②「新人冒険者の令嬢」
「ゴブリンって弱いんですよね?」
「ゴブリンは最弱の魔物だ」
「もっとも醜くいザコっすね」
「新人冒険者の刀のサビだな」
「良かった……昨日からなんだか嫌な予感がしていて。でも皆さんのおかげで不安はなくなりました!」
初めての冒険者としての任務として、少し緊張している様子の娘は、安堵の表情を見せる。
彼女は晴れ渡る空の様にきれいで長い青髪、深海のような紺碧の瞳。
大きな魔石を先端につけた新人冒険者には不釣り合いな豪華な杖。
最高級のシルクで編まれたスカート付きのローブ。
身長こそ高くはないが、若くすらっと伸びた手足、小麦の様に美しい肌を持っている。
身に纏う全てが、彼女の生まれの良さを物語っている。
名をルキ・ブルームという。
イーストという町の領主、ブルーム家のご令嬢だ。
初仕事ということで、冒険者の登竜門であるゴブリンを殺しに来たのだ。
「この森にゴブリンの巣があるんだ」
赤い髪にロングソードを持つ男がそう言った。
名をリカードという。
彼は腕の立つ冒険者だった。
本来彼は、ゴブリン退治なんてレベルの低い仕事は請け負わないが、今回はブルーム家からの依頼ということもあり、ルキの保護者としてこの仕事を引き受けた。
もう二人の男もリカードの仲間で、リカードに近い実力者だった。
「大抵森に入るとすぐ出てくるんだが、今日は静かだな」
「リカードさん、何か変な気配がします。誰かに見られているような」
ルキだけが、もしかしたら俺が行動と会話を聞いていたことに気付いていたのかもしれない。
ルキの潜在能力は本人も知らないが非常に高く、S級冒険者から成り上がったというブルーム家の血筋を強く受け継いでいたのだ。
高い探知能力で、気配を殺す俺たちの魔力をわずかに感じとっていたのかもしれない。
「おの女だけが気付いているな。それにしても……ルキか、美しい娘だ」
俺は心臓が生まれて大きく跳ねるのを感じた。
これが恋なのだろうか。
俺のゴブリンとしての遺伝子が、俺たちを殺しに来た冒険者の一人を強く欲しているのを感じた。
「ルーカス隊長、俺ここで死ぬんですか」
「無能烙印を押された俺たちは、冒険者にここで殺されて、仲間を守るのが仕事だろう」
「俺たちがここで死ねば、やつらは満足して帰る。仲間が助かるんだ」
俺と同行した3匹のゴブリンが、震えていた。
彼らは、よく理解していた。
自分たちの立場を。
料理もできない、戦闘力も低く、何もできない、弱いゴブリンの中でも最下層。
それでも、仲間の為に死ぬ覚悟だけは、ぎりぎり持ち合わせている。
「運が良かったな。昨日までなら死んでたよ。だけど、今日は俺がいる。俺一人で行く、お前らは、ここにいろ」
「「「隊長~。もし隊長が負けたら俺たちも後を追います」」」
「ああ、好きにしろ」
俺は、一人冒険者パーティーの前に立ちふさがった。
「ゴブリン……いや、でかすぎる」
「リカードさん、でもオークにしたら小さいっすよ」
「ゴブリンの突然変異なのか……」
「なんて……魔力量……」
見たことないゴブリンに、ベテランのリカードでも驚きの表情を見せた。
ルキだけは、俺の魔力量にいち早く気付いていたようだ。
「お前はゴブリンなのか?」
「……俺は間違いなくゴブリンだ。その女をもらうぞ」
俺はドン族長にもらった剣を構えた。
「所詮はゴブリンだ。一撃で殺してやる。武技”雷鳴一閃”」
リカードは武技を用いた。
ゴブリンを殺すにはもったいないほどの武技だ。
雷鳴の様に、一瞬で相手の首を落とす武技の構え。
リカードもルキほどではないにしろ、俺の危険性に気付いていたのかもしれない。
リカードが武技を放つ、ほんの一瞬前に、俺は短く言葉を吐いた。
「いい技だ。もらうぞ」
俺はリカードと寸分違わぬ構えを見せた。
次の瞬間、雷鳴が走った。
雷鳴は1つではなく、2つの光がぶつかった。
「……馬鹿な、俺の武技を……」
首が落ちる前、リカードは最後の言葉を吐いた。
その姿を見て、崩れ落ちる者がいた。
「リカードさん、なんで……心配ないって言ったのに……」
ルキはリカードの死に、腰を抜かしていた。
俺は安堵した。
リカードが死んだことではない、ルキの戦意が完全に失われたことに。
遠くから見ていた時思った。
もし俺が今回負けるとしたら、この娘以外にいないと。
「リカードさん。そんな、ゴブリンが武技を放った…」
「こいつ、ゴブリンなのか……とりあえず魔法で……」
激しく動揺する男冒険者二人。
リカードが殺され、それでも応戦しようとする。
俺は、そんな二人をしらけて見ていた。
戦って分かった。
リカードは俺より弱く、そしてこの二人はもっと弱い。
俺は静かに詠唱する。
「……雷鳴一閃」
俺は再び、リカードの武技を放った。
さっきより時間があったので、今度はしっかり武技を詠唱した。
再び走った雷鳴、首が二本落ちる。
残ったのは、腰を抜かし動けないルキだけだった。
「来ないで……殺さないで……」
俺がルキに近づくと、ルキは恐怖のあまり失禁した。
涙を流し、俺に命ごいをした。
「俺のいうことを全て従うなら、殺さない。だから選べ」
俺は剣を突きつけ、ルキに命を選択させる。
「全てに……従います。だから……殺さないで……」
「いい返事だ。ならば俺も誓おう、俺はお前を殺さないと」
俺はルキを抱きかかえると、ゴブリンの巣に彼女を持ち帰った。
俺は隊長のみがもらえる個室に入ると、粗末なベッドにおびえる彼女を寝かした。
「全てに従うと言ったな。なら、分かっているな。あと、俺のことはルーカス様と呼べ」
「はい……ルーカス様。……だから殺さないで」
「殺すものか。ルキ、俺はお前を妻にする。幸せにしてやる」
「ルーカス……様!?」
俺の言葉にびっくりするルキを抱きしめると、俺はそのままルキを離さず、キスをした。
数百年の時を超えて、ゴブリンと人間は再び交わり、ルキは俺の子供を腹に宿した。




