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第31話「西の港町」

王都アステリアは、静かに息を吹き返しつつあった。


白の塔――中央管制塔〈ルクス・スパイア〉から広がる蒼白い導光は、眠っていた街路を少しずつ照らし始めている。


砕けた噴水には、細い水筋が戻りつつあった。

閉ざされていた門のいくつかは開き、王都防衛機兵団が白い石畳の上を規則正しく巡回している。


だが、それでも王都はまだ完全に目覚めたわけではなかった。


崩れた塔。

砂に埋もれた庭園。

封鎖された地下区画。

深層に残る、正体の知れない封印領域。


王都は目覚めた。

けれど、まだ人々を迎え入れられる都市ではない。


ルナはそう判断し、王都アステリアを当面のあいだ制限区域として管理することを決めた。


立ち入りを許されるのは、王統認証を受けたノア。

その同行者であるミリア。

そして王都防衛機兵団。


王都は、未来に開かれるべき場所として残された。


その未来へ進むため、ノアたちは次の目的地へ向かうことになった。


港町リヴァリア。


アーク・ギガントが本来到達するはずだった、王国第四避難施設。

その手がかりが眠っているかもしれない場所だった。


白の塔の下層格納区画。


ノアは旅支度を整えながら、目の前に浮かぶ小さな光を見つめていた。

蒼白い光の粒が集まり、手のひらほどの少女の姿を形作っている。


白銀の髪。

淡い蒼の瞳。

月光を編んだような薄衣。


ルナだった。


ただし、今のルナは王都深層で出会ったときのような人間大の姿ではない。

ミリアの掌の上に乗るほど小さな投影体である。


その光の元になっているのは、ミリアが首から下げた白銀の小さな端末だった。

丸みを帯びた月盤のような形をしており、表面には細い導光線が幾重にも走っている。


その名を、『携帯導光端末』という。

ルナが王都を離れずに外部へ同行するための端末だった。


「うわぁ、ほんとにちっちゃいルナだ……!」


ミリアが目を輝かせる。


「かわいい……!」


ルナは少しだけ首を傾げた。


『可愛さは機能要件に含まれていません』

「でもかわいい!」

『そうですか』


ルナはほんのわずか、困ったように瞬きをした。

その仕草が妙に人間らしくて、ノアは思わず苦笑する。


「王都の管理は大丈夫なの?」

『はい』


ルナは小さな身体で、いつも通り丁寧に一礼した。


『本体機能は王都中央中枢に残しています。この投影体は携帯導光端末を通じた外部支援用です。王都の復旧、制限区域管理、深層封印領域の監視は継続されます』

「……つまり?」


ミリアがノアの方を見る。

ノアも全て理解できている自信がなかったが、答えた。


「ルナは王都にいながら、こっちにも一緒に来られるってことかな」

『その理解で問題ありません。ただし通信状況により、投影安定性が低下する場合があります。また、物理的干渉はできません』

「じゃあ、触れないの?」


ミリアがそっと指を伸ばす。

指先はルナの小さな肩をすり抜け、蒼白い光がふわりと揺れた。


「わ、ほんとだ」

『投影体ですので』

「じゃあ、転びそうになっても助けてもらえないんだね」

『転ばないでください』

「正論!」


ミリアが笑う。

そのやり取りを見ていると、王都での死闘が少し遠い出来事のように感じられた。

だが、ノアの胸の奥にはまだ重いものが残っている。


アウレリウス。

ヴァル・レガリア。

父レオニス王。


そして、深層で反応した全能統治人格〈ステラ・デルミナ〉。


王都を取り戻した。

しかし、分からないことは増えた。

だからこそ、リヴァリアへ行く必要がある。


アーク・ギガントの本来の任務。

王国第四避難施設。

王都陥落の記録。

そこに、何かが残っているかもしれない。


ノアが考え込んでいると、ミリアがふいに顔を覗き込んできた。


「ノア、難しい顔してる」

「え?」

「リヴァリアに行く前からそんな顔してたら、港の魚も逃げちゃうよ」

