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天才と天才と異常

高くそびえる塔。

通り抜ける風に揺られる家と家の間にある洗濯物。

整備された道に煉瓦っぽい人工の石作りの家。

他の村より安定した都市とさえ言える文化を育む場所。

笑い声の絶えない明るい街。


いつもならば。


いつも通りであったなら。


「ぐあ!ぎゃああああっ」

「嫌!嫌ああーーっ!」

「ママああ……」

槍に胸を貫かれ断末魔を上げる男。

敵に犯され悲鳴を上げる女。

突然止まり、それっきり聞こえなくなる子供の泣き声。


都市は炎に包まれていた。

赤や紅蓮などといった生易しい色の炎ではない。

もくもくと立ち昇る黒い煙と今にも雷と豪雨が降りそうな黒い雲と混ざった赤は地獄の色をこの世に再現している。


町は外敵に攻められていた。

交流都市であったこの町は所属国の端に位置する。

すなわち、隣国の目と鼻の先であった。

栄える場所には金と物と人が集まる。

そうなれば狙われるのは、至極当然のことなのだ。


この世界でなら。


例え敵国の指揮官が僅か五歳の少年に足止めされそれ以上前に進めないことすらも。



この世界にも数多くの天才がいる。

女将軍の年齢は二十歳を超えているがそれでも若く、彼女もまた優れた存在であることは明白だ。

もちろんそんな優れて世間的には天才と称される彼女を止めることができる五歳児が三人もいるはずがないが十歳児にまでに広げれば十人を超えるそれなりの数に増えるだろう。


「これが本当の天才と言う奴か」


冷めた目で見下すように前を見る女。

その女こそ今回ルドリスという都市を攻めた皇国の女将軍。

金と白を使って装飾されたその装備はその容姿とも相まって天使という姿に相応しいが、その手に持つ細身の剣は血に濡れており、その瞳は死神のように温度が無い。

しかしその女将軍の目の前に立つ一人の少年は荒い息を吐いているものの傷一つ負っていない。


「もう……諦めて」


少年の限界が近いのだろう。

荒い呼吸を繰り返しながら言葉を紡いでいる。

そんな少年の周囲には少年が倒したであろう皇国の兵士が山を作るように意識を失って積み上がっていた。

そして体の付近には少年の体を気遣うように色取り取りの光が舞っているがそのどれもが弱弱しい光しか発していない。


「馬鹿を言うな。お前は限界が近い。だが私はまだ戦えて手駒もいる。退く通りなど欠片も無い」


ひゅんっと風を切るように剣を振るって血を落とす女将軍。

全く戦意が衰えないその様子に少年は諦めたように溜め息を吐いた。


「お父さんやお兄ちゃんが来るまで頑張ってみたけど、僕じゃもう無理みたい。仕方ないよね。うん。ごめんね」


俯きながら呟かれる少年の言葉。

それはまるで誰かと喋っているようでその声は女将軍にも届いていた。


「お前何を言って……っ」


諦めたのかと思って傍観していた女将軍の声が突如として止まる。

少年の身に纏う雰囲気が刻一刻と変わっていく。

それは見た目からも顕著で鮮やかな金髪だった少年の髪が年老いた老人のように白くなっていき、肌がかさかさに乾燥していく。

少年は明らかに命を削っていた。

僅か五歳にしての凄まじい覚悟と本来なら何十年もの間続くはずの人生の生命力をかけて。

無尽蔵とも錯覚しそうなほどの魔力が少年を中心に巻き起こる。


「生贄召喚っ!しかしこの魔力量は……まさか」


傍からみたら滑稽なほど表情を歪ませて女は驚き、蒼白となり、そして叫ぶ。


「神降ろしかっ!」

「ありがとう。ごめんね。さようなら」


自らを主と崇めてくれた高位精霊と会話しながらミイラを通り越し全身が砂となっていく少年。

なのに砂は崩れることなく人の形を保ったまま。


不意に空気の流れが変わる。


内から外。

それが外から内へ。

荒々しい魔力を吹きだしていたはずが突如として全てを飲み込むように砂の体が周囲を食らっていく。

魔力も、家も、兵士も、死体も、空気も、地面もあらゆる全てを飲み込んだ砂の体は黒く発光しクレーターのように凹んだ地面に浮かぶようにして立っている足元に巨大な魔法陣を出現させる。


剣を地面に突き立て必死に踏ん張りながらそれを見た女将軍はますます顔色が悪くなる。


「どういうことだっ!なぜあんな小僧がこれほどまでの力をっ!世界が……世界が滅ぶぞ!」


それは全種類の精霊と数多くの高位精霊と契約を結んだ存在にしかできない秘儀。

この世界では神にしか許されない所業を五歳の男児がやってのける異様。

そして呼び出される存在は姿を見せていない今の段階でも神聖な神とは程遠い禍々しい空気を辺りに散らしている。


「まさか……あれが来るというのか」


かつて世界を二度暗き闇に包まんとした混沌の軍勢。

一度目は99体の化け物。

二度目は666体の化け物。

その化け物達に対抗するため、世界は抗体を作ろうと強い者を生むと言われている。

それはこの世界の暗黒時代の幕開けが近いことを意味している。


「侵略どころの話では無い!急いで国に知らせなければ……がっ!」


女将軍が動こうとしたその瞬間魔法陣が強力な光を発生させ魔力を爆発させる。

爆風によって動きを制限され、地面に倒される。

魔法陣の下にあった地面が奇怪な音を立てながらさらにひしゃげてクレーターを拡大させる。

そしてその中から現れる人影。

黒い光を放ちながら現れるその姿は黒という印象をさらに強く髣髴させる。


依代が五歳児の少年だったためか体は五歳児のまま。

しかし髪は黒色で瞳も黒。

金色の縁と紐とボタンが付いた黒い服を上下に纏っており、高貴な雰囲気がある。

その表情はいかにも不機嫌そうで鋭い切れ目の上にある黒い眉毛も尖っていて眉間には皺が寄っている。

その体から噴き出る規格外の魔力とも合わさって圧倒的な雰囲気で黒い少年は降臨した。


「……悪魔」


ポツリと呟いた女将軍の言葉。

それはもちろんこの世界の言語で呟かれた言葉。

その言葉に反応した悪魔と呼ばれた少年は黒い毛を逆立てながら日本語で吠えた。


「誰が悪魔だっ!地獄に落とすぞ!」


くしくもそれがこの世界で初めて人が神降ろしを成功させ、でたらめな存在として異世界に転生した黒井天輝の第一声であった。

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