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第2話「森より来たる牙」

ノアがアルナ村に来てから、七日が過ぎた。

記憶は、戻らないままだった。


朝になれば井戸の水を汲み、昼は畑仕事を手伝い、夜は村の納屋で藁の寝床に眠る。


最初こそ村人たちは少し警戒していたが、礼儀正しく働き者の少年は、いつしか自然と受け入れられていた。


もっとも――。


「ノアー! ぼさっとしてるとケガするよー!」


畑の向こうから、ミリアの大声が飛ぶ。


「……これ、こう?」

「逆! それ逆だから!」


村人たちの笑い声が広がった。

その少年は、妙に世間知らずだった。


鍬の持ち方も知らず、鶏に追いかけられて逃げ回り、パンを焼けば石のように固くなる。

いったい今までどうやって生きてきたんだと呆れる者もいたが、本人は首をかしげるばかりだった。


だが、ときおり妙なことがあった。

夜空を見上げて聞いたことのない星の名前を口にしたり、誰も知らぬ文字を無意識に土へ書いたりする。

そのたびにノア自身が一番驚いていた。


「なんでこんなものを知っているんだろう……」

「なにか思い出す前触れじゃない?」


ミリアは気楽に言うが、ノアの表情は晴れない。


頭の奥に、扉のようなものがある。

そこに何か大切な記憶が収められている気がするのに、どうしても開かないのだ。



その日の夕方、村は珍しく活気づいていた。


狩人たちが森で大きな獣を仕留め、広場ではささやかな宴の準備が進んでいたのだ。


干ばつ続きで皆の顔も曇りがちだっただけに、久々の明るい空気だった。

焚き火のそばで、ミリアが串肉を振り回す。


「今日はお肉食べ放題だよ!」

「そんなにあるの?」

「ない! 私がぜんぶ食べるから!」


きっぱりとした返答にノアが苦笑する。

少しずつだが、彼は笑うようになっていた。


その変化を、村長ガラムは離れた場所から黙って見ていた。


「……情が移るのがちと早えかな」

「いいことじゃないかい」


隣で老婆のサナが笑う。


「でもあの子、ただの迷子じゃないよ」


サナの言葉に、ガラムも頷いた。


突然の地割れ。

地上に現れた鋼の巨人。

そこで目覚めた、記憶喪失の少年。


これがただ事でなくて、なんだと言うのか。

ガラムは妙にざわざわとする感覚が拭えなかった。


そのときだった。

村の外れから、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。


カン! カン! カン!


見張り台の警鐘だ。

宴の空気が一瞬で凍りつく。


「森だ! 森から何か来るぞ!」


狩人の叫び声と同時に、家畜たちが狂ったように鳴き始めた。

地面が震える。


何か巨大なものを地に押し付けるような重い足音が遠く森から響いてくる。

その音が、段々と近づいてくる。


やがて硬直する村人たちの前に現れたのは、家一軒ほどもある巨大な獣だった。


熊に似た体躯。

だが、その体は異様なまでに肥大化し、露出した皮膚はひび割れ、黒ずんでいた。

口元からは熱い息が漏れ、腐ったような臭気が周囲に広がる。


そして何より――その目。

濁った赤に染まり、理性の欠片も感じさせない凶暴な光を宿していた。


「魔獣……!」


誰かが震える声で叫んだ。

辺境には時折、森の奥から異形の獣が現れることがある。

だが、これほど巨大で禍々しい個体は誰も見たことがない。


魔獣は咆哮し、腕の一振りで柵を粉々に吹き飛ばした。


「逃げろォ!」


村人たちが散り散りになる。

狩人たちが弓を射るが、矢は厚い皮膚に弾かれて落ちた。

槍も刃も通らない。


魔獣の爪が家屋を引き裂き、焚き火の火が散って藁屋根に燃え移る。


泣き叫ぶ子どもの声。足がもつれて膝をつく老人。

混乱の中、ミリアが叫んだ。


「ノア! こっち!」


振り返ると、倒れた柱の下に子どもが一人取り残されていた。


ノアは迷わず駆け出し、半ば崩れた柱を必死に押しのける。

助け出した子どもを抱えて安全な場所へ運び、逃げる大人へと手渡す。


その瞬間、背後に熱気。

魔獣が口を開いていた。

灼けるような息が迫る。


「ノア!」


ミリアの悲鳴。

そのとき、ノアの耳の奥で声が響いた。


――緊急状況、確認。

――搭乗を要請。


頭に激痛が走る。

頭の中に、言葉が浮かぶ。


地下。

巨人。

起動。

防衛。


「……あれだ」


ノアは息を呑んだ。


「え?」

「地下の……あの巨人……!」


自分でも意味のわからない言葉だった。

だが確信だけがあった。

あれに乗れば、この獣を止められる。


「ミリア、みんなを逃がして!」

「待って、どこ行くの!?」


答えず、ノアは走った。


地割れ跡へ辿り着くと、そこには鋼の巨人が静かに眠るように横たわっていた。

そして今、その胸部には蒼い光が灯っている。

それはまるで、主の戻りを待っているかのようだった。


ノアが触れると、蒼い光が一際強く脈打った。

装甲がひとりでに開く。


身体を包み込むような座席。

その周囲に無数の蒼い光の粒が舞い上がる。


瞬間、脳裏に奔流のような知識が流れ込む。


呼吸。

姿勢。

視界。

巨人の腕を動かす感覚。


知らないはずのものが、最初から身体の奥に刻まれていたかのように流れ込んでくる。


「なんで……わかる……!」


それでも体は迷わなかった。

今はあの魔獣を止める。


ただそれだけを胸に座席に身を沈め、両手を前へかざす。


「起動……!」


胸の奥から自然に言葉がこぼれる。


「――アーク・ギガント!」


瞬間。

村全体を揺るがす轟音が響いた。


地中の巨人がゆっくりと顔をもたげ、双眸に蒼い光が宿る。

土を払い、鋼の腕が持ち上がり大地を掴む。


村人たちは逃げ惑う足を止め、呆然と見上げた。

魔獣すら、一瞬動きを止める。


そして巨人は、乾いた大地を踏み砕いて立ち上がった。

巻き上がる土煙の中、真っ直ぐ見据えられた蒼い双眸が力強い煌りを放つ。


その胸の中で、ノアは荒い息をつく。


「僕は……何者なんだ」


答える者は、いない。


眼前には、村を壊そうとする獣がいる。

ならば、まずはそれを止めることだ。


ノアの決意に呼応するように、鋼鉄の拳が静かに握られた。



――第3話へつづく

※おことわり

本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。

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