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3話 天才ちゃんは気になる

 さて、授業どうしようか。

 あれから、頭が痛い〜なんていう適当な理由をつけて、保健室に滞在し2時間潰した。途中で早退させられそうになったが、退院後だからか、特に疑われることなく乗り切ることができた。僕はこれでも学校をズル休みしたことはないのだ。


「おはよう!」


 教室に入ったと同時に元気よく挨拶をするも、1人は視線を逸らし、1人は僕を睨むのだった。先生はと言うと、そわそわした様子で自分の身なりを整え始め、私関係ないですスタイルを貫くのだった。

 とりあえず手際よくロッカーにバックをしまった。そのままトイレへ向かう。朝からずっとトイレ行きたかったんだよね。僕がズボンのチャックを掴もうとした瞬間。

 

「うわっ!」


 腕を掴まれ横の個室トイレにぐっと引っ張られた。え、なになに? ほんとになに?

 誰に引っ張られたかと思えば相手はまさかのーー


「ーー卯月さん。あの、どうゆうこと?」


 そこには自信なさげに、あわあわキョロキョロしている卯月さんがいた。え、なにこれ、今から一体何が始まるの。いや、トイレの個室に男女が2人、何をするかなんて決まっている。

 

「わ、私はただ2人きりで話したくて……」 


 卯月さんは頬を紅色に染めて、視線を逸らした。え、絶対もっといい場所あったよね。ここ男子トイレだよ? てかなんでそんな恥ずかしそうな顔してるのこの人。自分から連れ込んだんだよね?

 

「お、おう」


  僕はちょっぴり引いたみたいに、顔を歪ませ冷笑を決めた。すると僕の感情を察したのか、さらに慌てて照れた顔を隠すように手を置いた。


「そ、そんな反応はやめてください。私だって後悔してるんですから……」


「それで何の用?」


 そこで卯月さんははっと思い出したように顔を上げると、なんとか真面目な顔に取り繕って話し始めた。


「あなた、このままでいいのですか?」


「良くないよ」


 良いわけがない。あんなうざい奴らにバカにされて、煽られて最悪だ。正直、僕は今回かなり困っている。いじめをやめさせるのは簡単、だがいじめをやめさせる理由が見つからないのだ。僕は狂人でこんなことじゃ同時ない、感情は動かない、はず。少なくとも昔の僕ならばこんなこと気にも止めなかったはずだ。

 卯月からの返事がないので、適当な言葉を発する。


「馬鹿にしたかったの?」


「ち、違います! ただ、その、私が、少し協力してあげようかなみたいな……」


 卯月さんは頬を薄い紅色に染めると、そんな顔を隠すみたいに少し俯いて、人差し指同士をつんつんさせ、もじもじしながら言った。え、その感じでツンデレなの。いやこれをツンデレと呼んでしまったら、大体の人間が全てツンデレになってしまう。自分の思いを全く照れずにまっすぐ伝えられるほうが、よっぽど恐ろしいのだ。

 と、1人ツンデレ議論をしていると日が暮れそうなので渋々打ち切り、沈黙を切り裂く冷たい言葉を放った。


「いらないけど」


「い、いらない?」


 すると驚いたように目を丸くし、少し間抜けな声で聞き返してきた。天才様にも予想ができないことがあるんだね。てかさっき近くないすか。僕こうやって人と向き合い、目を合わせるの苦手なんだよね。


「…この私が手伝うって言ってるのに」


 卯月さんはむっとしたように小さな声で呟くと、上目で睨むみたいに僕を見る。だが全く鋭さはなく、もはや愛らしいと言える瞳である。なんかこの子普段控えめなくせに、前から僕にだけ妙に上から目線というか、気遣わずに話してくるんだよな。ていうか声が小さい。