「魚は顔で逃げないと思うけど……」

「分かんないよ。すごく感受性豊かな魚かも」


ノアは思わず笑った。

その横で、ルナが真面目に言う。


『リヴァリア近海に、高度な感情認識能力がある魚類の情報は確認できません』

「真面目に調べなくていいから!」


ミリアが慌てる。


ルナはまた首を傾げた。

その姿を見て、ノアの肩の力が少し抜ける。

するとミリアが、ふと思いついたように手を打った。


「あ、そうだ。ルナ」

『はい、ミリア様』

「その“様”って、やめない?」


ルナが瞬きをする。


『……敬称を略する、という意味でしょうか』

「うん。私のことはミリアでいいよ。ノアも、ノアでいいよね?」


ノアは突然振られて少し戸惑ったが、すぐに答えた。


「うん、僕も呼び捨ての方が馴染みやすいかな」


アークもそうしてるし、と続けたノア。

ルナは小さな身体のまま、真剣な顔で考え込んだ。


『王統継承者に対する呼称としては、不適切かと』

「でもノアは気にしないよね?」


ミリアがじっと見てくる。

ノアは苦笑した。


「うん。気にしないよ」

『ノア様がそう仰るのであれば』

「ほら、今!」


ミリアが指を差す。


ルナはわずかに固まった。

そして、ゆっくりとノアを見上げる。


『……ノア』


たった二文字。

けれどルナにとっては、大きな処理変更だったらしい。

少し間を置いて、今度はミリアを見る。


『……ミリア』


ミリアの顔がぱっと明るくなる。


「うん! いい! すごくいい!」

『呼称変更を確認しました』

「ちょっと硬いけど、まあよし!」


ノアも小さく頷く。


「ありがとう、ルナ」


ルナは静かに目を伏せた。


『はい、ノア』


その呼び方は少しぎこちなかった。

けれど、不思議と温かかった。


こうして、ノアたちは王都アステリアを出発した。


アーク・ギガントはまだ完全ではない。

先の王都の戦いで受けた損傷は大きく、ルナと王都防衛機兵団による応急修復を受けたものの、全機能が戻ったわけではなかった。


それでも、歩ける。

戦える。

ノアを守れる。


アーク・ギガントは王都の外郭門を出ると、サンドランナーを牽引する形で砂海へ向かった。


ミリアはサンドランナーの荷台で、携帯導光端末を膝の上に置いている。

手のひらサイズのルナが、その上にちょこんと立っていた。


『西方ルートを表示します』


ルナが手をかざすと、空中に淡い光の地図が浮かび上がる。


白の都アステリア。

広がる砂海。

その先に続く岩の荒野。

さらに西、海辺の街を示す小さな光点。


リヴァリア。


「ここからだと、遠いね」


ミリアが地図を覗き込む。


「はい。ですが、王都浮航艇による移動は推奨できません」

「どうして?」

『王都の浮航艇は現在、王都周辺の警戒と復旧物資の移送に使用しています。また、外部に王都技術を目立たせることは危険です』

「なるほど……目立つもんね、あれ」

『はい。非常に目立ちます』


ノアはアーク・ギガントの操縦席から外の景色を見ていた。

王都の周囲はまた、砂漠に覆われていた。


王都の水利管理と環境制御が再起動したとはいえ、周辺の砂海が一夜で緑へ戻るわけではない。

風は熱く、砂は細かく、遠くでは砂嵐が薄い壁のように揺れている。


王都は目覚めた。

だが、世界はまだ変わっていない。

変えるには、時間が必要だった。


数日をかけて砂海を抜けると、景色は少しずつ変わっていった。


果てしない砂丘は、やがて黄土の荒野へ。

乾いた岩場には、低い草がまばらに生え始める。

風の匂いも変わった。


砂の匂いの奥に、どこか湿ったものが混じる。

ミリアが鼻をひくひくさせた。


「……なんか、匂いが違う」

「海が近いのかも」


ノアが言うと、ミリアは目を輝かせた。


「海!」

「見たことある?」

「ない!」


即答だった。


「アルナ村は森と野原ばっかりだったし、フェルグラードも内陸だったし。海って、ほんとに地面より広い水なんでしょ?」

