新たな出会いと彼女の変化――10
スキールからは武技を修得させてほしいと頼まれたが、まずは生徒たちの基礎力を確認したい。即ち、己の体を十全に扱えるかを。
身体能力を大幅に増強させる武技は、洗練された身体運動と併せることで真価を発揮する。武技を修得する第一歩として、俺は基礎を大切にしたいのだ。
セシリアにははじめから武技の伝授に入ったが、あれは基礎が完璧にできていたため。
生徒たちもセシリアと同じくらい基礎ができていれば問題ないが、できていなければ、武技の修得には時期尚早だ。
基礎は土台。強固な土台でなければ、満足に実力を積み上げることはできないのだ。
「よろしくお願いします」
「よろしく頼む」
グラウンドの中央で、俺とひとりの男子生徒が一礼し合う。これも教えのひとつだ。剣の道に礼節は欠かせぬからな。
「あの……本当に大丈夫なんですか?」
「なにがだ?」
「魔剣相手に木刀で挑むなんて、危険じゃないですか?」
相手の生徒が怖ず怖ずと訊いてきた。
生徒の目は俺の手元に向けられている。俺が持つ、木刀に。
彼の意見はもっともだ。魔剣には刃があるし、魔導機構も組み込まれている。
一方、俺が持つのはなんの変哲もない木刀。平たく言えば木の棒だ。
殺傷力のある武器と、武器を模した木の棒。ぶつかり合えば、当然、木刀が負ける。木刀を扱う側が大怪我を負う可能性もある。
危険性を重々承知したうえで、俺は木刀を構えた。
「危険だと思うか?」
対峙している生徒が息をのみ、気圧されたかのように一歩後退る。真剣の切っ先を向けられたが如き反応だ。
彼は察したのだ。自分と相手の実力は、天と地よりも隔たっていると。自分は逆立ちしても敵わないと。
それ以上、彼が心配を口にすることはなかった。
俺は、ニッ、と笑う。
「遠慮はいらん。全力で来い」
「はいっ」
決心したのか顔つきを引き締め、生徒は片手剣型の魔剣を構えた。
魔剣にはめ込まれた魔石が灯る。魔剣の起動が完了したのだろう。
空気が張り詰める。
「行きます!」
生徒が魔剣を振り上げた。
振り下ろすと同時、その剣身から風の刃が放たれる。彼の魔剣には、風の魔法式が組み込まれているようだ。
ビョウビョウと大気を鳴らし、風の刃が飛来する。
一拍遅れて、生徒が地を蹴って駆けだした。進路は一直線。風の刃を追随し、俺を目指す方向だ。
迫り来た風の刃を、俺は半身になって躱す。
「はあっ!」
直後、俺に接近した生徒が、魔剣を横薙ぎに振るってきた。
時間差攻撃か。風の刃で牽制し、相手が対処したところを剣戟で倒す算段だな。
生徒の狙いを洞察しながら、俺は左から来る刃から遠ざかるように、右へとステップを踏む。
「逃がしません!」
生徒は動きを止めなかった。
俺に躱されながらも魔剣を振り抜き――剣身から風の刃が放たれる。
俺は「ほう」と感嘆の息を漏らした。
たとえ時間差攻撃で仕留められずとも、即座に風の刃で追撃することで、反撃の暇を与えないわけか。
彼の戦法は、剣だけでは為し得ない。魔法だけでも為し得ない。
剣戟に加え、無詠唱の風魔法があるからこそできる芸当だ。魔剣だからこそできる芸当だ。
生徒が再び走り出す。さながら初太刀の焼き増し。
風の刃と斬撃の波状攻撃が、俺を襲う。
スライドとステップで凌ぐと、三度、追撃の風刃が放たれ、方向転換した生徒が俺を追いかけてきた。
俺が降参するまで、延々と波状攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。吹き荒ぶ暴風の如き、好戦的な剣だ。
だが、甘い。
風の刃が迫る。
俺は左足を引き、体を半身にした。
風の刃が俺の髪を乱し、通り過ぎていく。
生徒が俺に肉迫し、魔剣を振りかぶった。
刹那、俺は引いた左足で地を蹴る。
「疾っ!」
カンッ! と乾いた音が響いた。
「へ?」
生徒が目を丸くする。
彼の手に握られていた魔剣がクルクルと宙を舞い、グラウンドに突き立った。
彼が魔剣を振り下ろそうとした瞬間、それより早く俺は踏み込み、木刀で魔剣の腹を叩いたのだ。
生徒がポカンとした顔で、空になった己の手に目をやる。俺と彼との手合わせを、グラウンドの脇で眺めていたクラスメイトたちも、呆然としていた。
「反撃の暇を与えぬ連続攻撃。見事だった」
木刀を振り抜いた体勢で、俺はアドバイスを送る。
「だが、ワンパターンだ。風の刃からの剣戟のみでは、相手に読まれる。攻撃パターンを増やすといいだろう」
体勢を戻しながら、俺は笑みを見せた。
「さすれば、きみはもっと強くなれる」
「あ、は、はい! ありがとうございます!」
生徒がハッとして頭を下げる。
「うむ。ありがとうございます」
俺も同じく頭を下げた。




