第27話「塔を駆ける者たち」
白の塔、最上層。
崩れた床の上で、蒼き巨人――アーク・ギガントは膝をついていた。
左腕部損壊。
胸部装甲大破。
各部駆動系に深刻な障害。
蒼い中枢光すら、今は弱々しく明滅している。
その前に立つのは、皇帝級機兵〈ヴァル・レガリア〉。
深紅の光を宿した王冠翼を背負い、処刑刃の切っ先を静かにこちらへ向けていた。
その中心に座す白金の機人――アウレリウスが、無感情の瞳で見下ろす。
「そこまでのようだな」
ノアは荒い息を吐きながら、両手に力を込める。
腕が震える。
身体が痛む。
視界が霞む。
それでも。
「ここまで、なのか……!」
ミリアが、落ちてしまった。
助けられなかった。
何も守れなかった。
また――すべて失うのか。
その時。
静かな機械音声が響いた。
――否定します。ノア。
ノアが顔を上げる。
アーク・ギガントだった。
弱々しくも、確かな声。
――優先護衛対象の観測を継続。
――ミリア・アルナは生存しています。
「……え……?」
蒼い光板に、小さな緑光点が灯る。
遥か下層。
確かに、生きている。
ノアの目に光が戻る。
「……生きてる……!」
胸の奥で、消えかけていた炎が再び灯る。
アーク・ギガントが続ける。
――操縦者精神波形、安定化。
――戦闘再開を推奨。
ノアが思わず笑う。
「推奨って……相変わらず冷静だね」
いつもの口調。
その変わらなさが、心を支える。
ノアは深く息を吸う。
「……行こう、アーク」
蒼い中枢が強く脈打つ。
――了解しました、ノア。
アーク・ギガントが軋む体を起こそうとする。
砕けた装甲が落ちる。
膝関節が悲鳴を上げる。
残った右腕が床を掴む。
それでも蒼き巨人は、再び立ち上がろうとしていた。
アウレリウスの瞳がわずかに細くなる。
「ほう、まだ立つか」
言葉とは裏腹に、その声には感心も憐れみもない。
ただ、処理すべき対象が想定より長く残存していることへの、冷たい確認だけがあった。
ヴァル・レガリアが巨装剣を構える。
深紅の導光が、装甲の隙間を脈打つ。
次の一撃が来れば、今度こそ終わるかもしれない。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
その瞬間だった。
塔全体が、どくん、と脈打った。
白い壁面を走る青白い光線。
失われていた蒼い光が、微かに蘇る。
アウレリウスが初めて僅かに顔を上げた。
「……?」
深紅の瞳が揺れる。
ヴァル・レガリア内部に、冷たい警告音が響く。
――未承認権限干渉。
――深層補助人格、再接続を確認。
――都市中枢領域に復旧反応。
アウレリウスの瞳が細くなる。
「誰だ」
その声は、初めて聞くアウレリウスの警戒を孕んだ声だった。
その頃。
中央下層部。
白い光の回廊を、ミリアが全力で走っていた。
「こっち!?」
『はい、そこを右です』
「次は!?」
『そちらを左です』
「忙しい!」
その隣を、淡い光の粒子を纏ったルナが滑るようについてくる。
壁面に触れるたび、ルナの指先から青白い光が走る。
封鎖されていた扉が、震えながら開く。
停止していた足場が、ぎこちなく動き出す。
時には、赤い警告光がその進行を阻むように走った。
そのたびに、ルナは小さく眉を寄せる。
『……権限干渉拒絶。迂回しましょう』
「うかい?」
『つまり、遠回りです』
「えぇー!?」
ミリアは息を切らしながら叫ぶ。
だが、その顔には恐怖だけではなく、確かな決意があった。
上ではノアが戦っている。
アークが傷ついている。
ならば、自分も走る。
ただそれだけだった。
「ルナ、まだ遠い!?」
『王座中枢まで、残り十二区画です』
「だいぶ遠かった!」
『ですが、あと一息です』
ルナが壁へ手をかざす。
蒼白い光が、複雑な紋様を描いて広がった。
『封鎖解除』
重い隔壁が開く。
その先には、螺旋状に上へ伸びる光の通路があった。
ミリアは思わず目を丸くする。
「すごい……ルナって魔法使いみたい」
『魔法ではないですが、やっていることは近いかもしれませんね』
その瞬間。
前方の通路天井が開いた。
白兵機兵、複数。
