混乱と裏切りと戸惑い――4
風を切り、一直線にエリュへと向かう。
「避けてください、イサムさん!」
ヴァリスが声を張り上げた。
俺の左側面からヴァリスが迫り、連接剣を振るっている。
俺の進路を阻むように、連接剣が弧を描いて襲いかかってきた。
俺は舌打ちして飛び退る。
ヴァリスが俺の前に立ちはだかった。
「ここは任せたよ、バイパー・ダンサー」
俺たちへの興味を失ったかのように、エリュは振り返ることなく去っていった。
このままでは5―Sの生徒たちが危ない。
「足止めを食っている暇はないのだ!」
うねるバイパー・ダンサーを見据え、俺は地を蹴った。疾風を用い、ヴァリス目がけて風となる。
いくつにも分かれた、バイパー・ダンサーの剣身。それらが四方八方から腐食毒を放ってきた。
俺は左右に跳び、ときに速度に緩急をつけ、腐食毒を躱していく。
軽やかなステップワークで腐食毒を回避しながら、俺は刀に魂力をまとわせた。
『錬』――魂力を武器にまとわせ、威力・耐久力を上げる武技。俺の錬で強化された刀は、鉄すらも斬り裂く。
腐食毒の包囲から抜けだし、俺は刀を振り上げた。狙いは、バイパー・ダンサーの剣身を繋ぐ、金属線。
「疾っ!」
バイパー・ダンサーを両断すべく、俺は刀を振り下ろした。
が、刀が金属線に届く寸前、バイパー・ダンサーは海老反りするように引っ込んだ。俺の刀は空を切る。
斬撃を躱したバイパー・ダンサーは剣身を縮め、ヴァリスの周囲で滞空していた。まるで、とぐろを巻く蛇だ。
俺は推察する。
攻めではなく、守りを重視しているのか。
バイパー・ダンサーの目的は、俺を演習場に向かわせないこと。即ち、時間稼ぎだ。無理に攻める必要はない。俺の攻めに対応できればそれでいいのだ。
「面倒な……」
俺は舌打ちした。
バイパー・ダンサーの戦力は把握した。俺を倒すには力不足も過ぎる。
だが、守勢に回られれば時間を稼がれてしまうだろう。
その時間稼ぎが俺にとっては致命的だ。俺が手間取っているあいだに、5―Sの生徒たちが危機に見舞われてしまうのだから。
一秒でも早くエリュを追いかけねばならないというのに……!
「お手伝いします、イサム様!」
俺が歯を軋らせていると、セシリアが声を上げた。
いまだに怯える生徒たちのなかから歩み出たセシリアは、背中に負ったセイバー・レイを抜く。
「わたしがバイパー・ダンサーを引きつけて、動きを封じます。その隙に、イサム様が破壊してください」
「できるのか?」
「できます」
問うと、セシリアは迷いなく頷いた。
「わたしは、イサム様の弟子ですから」
エメラルドの瞳には、闘志が灯っている。
俺は、フ、と笑った。
愚問だった。無粋だった。
セシリアがやると言ったのだ。師である俺が信じずに、誰が信じるというのか。
俺は答える。
「任せた」
「はい!」
セシリアが力強く返事をして、セイバー・レイを構えた。




