恋慕と使命と旅立ち――1
セシリアを救い、ヴァリスを捕らえてからしばらく経ち、牡牛の月がやってきた。
デュラム家の庭に植えられた広葉樹は花を散らし、代わりに新緑の若葉で着飾っている。
春の終わりが近づくなか、休日、俺はセシリアとともにホークヴァン家を訪れた。スキールに呼ばれたのだ。
ホークヴァン家は、『ラミア』の中央部、小高い丘の上にあった。
ラミアの邸宅のなかでもっとも広大らしい敷地は、端から端が見えないほどだ。四階建ての屋敷も、デュラム家のそれより倍以上巨大だった。
メイドの案内で応接間に向かうと、ソファに座っていたスキールが立ち上がり、恭しく腰を折った。
休日にもかかわらず、スキールは正装だった。俺たちに敬意を払ってくれているのだ。まったくもって誠実な男だ。
「お休みのところ、ご足労いただきありがとうございます」
「構わぬ。こちらこそ、歓迎してくれて感謝する」
俺が鷹揚に応じると、顔を上げたスキールが「ありがとうございます」と再度口にして、対面のソファを手で示した。
俺とセシリアはソファに腰掛ける。フカフカだが、心地よい反発があるソファだ。きっと上等なものなのだろう。
ソファに座った俺とセシリアに、給仕係を務めるメイドが紅茶を煎れてくれた。応接間に芳しい香りが漂い、琥珀色の紅茶が注がれたティーカップが人数分、テーブルに並んだ。
スキールがメイドに目配せする。
「しばらく、この部屋に誰も近づかないようにしてくれ」
「かしこまりました」
メイドは深々と頭を下げ、応接間を出ていった。
木製の扉が閉まり、メイドの足音が遠ざかっていく。
メイドの足音が聞こえなくなったところで、俺は切り出した。
「一部の『顕魔兵装』のありかを突き止めたそうだな」
「はい」
スキールが神妙な顔で答える。
スキールがメイドに人払いを頼んだのは、俺たちが顕魔兵装の話をするからだ。顕魔兵装は、力の源として『魔族核』が組み込まれたろくでもない代物。その存在を知る者は、少ないに越したことはないからな。
「尋問により、ヴァリス准教授が――いえ、元准教授が、顕魔兵装を各地に送る際に利用した、運び屋の名を挙げました。その証言をもとに警察がひとりの運び屋を捕らえ、顕魔兵装の送り先を突き止めたそうです」
スキールが明かす。
「顕魔兵装の一部は『パンデム』に送られたそうです」
「妥当な送り先だろう。ヴァリスは、パンデムに巣くう裏社会の住人と通じていたようだからな」
「ええ」とスキールが頷いた。
『ミロス王国』の北東にあるパンデムには、裏社会の住人(即ち犯罪者)が巣くっていると聞く。実際、セシリアを誘拐しようとしたのもパンデムの者だった。
セシリアの誘拐を指示したのはヴァリスだ。パンデムの犯罪者とヴァリスが協力関係にあったことに、疑いの余地はない。
そして、顕魔兵装が送られたことから考えるに、パンデムの犯罪者は魔族の血を継ぐ者――『魔の血統』だろう。
『魔の血統』であるヴァリスは人間を憎み、セシリアを生け贄に魔王を復活させようとしていた。ヴァリス以外の『魔の血統』にも、世界の平和を乱そうとする者がいるかもしれない。
そのようなことは許さぬ。
この世界の平和は、我が友たちが命懸けで築いたものなのだから。
俺は友たちに代わり、この世界を守ると決めたのだから。
なら、俺がすべきことは決まっている。
「スキール。しばし休暇をくれぬか?」
「パンデムに向かわれるのですね?」
「ああ。顕魔兵装のありかを知りながら、静観していることなどできぬからな」
スキールの頼みで、俺は『ホークヴァン魔導学校』の非常勤講師を務めている。この時代の者に、失われた戦闘術『武技』を教えるために。
俺がパンデムに向かえば、しばらくのあいだ授業は開けない。生徒たちの武技の修得も遅れてしまう。
それでもスキールは、俺の意をくんでくれた。
「承知しました。パンデムに旅立つ際はお供を付けさせていただきます」
「いいのか?」
「ええ。私の先祖――『賢者』フィーアならば、きっとそうしたでしょうから」
スキールが唇を笑みのかたちにする。
「違いない。あいつは世話焼きだったからな」
かつての友の顔を思い出し、俺は紅茶を口にした。
ほろ苦いが、同時に温かかった。




