根拠X
季節は秋にさしかかろうとしていた。
メーゼンブルクの秋は短く、あっというに冬がやって来る。その短い間に新しい赤色を探さないといけない。
しかも、リッツジェルド兄妹が見つける物より増幅作用が大きい赤色を、である。
ある晴れた日の午後、講義を受けるために街の中を歩いていると、とある民家の窓に飾られた赤い花を見つけた。その赤色はとても鮮やかだった。
そこで『番外の緋』を試してみた。
結果はハズレだった。
翌日は曇りだった。
昨日と同じ民家には昨日と同じ赤い花が飾られていた。
だが、その赤色はくすんだ色合いで、昨日のような鮮やかさがない。
何でだろう? と思ってみて、すぐに答えに思い当たった。
昨日と今日では天気が違う。
晴れていた昨日は陽の光が強かったのに対して、曇りの今日は光が弱い。
だから、色の見え方も違う。
当たり前と言えば当たり前のことだ。
そこに至ってユーナは、はた、と思い当たった。
赤色の見え方が陽の光によって違ってくるのなら、その持力増幅作用も違ってくるのではないか。
『自分の赤』は、本人にとって最も持力増幅が大きい赤色のことである。だから、どんな状況下でも同じ色合いの赤でなければ、同じ効力は発揮されないと考えるべきだ。
つまり、『自分の赤』の物質を携帯していたからと言って、天候などに左右されてしまえば、いつでも同じ持力増幅作用を得られるとは限らない。
使いどころがかなり制限されることになる。
そんなものが、昼夜問わず、天気にも関係なく行われる呪猟に役立つとは思えない。
ディトーに騙されたのか? とも思ったが、ディトーがそんなことをして何の利益があるのか判らない。
ユーナは『赤色探し』が『伝説の課題』の1つのであることを思い出した。
そもそもが一筋縄でいくような課題ではないのだ。『赤色探し』が『遂行不能課題』であるなら話は別だが、それは『幽体捕縛』の時にも思ったことだ。
必ず、何かしらの抜け道が存在しているはず。
クリスにもリーズ寮に来てもらう道すがら、ユーナは自分が至った『赤色』に関する考えを聞いてもらった。
「言われてみれば、そうですよね」
クリスはさほど驚いたようでもなく、悔しがるでもなく、唇に人差し指を当てて考える仕草をした。逆に、
「どういうことなんでしょう?」
と聞き返された。
ユーナもクリスに答えを求めていた訳ではない。事情を知ってもらった上で、アンナに助言を請うつもりだった。
リーズ寮に到着すると、階段を上がってアンナの部屋のドアをノックする。
少しだけ間を置いて、ドアが開くと、アンナが姿を見せた。
「ちょっと相談があって……」
アンナはこくりと頷いて、ユーナ達を中へ導いた。
久しぶりに入ったアンナの部屋は、相変わらず雑然していた。と言っても散らかっているのではなく、棚に入りきらない書籍がテーブルや椅子の上、床などに積み上げられているのでそんな印象を受ける。
従って、座る場所がない。
ベッドに、ユーナを真ん中にして3人並んで座ることにした。
「さて」とユーナはクリスにも話した内容をアンナにも伝えた。アンナは相づちをうちながらユーナの説明を聞いた。
「結論から申し上げますと、陽の光などで色合いが変わったとしても、赤色の持力増幅作用に変化は起こりません」
「どう言う理由でそうなるの?」
「それは……よく判っていません」
「へ?」
アンナから『判らない』という言葉が出てくることを全く想定していなかったユーナは面食らうことになった。
「誰も研究していないのですか?」とクリス。
「『赤色師』の研究課題の1つに上がっていますが、結論は出ていません」
「アンナは意見を持ってないの?」
アンナなら、何か考えがあってもおかしくない。
ユーナの質問にアンナは首を振る。しかし付け加えて言った。
「一応、現在までに定説になっているのは、光の側が問題なのではなく、赤色を発する物質の側に何かしらの理由があるのだろう、と言われています。これは『根拠X』と呼称され、赤色学では永代課題として扱われています」
「講義で聴いたことがないんだけど?」
うんうんとクリスも頷く。
ユーナもクリスも『赤色学』を受講している。
「『根拠X』は赤色学上、最大級の課題ですし、館生に教えるまでは至らないのではないでしょうか」
と言う割に、同じ館生のアンナは『根拠X』の存在を知っている。
まあ、『アンナだから』という一言で納得できそうな話だと思い、ユーナは納得することにした。
とにもかくにも、『根拠X』とやらのお陰で、これまでの『赤色探し』の苦労が無駄になることはなくなった。
そして、今後も探し続ける価値があることが判った。
自分の心配が杞憂だと判り、ユーナはほっとした。
ユーナとクリスはアンナに礼を言ってその部屋を後にした。