 そこで僕のちょーーセンスある持論を教えてあげることにした。


「僕の感情は揺さぶられることはない。なぜならこの世の全ての出来事が、我が狂気の下にあるからだ。常に狂気を感じている僕は他の感情は感じない!」


 僕は手を掲げ、腕を振り、狭い空間で自信満々にに語った。大量の水に砂糖が一粒混ざっても効力をなさぬように、常に大きな苦しみを感じている僕に、それ以外は塵のようなものだ。僕ってば悲しくて可哀想な子……悲劇のヒロインですわ……。

 その時、上から何かが降ってくる。そのまま掲げていた手にそれは乗った。


「なにこれ? 石?」


 なんか小さくて丸いけど。もしかして爆弾だったりしないよな。そのまま少し観察していると、それは動き出した。


「は?」  


 その石はパカっと開くと、うじゃうじゃとしたたくさんの足が姿を現した。

 ーーダンゴムシだ。


「ギャァーー!!」


 僕はそれをすかさず床に投げ捨てた。

 虫、虫だ! 虫だけは無理無理、マジで無理。


「な、何してるですか。お、落ち着いてください、ダンゴムシ如きで……」


 卯月さんは混乱したように、できるだけダンゴムシから離れようと暴れる僕を押しのける。


「は、は? そ、そんなじゃねーし!」


 いや、別に怖がってるとかじゃないから。僕に感情は無いからあァァ!

 ただ悲劇はまだ終わっていなかった。


「いやあぁぁぁ!!」


 その時、上から30匹ほどのダンゴムシが雨のように降ってきた。僕はそれを避けようと、涙目でとにかく個室で暴れ回った。


「ちょ、ちょっと、こっち来ないでください」


 卯月さんは顔を真っ赤にさせながら、小さな声で言った。いやこの子声小さいな、ちゃんと空気吸ってます? とふざけてる余裕もない僕は頭が回らず、とにかくドアを叩きまくっていた。


「いやぁぁ!!」


 だが卯月さんの声はすべて僕の叫び声で掻き消された。いつの間にか、僕たちは密着状態になっていた。


「そ、外に出れば良いではありませんか!」


 おそらく卯月さん史上一番の大声であるだろう一声に、僕ハッ気づきドアノブに手をかけた。


「死ぬ、死ぬぅ!」


 そのままドアを勢いよく開け、転びそうになりながら全力で逃げ去った。途中、廊下を走るな! と怒鳴り声が聞こえた気がするがまあいい。



*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*


 

 

 今まで私の計算が外れることなんてありませんでした。人の思考は単純で、次何をするかなんていうのは簡単に読むことが可能です。

 でもあの人だけは、あの人だけはいつも私の予想から外れる。そしてそれに影響された周りもどんどん外れていく。世界のことが、人間のことがわからなくなっていく。

 ーーだから、だから……私はあの人が嫌いだ。


「ねえねえ、お前って天才なんでしょ?」


 中学生時代、あれは3年生のセミがうるさい夏の頃。

 私は行きたい高校もなく、やりたいこともなにもなかった。全てできたから。目指すものがなかった、いやそう思っていた。そんな私に、彼は急に話しかけてきた。


「……」


 私は無言で彼を睨むように見つめ、話しかけるなと言わんばかりに目を逸らした。喋りたくなかった……いや喋れなかったのだ。大体の人間は迷惑そうに睨めば、勝手にどっかへ行ってくれる。

 ただ彼は違った。


「迷惑そうな顔だねぇ。いつもそうやって追い払ってるの?」


 彼は威嚇するみたいに鋭くした私の目を、動じることなく優しく笑ってまっすぐ見つめる。予想外、といえば予想外だ。だが人間の心理を操作するなんて容易いこと。彼を自ら帰らせれば良いだけ。


「そうです」


「僕には効かなかったね。残念残念」


 彼はずっとふざけたテンションで私に絡む。その目はまるで、小さな子供が未知なるものに目を輝かせているようだった。特に問題はない。彼は求めているのは刺激。それが得られなければ自分から帰るだろう。


