戦闘と呼べない一方的な展開
黒井天輝は夢を見ていた。
別段何もおかしなことではない。
彼は意識があるのに動けない人間であったからだ。
原因は飲酒運転をしていた男が運転していた軽自動車に撥ねられたため。
運悪く脳内を損傷してしまった彼は齢16歳という若さで寝たきりの生活を送らねばならなかった。
そのことに関して彼は心で泣き絶望した。
しかし絶望したのは彼だけでは無かった。
突然の息子の事故は親の心に修復不可能な傷を残す。
そしてその傷は黒井天輝の死因となるほど、親の精神を激しく蝕んだ。
その手で息子の首を絞めて殺してしまうほどに。
こうして黒井天輝の人生は一人の無責任な人間の手によって歪められた。
愛されていた家族の手により冥府へと誘われる。
そのはずだった。
黒井天輝は夢を見ていた。
それはどこか遠い世界の風景。
あまり科学的な文明は進んでいるとは言えないが魔法という地球に無い技術がある不思議な世界。
人は武術と戦術と魔法を駆使して魔物と戦い、ときに人間同士で諍いを起こしてその武力で解決し、何千何万の人を戦争の際大規模な魔法で殺す。
ときにはぐれ悪魔やはぐれ魔人によって村や都市が滅ぼされたりする。
冒険者が偶然古龍の死骸を見つけて巨万の富を得たりする。
飛竜が隊列を組んで万を超える人間の兵士を相手に戦闘する。
あるいは英雄が笑いながら倒した魔王の城の前で仲間と共に酒を飲む。
そんな希望と絶望に溢れた世界。
現実で動けない黒井天輝にとって夢もまた現実の一つであった。
黒く塗りつぶされた現実と血の光が舞う夢の世界。
いつしか黒井天輝はどちらが現実が分からなくなっていく。
そして現実の命が途切れたとき、黒井天輝の魂は夢の世界に導かれた。
一人の若き天才の手によって。
「おいおい、まさか本当に来られるなんてな」
そんなことを呟きながら黒井天輝は燃える都市の地面の上で仁王立ちする。
しかしその姿は五歳児が格好つけているだけにしか見えず非常に微笑ましい姿のはずなのに、人という存在の概念を壊すほどの濃密な魔力の波動の余波が天輝の体を何倍もの大きさの人間と同じくらいの存在感を出させていた。
「そしてお前が俺の最初の敵って訳だな!エヴリス皇国の女将軍!」
びしっと音が立ちそうな感じで格好つけながらぷにぷにのお手々の指を伸ばして倒れたまま呆然と天輝を見る女将軍に突きつける。
そこで初めて天輝は伸ばした手という自分の体の一部を見る。
絶望と欲望の声が渦巻く都市のど真ん中で沈黙と静寂が訪れる。
天輝の目が手から腕、腕から腹、そして近すぎる地面が見える足へと移る。
そして伸ばしていた手はぷにぷにのお腹へと当てられた。
「な、なんじゃこりゃああああっ!」
目を剥き、腹から血が出そうなほど大声で叫ぶ残念な黒井天輝。
ようやく天輝は自分が五歳児の体型で生まれたことに気が付いた。
「なんでこんなにちっさくなってんだ!あれか?生まれ変わったからとでも言うのか?それなら普通赤ん坊からだろ!五歳児からとか誰得だよ!ショタコンしか喜ばないよ!」
自分の残念すぎる体型に喚くことしかしない天輝。
あまりに滑稽過ぎるその様子に呆然としていた女将軍は立ち上がり剣を構えた。
「……くだらない。何が悪魔だ。ただの人間の小僧など、そこらの魔物にも劣る。傾国の神児に召喚され、莫大な魔力を持っていたからなどと私は……」
ギラリと剣呑な光が女将軍の瞳に宿る。
「お?」
その空気が変わった様子に気付いた天輝は喚くのを辞める。
その数瞬の間に女将軍は天輝の間近に接近していた。
「なん……へぶっ!」
容赦なく持っていた剣で切り付ける。
それも一回だけじゃない。
何度も。
何度でも。
「ぐっ!ごほっ?ちょっ。あべっ!」
その命が消える去ると確信するまで。
しかしその時は訪れない。
その手に返ってくる手ごたえは鉄よりもはるかに硬い金属を切り付けるような感覚のみ。
「ただの漏れ出す魔力の余波が魔導障壁並だと?言動といい姿といいふざけた存在だな!」
天輝は成す術なく地面に叩きつけられたり空中に叩き上げられては壁か地面に叩きつけられるのを繰り返される。
あまりのウェイトの違いによる攻撃にサンドバックにしかなっていない。
「ちょっ。ぶふっ!ま……がほっ!待っ…ちやがれこのくそったれがああああっ!」
「ちいっ!」
天輝が怒って叫ぶと同時にその小さな体から異常な量の魔力が吹きだす。
その魔力のいきなり濃くなった濃度と勢いによって女将軍は弾き飛ばされ距離を取らされた。
「人をボールみたいにぺちぺち叩いて弾きやがって!てめえなんざ戦うほどの価値も無いってか!ふざけんなこらああああっ!」
「ぺ、ぺちぺちだと……」
女将軍は天輝を殺すために全力で切りかかっていた。
己の剣技を持ってして。
しかしそれは剣技のみで本当の意味での全力ではない。
桁はずれの防御力のせいで徴発されたと勘違いした天輝は女将軍を言葉で徴発する。
女将軍の体から天使の羽のような洗練された魔力が吹き荒れる。
大量の粉のように舞う天輝の魔力とは経験と年期の差を感じさせる光だ。
「舐めるなよ小僧!」
「黙れよ殺戮天使っ!その良く切れるナイフみたいな顔を天使らしく可愛くしてから出直して来やがれ!じゃないとっ!」
光り輝きながら走ってくる女将軍を今度はしっかりと視界で認知しながら天輝は小さな体でファイティングポーズを取る。
「エヴリス皇国十階将軍九位イルティナ・メテウ参る!」
「俺の夢らしくないだろうがっっ!」
天才と異常が激突する。




