第9話「旅立ちの朝」
アルナ村に、静かな朝が訪れていた。
昨夜まで燃え盛っていた炎は消え、黒く焦げた家々の残骸から灰の煙が細く立ちのぼっている。
折れた柵、焼けた畑、崩れた井戸。
村のあちこちに戦いの爪痕が残っていた。
だが、人々は立ち尽くしてはいなかった。
倒れた柱をどかし、使える木材を集め、水桶を運び、家畜を探す。
誰もが疲れ切った顔をしているのに、その手は止まらない。
生き残った者の朝だった。
ノアは広場の大樹の根元に腰を下ろし、その光景を見つめていた。
包帯を巻かれた右肩がずきずきと痛む。
昨夜、アーク・ギガントと共にノアの体にも相当な負荷がかかったらしい。
眠ったはずなのに、身体は鉛のように重かった。
それでも、心だけは妙に澄んでいた。
「起きてたの?」
声とともに、木の皿が差し出される。
ミリアだった。
湯気の立つ粥に、細かく刻んだ干し肉が入っている。
「ほら食べて、病人さん」
「誰が病人だよ」
「歩くとふらつくくせに」
「……なんで見てたのさ」
ノアが受け取ると、ミリアは満足そうに鼻を鳴らした。
二人でしばらく無言のまま、朝の村を見つめる。
やがてノアが口を開いた。
「ごめん」
「何が?」
「村を守るって言って……守りきれなかった」
焼け落ちた家々へ視線を向ける。
もっと強ければ。
もっと早く思い出していれば。
そんな後悔はいくらでも浮かんだ。
だがミリアは、あっさりと言った。
「守ったじゃん」
「え?」
「みんな生きてる」
ノアは言葉を失う。
「家なんてまた建てればいい。畑だってやり直せる。そりゃちょっと怪我した人だっているけど……みんなちゃんと生きてる」
ミリアは粥をかき込みながら続けた。
「あなたが、守ったんだよ。この村を」
その声音は、いつもの軽さのままだった。
けれど今のノアの胸には、それが優しく沁みていった。
広場の中央では、村長ガラムが村人たちを集めていた。
「聞け!」
杖で地面を叩く。
「ここは一度捨てる!」
ざわめきが走る。
「今の村は住める状態じゃねえ。西の峡谷を越えた旧牧草地に仮の集落を作る。若い衆は資材運び、女衆は炊き出し、年寄りは子どもを見守れ!」
誰かが不安げに問う。
「ここへは、戻れますか」
ガラムは焼け跡を見渡し、深く息を吐いた。
「戻るさ」
その声は揺るがなかった。
「だがな、アルナ村は土地の名前じゃねえ。俺たちがいる場所が、アルナ村だ」
村人たちの表情に、少しずつ力が戻っていく。
ノアはその背中を見つめ、心の底から思った。
この人たちは強い。
目の前であれほどの脅威が迫り、住み慣れた家を焼け出されたというのに。
王国の兵でも騎士でもない。ただ土を耕して生きてきた人たちなのに。
その生きる強さは、ノアにとって眩しい希望だった。
その後、ノアは焼け跡の外れへ向かった。
そこには、膝をついたまま沈黙するアーク・ギガントがいた。
蒼い瞳は輝きを失い、胸部装甲も半ば開いたまま。
巨体には無数の傷跡が走り、昨夜の戦いの激しさを物語っている。
「……ありがとう、アーク・ギガント」
ノアが装甲に手を触れると、冷たい金属の奥で微かな振動が返ってきた。
次の瞬間。
胸部内部の光板がぼんやりと点灯する。
――認証を確認。
――待機態勢、継続中。
「生きてる……?」
――機体損傷率62%。
――損傷解析、依然継続中。
ノアは苦笑した。
「ずいぶん機械っぽい言い方だね」
少し間があって、表示が変わる。
――おかえりなさいませ、ノア王子。
思わず息が止まる。
ただの機械音声のはずなのに、不思議と胸に残る響きだった。
「……"王子"はやめてよ」
――了解しました。ノア。
ノアはしばらくアーク・ギガントを眺め、静かに微笑んだ。
昼過ぎ、旅立ちの準備は整った。
ノアは村人たちから寄せ集めた旅装を身につけていた。
丈夫な革の外套、背嚢、水袋、護身用の剣。
どれも使い込まれているが、手入れが行き届いている。
「ほれ」
ガラムが差し出したのは、一枚の古びた地図だった。
「山向こうの古道まで描いてある。ちと古いが、まぁ使えるだろう」
「こんな大事なものを」
「こっちは行き先が決まってるんだ。古い地図なんて必要ねえよ」
そう言いながら、少し朗らかに笑う。
「古道を抜けた先に、工業で栄えた街がある。お前さんの知りたいもんも、そこに転がってるかもしれねえ」
ノアは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
ふん、と鼻を鳴らしてガラムは答えた。
「礼は生きて帰ってから言え」
そして、当然のようにミリアが荷袋を背負って立っていた。
「じゃ、行こっか」
「行こっか、じゃないよ」
「何?」
「なんで準備万端なんだよ」
「だって行くって言ったでしょ」
「却下」
「却下却下!」
ミリアは腰に手を当てる。
「私は森の道も獣の習性も知ってる。料理もできる。地図も読める。ノアは一人で何ができるの?」
ノアは少し考えた。
「……巨人に乗れる」
「それ以外!」
「……ない」
「でしょ?」
勝ち誇るミリアに、ノアは頭を抱えた。
すると村人たちが口々に囃し立てる。
「連れてけ連れてけ!」
「一人じゃ死ぬぞ坊主!」
「ミリアなら安心だ!」
「なんでみんなそっち側なんだ……」
助けを求めるようにガラムを見る。ガラムはふんと鼻を鳴らした。
「このバカ孫を頼むぞ、ノア」
「えっ?私が面倒見られる側!?」
「お前が見られる側だ!」
広場に笑い声が起きる。
焼け跡の村で、久しぶりの明るい声だった。
村の外れ。
振り返れば、壊れた家々と、再び立ち上がろうとする人々の姿。
ノアは胸に手を当てた。
ここは、自分が目覚めた場所だ。
王宮でも遺跡でもなく、辺境の小さな村。
けれど確かに、自分の始まりの場所だった。
「行こう」
ミリアが先に歩き出す。
ノアも頷き、その隣へ並ぶ。
――遠隔護衛機能、限定起動。
――低速追従方式にて随伴。
アーク・ギガントは、軋むような駆動音を響かせながら、一定の距離を保って後方を歩き始めた。
「あれ? 乗っていかないんだ?」
ミリアが首を傾げる。
「操縦席は一人乗りだからね。手に乗せて運ぶこともできなくはないけど……危ないし、目立つし」
「それはそれでちょっと楽しそう」
「だめ」
ノアが即答すると、ミリアは少し頬を膨らませた。
その背後で、アーク・ギガントが一定の距離を保ったまま、ゆっくりと二人についてくる。
ミリアは振り返り、巨大な蒼い機兵を見上げた。
「そっか。自分でついてきてくれるなんて、いい子だね」
「……いい子って」
ノアは思わず苦笑した。
だが、不思議とその言い方は嫌ではなかった。
背後から、村人たちの声が飛んだ。
「また帰ってこいよ!」
「次は家を建てるの手伝え!」
「もし記憶が全部戻っても、この村のこと忘れんなよ!」
ノアとミリアは振り返り、笑った。
「行ってきます!」
「みんなまたねー!」
歓声が上がる。
村が新たな一日を迎える中、二人は朝の光の中へ歩き出した。
第一章 了
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




