真相と大悪と修羅――8
一息つき、頭上を見やる。
研究室奥の壁では、ヴァリスとセシリアがそのままの体勢で立っていた。重力の向きが変わった影響を、あのふたりは受けていないようだ。
「気をつけてください、イサム様! ベルモット准教授は魔族の血を継いでいます!」
「魔族の血だと?」
セシリアの忠告に、俺は眉をピクリと動かす。
ヴァリスが誇らしげに告げた。
「その通り! 私は魔族の血を継ぐ『魔の血統』――『ベモス』様の末裔です!」
「ベモス……『大地の魔将』か」
ベモスは、魔王直属の大魔族『十二魔将』の一角。最初に勇者パーティーの前に立ちはだかった魔将だ。
鉱物に魔力を注ぎ、自由自在に操る特殊能力『大地掌握』を保有しており、地形を意のままに変え、俺たちを苦しめた。
その血を継いでいるということは、ヴァリスもベモスと同じ能力を扱えるということか? だが、しかし――
「重力の向きを変えるなど、ベモスにはできなかったはずだが?」
『大地掌握』は、あくまで鉱物を操る能力。重力の向きを変えるなどという、大それたことはできない。
ヴァリスが答える。
「簡単な話です。私の力はベモス様を超えているのですよ」
ニヤリ、とヴァリスが酷薄な笑みを浮かべた。
「わかりますか? 勇者パーティーを苦しめたベモス様。それ以上の存在に、あなたはひとりで挑まなくてはならないのです!」
ヴァリスが再びロック・バーストを構える。
放たれた石弾が飛来した。
石弾を防ぐため、俺は刀を振るう。
「無駄です!」
俺に斬り払われる直前で、石弾がその軌道を変えた。『大地掌握』で、ヴァリスが石弾を操ったのだ。
迎撃を逃れた石弾が、目前に迫る。
「舐めるな」
俺は慌てない。
審眼の効果をさらに高める。
時間が引き延ばされる感覚。視界に映るすべての動きが緩やかになった。
俺は頭を傾け、迫っていた石弾を避ける。
続いて来た石弾を薙ぎ払い、返す刀で三発目の石弾を斬った。
四発目の石弾は『大地掌握』により軌道を曲げられていたが、今度は逃さない。寸分違わず真っ二つにする。
刀を振るい続け、五発目、六発目、七発目、八発目……計二六発の石弾を、俺はひとつ残らず凌ぎきった。
見上げると、ヴァリスが瞠目している。
「この程度で仕留められるとでも?」
「言ってくれる……!!」
ヴァリスが顔を真っ赤にして、続け様に発砲してきた。先ほどよりも、石弾の軌道は複雑だ。
問題ない。
頭上どころか側面からも迫りくる石弾を、俺は難なく斬り払った。
石弾は凌ぎきれる。防御面に不安は皆無だ。
ならば、攻めに転じる!
俺は両脚をたわめ、力を溜め――爆発させた。
疾風を用いての大跳躍。三〇メトロはあったヴァリスとの距離が、見る見るうちに縮まっていく。
刀を脇に構え、俺は横薙ぎの動作に入った。
振るう。
刃がヴァリスを刈り取らんとする。
それでもヴァリスは笑った。
「勝負を急ぎましたね!」
刃がヴァリスを斬り裂く寸前、俺の体がずしりと重くなった。まるで海の底に沈んだかのような錯覚。
刀を振り切るも、ギリギリでヴァリスには届かなかった。俺の斬撃は、ヴァリスの前髪を数本散らすだけに終わる。
己の身に起きた異変を俺は察した。
これは重力の増加だ。俺を下方に引き寄せる力が、倍以上に増幅されたのだ。
落下がはじまる。重力が増加しているため、その速度は相当だった。着地しただけでダメージを受けそうだ。
それだけでは終わらなかった。ヴァリスは容赦しなかった。
俺が宙に浮いているあいだに石弾を放ってきたのだ。
空中にいるため俺は自由に動けない。増加した重力が枷となっているため、動き自体も緩慢だ。
石弾が俺を仕留めようと、四方八方から襲いかかってきた。




