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友の子孫と子孫の事情――3

 夕餉を終え、風呂に入り、俺とセシリアは客間のベッドで横になっていた。


 明かりの消えた室内。別段なにもない天井を、俺はぼんやりと眺める。


「――ショックだったんですか? アドナイ家から貴族位が剥奪されたと知って」


 俺が落ち込んでいると思ったのか、隣にいるセシリアが、遠慮(えんりょ)がちに尋ねてきた。


「ああ。正直、応えた」


 俺は打ち明ける。


「貴族だから良いとは言わぬ。平民だから悪いとは言わぬ。ただ、勇者パーティーの貴族位は魔王討伐の報奨だ。それが剥奪されたのが、アレックスの功績を否定されたように思えて、忘れられたように思えて、やるせなかった」


『高貴なる者の務め』は平等にして公平。贔屓(ひいき)仮借(かしゃく)もしない。高い地位にはそれに見合った功績が求められる。


 貴族位が剥奪されたということは、アドナイ家が社会に貢献できなかったということ。地位にあぐらを()いていたということだ。


 ならば(いた)(かた)なし。自業自得。当然の帰結(きけつ)


 だが、理屈でわかっていても、心が受け入れてくれないのだ。


 文字通り、体を張って勇者パーティー(おれたち)を守ってくれたあの男を。


 むごたらしいほどの大怪我を負っても、屈することなく支え続けてくれたあの男を。


 どんなに強大な敵にも(おく)することなく立ち向かっていった、あの男を知っているからこそ。


 俺は、アドナイ家から貴族位が剥奪されたことが、どうしようもなくやるせない。


「わたしは忘れません」


 傷心(しょうしん)していると、俺の手に温もりが触れた。


 絹のような(なめ)らかさ。羽毛のような柔らかさ。


 セシリアの手が、俺の手を包み込んだ。


「セシリア?」

「たしかに、アドナイ家から貴族位は剥奪されてしまいました。アレックス様の功績も、いずれ忘れられていくのかもしれません」


 けれど、


「わたしは忘れません。アレックス様の功績も、ロラン様の功績も、マリー様の功績も、フィーア様の功績も、リト様の功績も、もちろん、イサム様の功績も」


 優しい温もりが、繋いだ手から染み渡ってくる。


「勇者パーティーの(みな)さんが、命懸けで今日(こんにち)の平和を築いてくれたことを、わたしは一生忘れません。わたしの一生が終わろうと、子どもたちに語り継がせていきます」


 エメラルドの瞳が、ひたむきに俺を見つめていた。


 胸中(きょうちゅう)(もや)が、セシリアの優しさに照らされ、消えていく。


 溶かされるように、(ほど)かされるように、俺は微笑(びしょう)した。


「きみはいつでも俺を救ってくれるな」

「いつも救ってくださるお返しですよ」


 セシリアがふわりと微笑み返す。


 しみじみと思った。


 心から案じてくれる者が(そば)にいる。


 ()(どころ)になってくれる者が側にいる。


 それはなんと恵まれたことだろうか。


 俺はなんと恵まれた者だろうか。


「ありがとう、セシリア」


 俺はセシリアの手を握った。


 セシリアもまた、俺の手を握り返してくる。


「温かいな」

「そうですね。温かいです」


 やるせなさは、もうなかった。

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