「多分」

「多分!?」

「僕も記憶があいまいだから……」

「王子様なのに!」

「それ、最近よく言うね」


ルナが淡々と補足する。


「海とは、地表に広がる大規模塩水域を指します。リヴァリアは西方沿岸部に位置する港町です」

「塩水なの?」


ミリアが驚く。


『はい』

「飲めないじゃん!」

『はい、飲用には適しません』

「いっぱい水があるのに……」


ミリアは深刻そうな顔で考え込んだ。

ノアは少し笑いながら、前方を見た。


やがて、風が変わる。


湿った風。

潮の匂い。

遠くから聞こえる、低く絶え間ない音。


波の音だった。


荒野の向こうに、青が見えた。


空とは違う青。

揺れ、光を弾き、どこまでも広がっている。


海。


ミリアは言葉を失っていた。


「……すごい」


それだけを呟く。

サンドランナーの上で身を乗り出し、目を見開く。


「ほんとに……地面より広い水だ……」


西の空に傾き始めた陽光が、海面を金色に照らしている。

波は幾重にも重なり、遠くで白く砕けていた。


その海を背に、港町リヴァリアが広がっている。


白い石造りの建物。

赤茶けた屋根。

港に並ぶ帆船と蒸気船。

荷揚げ用の大型重機。

その足元を走る作業員たち。


そして、街の中央にそびえる巨大な円形の構造物。


石と鉄骨で組まれたその建造物は、港町のどこにいても見えそうなほど大きかった。

外壁には色とりどりの旗が飾られ、人々の歓声が遠くからでも聞こえてくる。


ミリアが目を丸くした。


「なにあれ!?」


ルナが即座に答える。


『円形闘技場と推定されます』

「なにそれ!?」

『主に人同士の格闘技や獣との決闘を鑑賞するための競技施設です』


街の入り口に近づくと、港町の喧騒が一気に押し寄せてきた。


魚を売る声。

荷車を引く音。

蒸気機関の笛。

子どもたちの笑い声。

旅人を呼び込む宿屋の主人。

海鳥の鳴き声。


フェルグラードとは違う賑やかさだった。

フェルグラードが鉄と蒸気と工房の街なら、リヴァリアは潮風と商売と祭りの街だ。

ミリアは目を輝かせっぱなしだった。


「ノア、あっちの魚! すごい大きい!」

「うん」

「こっちは貝! なんか動いてる!」

「うん」

「あれ何!? 煙吐いてる船!」

「蒸気船じゃないかな」

「乗りたい!」

「目的を忘れないでね」

「忘れてない! でも乗りたい!」


ノアは苦笑する。


一方、ルナは携帯導光端末の上で周囲を見回していた。


「現代の港湾都市としては、比較的大規模です。蒸気機関の普及率も高いようです」

「フェルグラードとは違う?」


ノアが尋ねる。


「はい。フェルグラードは工房都市としての性格が強く、リヴァリアは物流と興行を中心に発展しているようです」


「興行?」


その時、近くを通りかかった少年たちが大声で叫んだ。


「明日のギア・コンチェルト、絶対見に行こーぜ!」

「今年も『黒鉄のゴルド』が優勝間違いなしだよ!」

「港湾組合の新型ギアもめちゃくちゃ強いって話だぜ!」


ミリアがぴくりと反応する。


「ギア……コンチェルト?」


ノアも聞き慣れない言葉に首を傾げた。

街角の掲示板には、大きな絵入りの告知が貼られている。

そこに描かれていたのは、二体の人型機械が円形闘技場でぶつかり合う姿だった。


アーク・ギガントよりはずっと小さい。

だが、人よりは遥かに大きい。


太い腕。

蒸気を吐く背部機関。

歯車と装甲板で組まれた、無骨な人型重機。


その横に、大きな文字が躍っていた。


――港町リヴァリア名物。

――人型重機闘技大会。

――ギア・コンチェルト開催。


「人型重機……?」


ノアが呟く。

ルナが掲示を読み取る。


「『ギア・ノード』と呼ばれる現代の人型土木機械のようです」

「ギア・ノード?」


「はい。蒸気機関、歯車駆動、機兵・機獣の遺物を組み合わせた重作業用機械と推定されます。本来用途は港湾作業、土木、荷役、瓦礫撤去など」


ミリアが目を輝かせる。


