を順番に送り込むの。そうすれば、狭い範囲に晴天を届けられるかもしれない」
めいは地図に印をつけ、計算を続けた。
やがて、羽ペンを置くと、机に両手をついた。
「できたわ!」
めいの顔に、達成感に満ちた笑顔が広がった。
「誤差30秒以内で風を中継する『特注局所晴天タイムテーブル』よ。30秒遅れれば気圧衝突で風が乱れ、30秒早ければ風が途中で失速する。秒刻みの勝負ね!」
蔵は完成した地図をのぞき込み、口笛を吹いた。
「なるほどな。あとは、この計画どおりに晴天を届けられるかどうか、ってことか」
めいは力強くうなずいた。
「そう。明日の午前中が勝負よ!」
アマギ屋の二人は、洗濯屋の危機を救うため、特注の局所晴天を作り上げる準備を始めた。




