①「ゴブリンの中の異端児」
生まれて間もない時、俺は同じ時期に誕生した他のゴブリン達の中で、誰よりも早く自分の種族に気付いていた。
「最弱の種族、ゴブリンか」
俺は生まれて次の日にはそう言葉を発していた。
「ルーカス、お前もう言葉を話せるのか?」
驚いた顔をしたのは俺たち、赤ちゃんゴブリン達の世話をしている汚いゴブリンだった。
ルーカスというのは、俺の名らしい。。
どうやらゴブリンの両親は、ゴブリンの赤ちゃんの世話はせず、代わりに名前だけを与える風習があるようだ。
まあ、ゴブなんとかみたいな芸のない名前でなくてほんとに良かったと思った。
「お前、名は何という?」
「こりゃ、たまげたぜ。生まれて次の日に話すゴブリンなんて、初めて見たぞ。俺はゴブスケ。お前たちの世話を族長から任されている」
「ゴブスケ。俺にミルクはいらない。肉を食わせろ」
「おいおいまじかよ。分かったが、このことは族長に報告しないとな」
ゴブスケから肉をもらった俺は、まだほとんど動けないながらも、肉にかぶりついた。
「立派に歯も生えてやがるとは、成長速度どうなってやがるんだ」
まじまじと俺を見るゴブスケを無視して、俺は肉をかみちぎり、飲み込んでいく。
ミルクでは足りないほどの栄養を、体が欲していた証拠だろう。
ゴブスケは族長に報告をし、噂は瞬く間に広がった。
ゴブリンの赤子の中に、異端児がいると、他のゴブリンからは好奇な視線を向けられた。
生まれて3日目にして、俺は青年ゴブリンへと成長していた。
「ルーカス、俺は信じられねーぜ。昨日まで赤子だったよな」
「ゴブスケ、俺はどうやら特別らしい」
「ああ、言われなくても分かるぜ。お前と同時期に生まれたゴブリンは皆ミルクを飲んではいはいしてるんだ。ゴブリンはそもそも成長が早いが、お前はその中でも20倍は早いぜ」
「一緒にするな。俺はただのゴブリンじゃない」
そう、俺はゴブリンだが、ただのゴブリンではないと自覚していた。
ゴブリン一族の無念が、俺の中にくすぶっていた。
ゴブリンは、もはや絶滅に瀕した悲しき魔物だ。
人や他種族の女とすら交わり子を成し数を増やしたのは、過去の偉業に朽ち果てた。
ゴブリンは弱くなり、他の種族が強くなりすぎたのだ。
特に、冒険者と呼ばれる人間種族はゴブリンの扱えない魔法や剣技を使い、ゴブリンをたやすく蹂躙する。
蹂躙してくる相手と交わることなんてできるはずなく、人間種族からはごみを見る目で見られる。
ゴブリンが人間相手に欲情したのも、遠い昔の話だとゴブゾウに聞いた。
「ゴブゾウ、俺は人間との間に子を成す。そしてゴブリン種族の再興を果たす」
「ルーカス、お前生まれて三日目にして、すげー男ゴブリンだ。最近のゴブリンは性欲も弱くなっているのに、俺なんて20年生きてまだやったことないってのに」
俺はゴブゾウのカミングアウトにドン引きしながらも、拳を強く握った。
あふれんばかりの魔力が、握られた拳に集中するのを感じた。
生まれて10日目。
俺はゴブリンの中でもひと際目を引く存在に成長していた。
身長は180cm近くまで伸び、大人ゴブリン達の身長の1.5倍ほどの大きさになった。
顔はまだあどけなさが残るが、筋肉付きだって大人ゴブリンを凌駕している。
「ドン族長、ルーカスにございます」
「お前がルーカスか、確かに並のゴブリンではないな。300年生きているが、お前のようなゴブリンは初めて見たぞ」
ドン族長。
俺たち東のゴブリン種族の長だ。
最長老にして、性欲旺盛、先ほども雌ゴブリンと盛っていたようだ。
俺の親父ではないが、東のゴブリン種族の半分はドンの子らしい。
「ドン族長、私を対冒険者部隊にお加えください」
「なんと、ルーカス死にたいのか」
ドン族長が引きつった顔をした。
ドン族長自らが兵団長を務める、東のゴブリン種族が束ねるゴブリン兵団。
その中でも最弱と言われるのが、対冒険者部隊だ。
捨て馬、生贄とも言われ、ゴブリンの中で役立たずの兵士ができる最後の仕事。
それが冒険者と戦い、殺され、けれども一族を冒険者から隠す重要役割を持つ陽動部隊の名前だった。
それは100年に一度、いやもっと生まれにくく稀有で将来有望なゴブリンが入る部隊ではないのだ。
だがルーカスの決意は鋼よりも堅かった。
そして衝撃の言葉を告げた。
「いえ、そろそろ子を成したいと思いまして」
「なんとルーカス……まさか、お前……人間に欲情しているのか?」
座る椅子から落ちそうなほど、驚くドン族長。
ゴブリンがゴブリンとしての尊厳を失った世界。
その世界で、ルーカスの存在はまさに異質だった。
俺の目の前にいる族長と呼ばれ、300年生きるゴブリンの長ですら、人間に欲情したことはないのだから。
「過去の栄光を、先祖の悲願を、今ここに……!」
俺は静かに、そして力強くドン族長にそう告げた。
それは数百年の時を超えて、虐げられ続けてきたゴブリンの反撃の狼煙が上がった瞬間だったのかもしれない。