「そうですね」


 私はただ普通に回答すればいい。一般人がするような自然で普通な振る舞い。彼は私の反応を見て考えるように、顎に手を置くと閃いたみたいに私を見た。


「1+1は?」


「2」


「おお、判断が早いね。やっぱ天才なんだ」


 私は確実に一般的な回答をしたはず…なのに彼は満足そうに頷く。全く訳がわからない。


「なぜ? 今のような問題、誰でもすぐに解けるはず」


「いやいや普通はさ、なんだかんだで即答できないんだよ。ボケた方がいいのか、ちゃんと答えた方がいいのか」


 彼は両の手を前に掲げると、天秤みたいに片方を挙げて、下げて私に伝えた。

 私は彼が何を言っているのか分からなかった。人生で初めての分からない。もちろん、今まで分からないことはあった、ただ今回のは多分そういうのじゃない。だからこそ、とても興味を惹かれた。


「どういうことですか?」

 

 私は好奇心に負けて質問した。すると彼は驚いたようにキョトンとすると、少しにやけて口を開いた。


「だってさ、1+1がわからないやつはいないんだろ? ならなぜそんなことを聞くのか。これはね、いわゆるフリってやつだよ」


「フリ?」


 すると彼は難しい顔をすると悩むみたいに頭を掻いた。


「えっとー、なんていうか……面白いこと言えっみたいな感じ」


 私は彼の言葉に思わず笑みをこぼしそうになる。なぜだろう。昔から語彙力のない人間や、無能な人間が嫌いだった。なのに何故か優秀でないはずの彼の言葉は妙に可笑しくて、つい笑ってしまいそうになる。私は笑いを抑えながらも、無理やり震えた声を出す。


「いわば舞台上でのスポットライト。相手を照らし強調する。照らされ目立つ中でミスをすれば恥、成功すれば栄誉になる」


 すると今度は逆に何言ってんだこいつと言わんばかりに、私の意見が奇怪であるかのように見つめる。


「ま、まあ、つまりは1+1の答えなんて求めてないんだ。いかに面白く返答するか、それが大事なんだよ」


「へぇー、面白い考えですね」


 私は追い払うことをいつの間にか忘れ、なぜか虚くんの意見に関心していた。


「まずそれが分かってなかったとは……やっぱ面白いね」


 その面白いという言葉で私はハッとし、当初の目的を思い出す。虚くんを早く追い払わないと。これじゃまるで私が虚くんに敗北したみたいだ。こういう時は気まずさを利用するのが効率的だ。


「私実は、親が昨日事故で死んだの……」


 私は出てない涙を隠すように顔を押さえて、同情を誘うように俯いた。なんとなくこのまま終わったら負けた気がする。絶対私の思い通りにする。自分でも唐突でくさい演技だとは思うが、この手の話題をバカにしたり、追求したりする人間は少ない。


「へえー、それで葬式はいつなの?」


「……へ?」


 私の思考は一瞬停止した。虚くんはまるで時間を聞くみたいにあっさり、いつもと何も変わらないかのように平然と言った。まるで気遣いがなく、逆に清々しい。


「お、親が死んだんですよ…?」


「うん、だからいつ燃やすのかなって」


 私は分からなかった。ただ分からない。彼の考えていることが分からない。すると彼は優しく微笑んで言った。


「お、笑った顔初めて見た」


 彼のそんな言葉に私は自分の顔にゆっくりと手を伸ばす。

 ーーそして、自分が笑っていることに気づいた。

 


*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*



「やあー、みやびくん!」


 早朝、いつも通り1人で登校していると、突然活気のある声で話しかけられた。僕は珍しいなと思いながらも、振り返ってみると、そこには想定外の人物がいた。


「ええっと、あ、そうだ。さゆずみさんだっけ?」


「ぐはっ!」


 僕が名前を言うと、さゆずみさんは銃で打たれたように背中をそらした。

 あー、多分これやばい奴に絡まれたな。


「私の名前を知らない人がいるなんて……」


 彼女は額に手を当てていかにも、イケメンがしそうなポーズをした。自意識過剰の代表例だ。

 

