ヴァレリー、強者と美人揃いのギルドに驚く
ハイランダーの中へ足を踏み入れた途端、ヴァレリーは精神的に三歩よろめいた。
魔王の誇りにかけて実際によろめきはしなかったが、とにかく驚愕したのは事実である。
まず第一に、入った瞬間にやたらと甘い香りがした。
魔族が拠点とする北方の大峡谷では、ダークエルフの女性などの一部例外を除き、香水を使う者はまず少ないが……どうやらここのギルドメンバーはほとんどがつけているらしい。
実はヴァレリー自身もたまにこそっとつけることがあるのだが、さすがにここまで濃い香りはするまい。
それもそのはず、大広間かと思うほど広い、ここにいる二十名ほどの男女のうち、実に十九名が女だった。それも美人度がやたら高い。
一部は女以前の少女だったが、とにかく男は一人しかいない。
おそらく仕事募集の書き込みが満載だと思われる、巨大な掲示板のすぐ近くの席に座る、少年である。それも驚きだが――最大の驚きは、ここにいる男女のほぼ全てが、類型2か3ばかりということだ!
(うっ……類型のことは忘れるはずだったな)
ヴァレリーは思わず首を振ったが、しかしこの集中度はちょっと凄い。
さすがに、冒険者風の格好をした女性達は、お洒落より仕事優先の服装に見えるが――むしろ、どこからみても冒険者には見えない女性達が問題だ。
まず、受付のテーブルのほぼ真横で、磨き上げられたチーク材の床にぺたんと座り込んで本を読んでいる幼女がいる。
驚いたことに、あれはどう見ても龍族の子供だろう。
普通の人間には見分けがつくまいが、ヴァレリーはほぼ見るだけで相手の魔力キャパシティが予測できるので、間違いようがない。
人間で、この魔力値は絶対に有り得ない。いるとすれば生身の創造主様くらいのはず。
故に、魔力キャパシティから推測して、龍族だとわかる。
匂いもそれを裏付けている。
焼いて食べたら美味そうだし、実際に好物な者も魔族には大勢いるが、そう簡単に倒せるような存在でもなさそうだ。
下手をすると、絶滅したと言われるホワイトドラゴンかもしれない。
そして、なぜかメイド服を着た目つきの鋭い美人も掲示板のそばに控えていて、こいつは明らかに人間なのに、ヴァレリーがこれまでに出会った人間達の中でも、おそらくトップの何名かに入るほどの力の波動を感じた。
(見かけも美しいが、あいつは相当にできるぞ! 負けるはずはないにせよ、この私ですら、鼻歌まじりで殺すというわけにはいくまい)
ヴァレリーは内心で唸った。
実力者同士は、互いに出会えばそれとわかる。まず例外はいない。
その証拠に、そのきっつい美人メイドも龍族の幼女も、ヴァレリーが入るなり、それまでやっていたことを中断して、じっとこちらに注目している。
ちなみに、彼女達にはやや劣るものの、受付に座るなよっとした少年も、相当な実力者だろう。この狭い範囲でヴァレリーが気になる実力者が三名もいるというのは、既に奇蹟に近い。
とんでもない偶然だし、極小の額率だと断言できる。
とはいえ、なんといっても、ここは創造主様が密かに拠点とされているギルドである。
であるならば、美男美女ばかりで、おまけに唖然とする実力者が三名もいても、不思議はないかもしれない。
だから、ずば抜けた強者二人とやや劣る受付の少年については、まだわかる。
納得がいかないし、ヴァレリーが一番気になって仕方ないのは、実は熱心に掲示板を見つめている一人の少女である。
実力者の謎メイドは、どうもこの少女の護衛的な立場と見える。
彼女を庇うように立っているからだ。
当の少女は、純白の神官衣のようなものを着込んでいるが、ここから見える輝く銀髪と繊細で優しそうな横顔を見る限り、メイドと龍族の少女に勝るとも劣らぬ美形なのだ。
さすがにさほどの実力者には見えないが……他の個別の神々の神官に、こんな見目麗しい神官がいたとは!
(これは正直、美貌の無駄遣いだな。こういう乙女は、ベルザーグ様の神殿に置いてこそ映えるものだろうに……いや、実際にいたら、それはそれで気になるが)
創造主ベルザーグ一筋の彼女は、失礼なことにそんなことを考えていた。
ただこれは、ヴァレリーが「そもそも大陸の他の場所で、ベルザーグ様の信徒をほぼ見たことがないし、神殿もないぞっ」という、自分の知る既成事実が根底にある。
彼女は日頃から、人間世界を見渡しても創造神様の神殿すらない現状を密かに憤り、自分が帝国西部を任された後で、巨大神殿をぶっ建てるつもりでいたほどである。
ちなみに、まだベルザーグさえ知らないが、魔族が拠点とする大峡谷の最深部には、ちゃんと創造神の神殿がある。
むしろ、他の神々の神殿が皆無というていたらく。
世界の大方の場所とは、正反対の有様だった。
……とにかく、入るなり驚きに打たれていたヴァレリーは、「そ、そうだ。こんなところで突っ立っている場合ではないな」とようやく我に返り、足早に受け付けの机というか、テーブルまで足を運んだ。
足元で龍族の幼女が未だにまじまじと見上げているが、気にしないことにして、なるべく殊勝な声を出す。
ここでは間違ってもネガティブな印象を周囲に与えてはいけない……ヴァレリーはそう決意している。
ベルザーグ様が拠点とされる聖なる場所なのだから、当然のことだ。
もちろんヴァレリーも、ここで騒ぎを起こす気は微塵もない。他人に配慮し、笑顔を絶やさず、好印象を与えて絶対にここの所属にしてもらうのだ!
ヴァレリーは早速、やや引きつった笑顔で少年に話しかけた。
「あ、あの(よそ行きの声)……ワタクシ、このギルドにぜひとも所属したくたくっ――」
あああっ、しゃべる内容まで考えておいたのに、棒読み口調の上、つっかえた!
なにが「したくたく」だ、馬鹿な私っ。
慌てて言い直そうと口を開くと、少年が呆れたように先に述べた。
「……ヴァレリー様、こんなところでなにをされているんですか?」
な、なんでバレてるのっ!?
ヴァレリーはまたしても固まってしまった。




