恋慕と使命と旅立ち――9
いよいよパンデムに発つ日がやってきた。
いつもより軽い鍛錬をして、朝食をとり、トランクケースを手にして、俺とセシリアはデュラム家を出た。
「くれぐれも気をつけてくださいね、セシリアさん」
「どうかお怪我のないように」
「はい! 必ず無事に帰ってきます!」
見送りにきたポーラ、プラムがセシリアを抱きしめる。
「娘をお願いします」
「承った。セシリアは俺が守る」
頭を下げるジェームズに俺は手を差し出し、誓いを込めて固い握手を交わした。
「では、行ってくる」
「待っててくださいね!」
歩き出した俺とセシリアの背に、ジェームズ、ポーラ、プラムは手を振り続けてくれていた。
名残惜しそうにしながらも三人から目を切って、セシリアが俺に確認してくる。
「たしか、ホークヴァン校長がお供をつけてくださるのでしたね」
「ああ。門の近くで待っているそうだが……」
レンガ敷きの道を進み、俺とセシリアは門にたどり着く。
鉄製の門をくぐると、二〇代前半と思しき女性がいた。
中肉で高身長。豊かな胸と長い手足を持っている。
髪は紫のロングストレート。赤い瞳は切れ長。シュッとした細面。
身につけているのは、白いシャツ、青い上着とズボン、茶色い編み上げブーツ。
腰のベルトには、短剣型の『魔剣』が下げられていた。
こちらに気づいた女性が、ニッコリと人好きのする笑顔を見せる。
「おはようございます! イサムさんとセシリアさんですね?」
「ああ。きみがスキールの言っていた同行者か?」
「はい! ティファニー=レーヴェンって言います! ティファニーと呼んでください!」
ティファニーが手を差し伸べてきた。俺は差し伸べられた手を取り、「よろしく頼む」と挨拶する。
そんな俺たちを見て、セシリアが唇を尖らせた。
いかん。俺が女性に触れると、セシリアはモヤモヤするのだったな。
思い出し、俺はできるだけ自然にティファニーの手を放す。
ティファニーは気に留めるふうもなく、セシリアに握手を求めていた。
「じゃあ、行きましょっか。こちらにもうひとり、同行者がいるんです」
セシリアとの挨拶を済ませたティファニーが、俺たちを先導する。
三分ほど歩くと、曲がり道の先に、一台の『魔導車』と初老の男性がいた。
白髪で、白い口ひげをたくわえたその男性は、俺たちに気づき、年の割にピンと伸びた背を恭しく折る。
「イサム様、セシリア様、ティファニー様、お待ちしておりました。スキール様より案内役を仰せつかりました、グレアム=ゴードブルと申します」
グレアムが白い手袋をした手で、背後に停められていた魔導車を示す。知識がない俺でも一目で高級とわかるような、黒く艶やかな車体を持つ魔導車だ。
「私の運転する魔導車で、パンデムの手前の街『ジェイン』までお送りいたします」
「助かる」
礼を言う俺に「もったいないお言葉」と目を細め、グレアムが魔導車の背後にある荷箱(トランクというらしい)を開く。
トランクに荷物を詰め、俺たちは魔導車に乗り込んだ。
「それじゃあ、出発です!」
ティファニーの元気な声を号令に、魔導車が走り出す。
パンデムへの旅がはじまった。




