第十二章 過去からの便り
指導者養成講座が軌道に乗り始めた初夏の頃。沙月の元に一通の国際郵便が届いた。
差出人の名前には見覚えがない。しかしその異国の見慣れない切手に彼女は何か胸騒ぎを覚えた。
封を切ると中から一枚の便箋と数枚の写真がはらりと落ちた。
手紙の主は時久の大学時代の友人だという一人の日本人男性だった。彼は今、南米の小さな村で青年海外協力隊として活動しているらしい。
『ご無沙汰しております。突然のお手紙、失礼いたします。先日偶然インターネットで皆藤時久君の現在の活動についての記事を拝見いたしました。彼が今、日本でそんな素晴らしい活動をされているとは全く存じ上げず、驚きと共に心から嬉しく思っております』
手紙はそんな丁寧な挨拶から始まっていた。そしてその核心は次の一文にあった。
『実は彼が数年前に亡くした親友の健太君の遺品を整理しておりましたところ、生前彼が時久君宛に書き遺していた一通の手紙を見つけました。いつか彼に会う機会があれば直接渡そうと思っていたのですが、その機会もなかなかなく……。大変恐縮ですがこの手紙を時久君にお渡しいただけますでしょうか』
沙月は同封されていたもう一通の古びた封筒を手に取った。
そこには確かに「時久へ」と力強い、しかしどこか懐かしいインクの文字で書かれていた。
これは時久の亡き親友からの時を超えた便りなのだ。
その日の夕方。
沙月は時久のアパートを訪れその手紙を彼に手渡した。
「……健太から?」
時久は信じられないといった表情でその封筒を受け取った。
彼の指が微かに震えている。
沙月は何も言わずにただ静かにその場を立ち去ろうとした。これは彼が一人で向き合うべき大切な時間だと思ったからだ。
しかし時久はそんな彼女を引き止めた。
「……沙月さん。ここにいてくれないか。一緒に読んでほしいんだ」
二人は並んでソファに腰掛け、ゆっくりとその手紙の封を切った。
『拝啓、皆藤時久様。
この手紙をお前が読んでいる頃、俺はもうこの世にはいないだろう。驚いたか?多分驚いただろうな。
なあ、時久。お前にずっと言えなかったことがある。
俺はずっとお前に嫉妬していた。
お前のその世界を自由に飛び回るその翼に。
そしてお前のそのすべてを見透かすような写真の才能に。
俺は家族を持って幸せだった。でも心のどこかでお前のように生きてみたかったとずっと思っていたんだ。
だから時久。
俺の代わりに生きてくれ。
俺の代わりにこの世界中の美しいものをそのカメラに収めてくれ。
そしていつかお前が本当に心から守りたいと思える大切な人ができたら……。
その時はもう逃げるなよ。
不器用でも格好悪くてもいい。
ただその人のそばにいてやれ。
それが俺の最後の願いだ』
手紙を読み終えた時久の頬を一筋の熱い涙が伝い落ちていった。
沙月は何も言わずにただそっと彼のその大きな背中を優しくさすり続けた。
健太が遺したカメラ。
そして健太が遺した最後の言葉。
その本当の意味を時久は今ようやく理解することができたのだ。
それは単なる供養ではなかった。
それは親友が自分に託してくれた未来への、バトンだったのだ。