蒼ではなく、深紅の双眸。
敵だ。
剣を抜き、一斉にこちらを向く。
「ひゃっ……!」
ミリアが足を止める。
侵食機兵たちが滑るように迫る。
速い。
逃げる暇はない。
だが。
ルナが前へ出た。
たおやかに手を掲げる。
『防衛権限、再接続』
蒼白光が走る。
しかし、赤い警告光も同時に走った。
深紅と蒼白が、侵食機兵たちの瞳の中で激しく明滅する。
ルナの表情がわずかに強張る。
『……抵抗されています』
「ルナ! がんばって!」
ミリアが叫ぶ。
その声に、ルナの瞳が揺れた。
ルナはもう一歩前へ出る。
『王都防衛権限、限定復旧』
光が強まる。
次の瞬間。
侵食機兵たちの動きが、ぴたりと止まった。
深紅の瞳が消える。
代わりに、淡い蒼白の光が灯る。
そして、一斉に片膝をついた。
「えっ?」
ミリアが目を丸くする。
ルナが静かに告げる。
『権限の再認証に成功しました』
「つまり、味方になってくれた?」
『はい』
ミリアの顔がぱっと明るくなる。
「仲間が増えた!」
その言葉に、機兵たちの瞳が一斉に明滅した。
まるで応えるように。
ルナはその光景を、少しだけ不思議そうに見つめていた。
「仲間……」
小さく呟く。
ミリアは振り返る。
「そうだよ。私たち、今一緒にノアを助けに行ってるんだから」
ルナは一瞬、言葉を失ったように見えた。
そして、静かに頷いた。
「はい」
その声は、先ほどよりほんの少しだけ温かかった。
*
最上層。
塔の変化は、そこにも届いていた。
今までノアたちへ向けて動いていた侵食機兵たちの一部が、突然動きを止める。
深紅の瞳が明滅する。
蒼白い光が差し込む。
そして数機が、ゆっくりと剣の向きを変えた。
その切っ先は――ヴァル・レガリアへ。
ノアが目を見開く。
「これは……」
ノアの呟きに、アーク・ギガントが答える。
――侵食機兵群、敵対反応消失。
――深層補助人格による限定権限復旧と推定。
「深層補助人格……?」
ノアはすぐに思い至る。
ミリアだ。
ミリアが、下で何かをしている。
一人ではない。
誰かと共に。
あの緑光点は、ただ生きていることを示しているだけではなかった。
彼女は今も、走っている。
ノアの胸が熱くなる。
「ミリアが、やったんだ」
その瞬間。
五機の白き機兵が、ノアの前へ降り立った。
砂漠で出会った王都防衛機兵団。
傷つきながらも、蒼白い双眸を失っていない。
彼らは剣を構える。
その切っ先は、紅の皇帝へ。
隊長機が告げる。
――王の御子よ。
――道は、まだ閉ざされておりません。
ノアは小さく頷く。
「……ありがとう」
アウレリウスは、静かにその光景を見ていた。
深紅の瞳に、わずかな変化が浮かぶ。
怒りではない。
焦りでもない。
ただ、異物を見るような冷たい疑念。
「深層補助人格……」
低く呟く。
「まだ、権限が残っていたか」
ヴァル・レガリアの胸部中枢が、強く脈打つ。
深紅の侵食導光が一段と濃くなる。
――再制圧指令、送信。
――王都防衛権限、奪還処理開始。
ヴァル・レガリア内部の警告音が続く。
しかし、蒼白い光は消えない。
むしろ塔の各所で、少しずつ、少しずつ広がっていた。
ノアは両手を握り込む。
身体は痛む。
アーク・ギガントも既に限界に近い。
それでも。
一人じゃない。
ミリアがいる。
防衛機兵たちがいる。
そして、この王都のどこかで、まだ諦めていない誰かがいる。
ならば――立てる。
「行こう、アーク」
――了解しました、ノア。
蒼き巨人が、再び立ち上がる。
損傷だらけの体で。
それでも誇り高く。
五機の防衛機兵が左右へ展開する。
友軍化した機兵たちも、その後方で剣を構えた。
数は少ない。
圧倒的に足りない。
それでも、反撃の形はできた。
アウレリウスもまた、静かに剣を構え直した。
「……なるほど」
僅かに口元が歪む。
初めて見せる、興味の表情。
「少しは楽しませてくれそうだ」
蒼と紅。
眠れる王都全域を巻き込む反撃が、今始まろうとしていた。
――第28話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