「それを戦わせるの!?」

「掲示内容から判断すると、そのようです」

「面白そう!」

「危なそうだけどね……」


ノアは掲示に描かれた機械を見つめる。


アーク・ギガントとはまるで違う。


あちらは旧文明の王統機兵。

星冠技術を用いた、今の時代では理解しきれない存在。


だが『ギア・ノード』は、現代の人々が自分たちの手で作った機械だ。


蒸気。

歯車。

機兵や機獣の残骸から採った素材。

工夫と経験。


そこには旧文明とは違う力があった。


「現代の人たちも……こういうものを作ってるんだね」


ノアが呟くと、ミリアが笑った。


「そりゃそうだよ。みんな、毎日生きてるんだから」


その言葉に、ノアは少しだけ胸を打たれた。


旧文明は滅びた。

王都は眠っていた。

自分は千八百年の時を越えて目覚めた。


けれど、この時代の人々は、ただ過去の影に怯えているだけではない。


今を生きている。

作っている。

騒いでいる。

笑っている。


リヴァリアの喧騒は、その証のようだった。

だが、彼らの目的は祭りではない。

ノアは掲示板から視線を外し、ルナを見る。


「まずは情報を探そう。第四避難施設のことを知っている人がいるかもしれない」

「はい」


ルナが頷く。


「王国第四避難施設は、記録上ではリヴァリア周辺に存在します。ただし、詳細座標は欠損しています」

「港町のどこかにあるってこと?」


ミリアが尋ねる。


「もしくは、現在の港町の地下、周辺の旧施設、または地形変動によって埋没した区域に存在する可能性があります」

「探す範囲、広っ!」

「はい。広いです」


ルナはあっさり肯定した。


ノアたちはまず、港の古い地図を扱う店や、街の歴史に詳しい老人、船乗りたちに話を聞いて回った。


だが、返ってくる答えはどれも似たようなものだった。


「第四避難施設? 聞いたことないな」


「旧王国の遺跡なら、内陸の禁足地の方じゃないか?」


「この辺りは港町だよ。昔から海と商売の街さ」


「古い地下区画? ああ、古い排水路ならあるけどな」


半日歩き回っても、確かな手がかりは得られなかった。

ミリアは露店で買った串焼きを片手に、少し疲れた顔をする。


「うーん、みんな知らないね」

「なにせ二千年近くも前の施設だからね……」


ノアも肩を落とす。


王都では、すべてが過去に繋がっていた。

だがリヴァリアは違う。


ここは現代の街だ。


人々は商売や祭りや日々の暮らしで忙しく、旧王国の避難施設など、遠い伝説にもなっていないらしい。


その時、ルナが静かに言った。


「追加情報を取得しました」

「何か分かった?」

「港の古い記録や地形伝承に詳しい人物として、医師レピオスの名が複数回挙がりました」

「お医者さん?」


ミリアが首を傾げる。


「はい。個人診療所を営む医師です。古い病、禁足地由来の症例、旧時代の地形についても知識があるようです」

「じゃあ、その人に会いに行こう」


ノアが頷く。


「はい」


ルナが地図を表示する。


街の中央の闘技場から少し離れた、港の裏通り。

そこに小さな光点が灯った。


「目的地を表示します」


ミリアは串焼きを食べ終えると、元気よく拳を握った。


「よし、診療所へ出発!」

「ミリア、口元にタレついてる」

「えっ、どこ!?」

「右」

「こっち?」

「逆」


ルナが淡々と補足する。


「正確には、口角右下、口輪筋付近です」

「逆にわからない!」


ノアはまた笑った。


港町リヴァリア。


海と蒸気と人々の熱気に満ちた街。

そこには、王都とは違う今の世界があった。


その喧騒の中にこそ求めるべき真実と謎があることを、ノアたちはまだ知らなかった。



――第32話へ続く

※おことわり

本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。

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