「私はさゆずみじゃなくてまゆずみだよ! 黛結奈(まゆずみゆな)! ちゃんと覚えてね?」


 ちょっと間違えただけじゃん。


「ていうか、下の名前で呼ばないでくれる?」


 僕が冷たく言い放つと、彼女はニヤニヤした表情で近づいてきた。そのままからかうように僕を肘でつついてくる。


「なになに? もしかして照れてるの?」


「嫌いなんだよ。自分の下の名前」


 僕の名前は漢字で表すとこう、虚雅(うつろみやび)。なかなかに変わった両親を持ったせいで、こうなってしまった。母曰く、名前なんて短ければ短いほど良いと言うことだ。だから明ちゃんだって、虚明(うつろめい)だ。いやに虚明(きょめい)になってるから! 無心で囚われず、何もなく透き通るようなさまを意味する単語だから!


「なんか、複雑なんだね」


 彼女は少し気まずそうに言うと、逃げるように後ろへ戻った。多分変な勘違いをされてるな。まあそれは、勘違いでもないかも知れないが……。


「それで、なに?」


 僕は睨むような視線を向けてみた。僕は彼女とフレンドリーに接するつもりはないのだ。

 彼女は待ってましたと言わんばかりに、腕を組んで少し偉そうな表情を作った。


「私としてはさ、クラスでいじめが起こっていていい気はしない訳だよ!」


「助けてくれるんだ、ありがとう」


 僕が適当に食い気味で感謝を伝えると、彼女は不服そうに顔を近づけてきた。


「なんていうかさ。図々しい」


 すると胸の間を指先で押された。あ、あざとい! と思ったのも束の間、めちゃくちゃ痛い。今僕って本当に指で押されてる? ドリルとかじゃないよね。こいつゴリラか?


「あーあ、そんなんじゃ助ける気無くしちゃうなぁ」


 彼女は僕のそんな気持ちも知らずに、後頭部に手を当て、いじけたように踵を返した。めんどくさくなりそうだったので、僕は気にせず学校に向かうことにした。

 だが、それはすぐに彼女に気づかれ、ついてきてしまった。


「なに?」


「わかったよ。助けてあげるから!」

 

 ちょっとくらい意地悪させてよ、と小声で呟くと、少し偉そうな顔をした。


「違う、違うよ。助けさせてください、でしょ?」


 僕はニヤリと笑って黛さんを見つめた。僕は基本的に人の思い通りになることがとても嫌いだ。昔の僕は常に人の予測できない行動をとっていた。


「噂に聞いてた通りのクズっぷりだね…」


 彼女は引き攣った笑顔を作り、頭を掻いた。クズな訳じゃない。ただ少しだけ考え方が異なるだけなんだ。


「まあつまり、いらないってことだよ」


 僕は追い払うように手を仰いで見せた。まあこんなやつの力を借りたところで、どうこうできる訳でもないだろうし。ただの女だろ。


「解決策があるってこと?」


「ないよ」


「なら私の協力があって損はないんじゃない?」


 こいつ、僕がまともな話の通じない相手であることを理解し、損はない、なんていう合理的な理由を言ってきやがった。それでも僕が折れることはない。


「猫の手を借りたいことはあれど、蟻の手はいらないんだ」


「ひっどー! 私蟻だと思われてるの!?」


 彼女は口元に手を添えると、不気味がるみたいに大袈裟に顔をしかめ身を引いた。


「そのくらいの差が僕とお前にはあるわけだ」


「ならもういいよ! さよなら!!」


 すると彼女は怒り、踵を返すと帰っていった。やっとうるさいのが居なくなった。彼女はゆっくり振り返ると、バカにしたように舌を出した。怒り方が小学生から成長してないね。 

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