62.二人で聞き込み調査を開始します。
「おはよう、ネモ。昨日ぶり」
「……いや、なんで」
朝起きて下へ降りると、ダイニングテーブルの一席に腰を下ろし、食べ終わったであろうプレートを前に優雅にお茶を飲んでいるラース先輩がいた。
しかも、なぜか学園の制服を着ている。
「ちょっとネモ! ちゃんと挨拶なさい! シャノンさんはあんたが起きるのをずっと待っててくれたのよ!?」
キッチンで洗い物をしている母親から、お叱りの声が飛んだ。
(いや、おかしいでしょ。朝から学園の先輩がうちを訪ねてくるなんて。そしてちゃっかりご相伴にあずかってるし。お母さんはなぜかラース先輩のこと名前で呼んじゃってるし)
至極当然の突っ込みをしただけで、母親から理不尽に怒られて不貞腐れる。
ただ、挨拶をちゃんとしないのは失礼であることは承知してるので、渋々言い直した。
「ラース先輩、おはようございます。……朝っぱらから転移ご苦労さまです」
「うん、可愛い後輩のために、朝っぱらから転移してきてあげたんだよ」
ラース先輩は私の嫌味を軽く流し、お茶を啜る。
わざわざここまで来てくれたのだろうけど、あまり嬉しくないのはなんでなんだろうか。
「それより、早く支度して学園に行こう」
「へ?」
告げられた内容に、間抜けな声が出た。
「ネモも一緒に話を聞きたいでしょう?
男子寮はさすがに俺一人で行くけど、学園内だったら一緒に入隊試験の関係者を探し回れるかなーと思って。……といっても、休暇中だからあまり期待はできないけどね」
ラース先輩はそう言って肩を竦める。
「ありがとうございます……」
昨日の夜に相談したばかりなのに、こうも親身になってくれるなんて。
これまで凄いけど胡散臭い人としか思ってなかったけど、面倒見がいい人だと評価を改めた。
「うん、お礼はクロに会わせてくれることでいいよ。俺、まだ大きくなった姿見てないから」
にっこりと満面の笑みで言うラース先輩だけど、これには「はい」とすぐに返事が出来ず、曖昧に笑うしか出来なかった。
◇
「やっぱり休暇中だから全然人がいないねぇ」
「図書室も今週来週いっぱい閉まってるんですね」
ラース先輩の転移魔法で一気に学園まで……は距離があり過ぎて二人同時はさすがに無理で、中間地点まで二人で転移してから、成体になったクロに乗せて行ってもらった。(ちなみに相変わらずクロはラース先輩にグルグル唸ってた)
クロが成体姿だったため、学園に着いた頃には私の魔力はほぼ底を突きかけていた。
恐らく今日は帰れないから寮に泊まり、明日また家に戻ることになるだろう。
(来てみたものの、やっぱりみんな帰省してるよね……)
図書室は閉館中、演習室も誰もおらず、今からダリオさんが所属する研究室に向かうところだった。
どうやら、同じ研究室に所属するメンバーが入隊試験を受けていたらしい。
魔法塔の最上階まで階段を登り、息も絶え絶えに部屋まで辿り着く。
(しんど……私、研究室を選ぶときは、学びたいことの次に、低層階のところを選ぶようにしよう……)
しょうもないことを考えながら、トントンと研究室の扉をノックする。
「どうぞ」
中から声がして、ラース先輩と顔を見合わせた。
今日初めて、自分たち以外の人に会うことになる。
「失礼します」
二人で研究室の中へ入っていく。
奥に進むと、ソファーに腰を掛けたヨシュア先生がいた。
先生は学園がお休み中にも関わらず、どこか疲れている様子に見える。
先生は私たちの姿を捉えると、開口一番に問いかけてきた。
「ラースとフィリアスか。珍しい組み合わせだな……休み中にどうした」
先生の質問に答える前に、今いる入口から先生の近くまで足を進める。
――途中、研究室の生徒たちの机を通り過ぎると、不自然なくらい一席だけ綺麗なスペースがあるのに気がついたが、ひとまず触れないことにした。
「お疲れ様です。もしご存じだったら教えてください。
実は私たち、エンデ先輩と連絡が取れなくて、何か事情を知ってる方を探しに学園まで来てたんです。
……ヨシュア先生は何かご存じですか?」
私の質問に、先生は少しだけ目を泳がせた後、一言告げた。
「――ああ」
「!」
ヨシュア先生の返事に、前のめりになって問う。
「先生、先輩に何が起きたんですか!? 今どこにいるんですか!?」
「いや、詳しくは私もわからない。ただ……」
一瞬、ヨシュア先生が言い淀む。
私とラース先輩の喉がごくりと鳴った。
「――彼は早期卒業制度を使って、既に学園から卒業済だ」
「は?」
「え?」
二人同時に声が漏れた。
(早期卒業?)
「入隊試験の出発日に合わせて、彼は準備をしていたらしい。えらく早い段階で卒論を完成させたと思ったら……
このことは、彼の研究を監督しているはずの私も知らなかったことだ」
はぁ、とヨシュア先生はがくりと項垂れて、肩を落とす。
「彼ほど優秀な学生は過去にいなかった。軍ではなく、大学に進学し、私の研究を手伝って欲しいと打診していたところだったのに……」
ヨシュア先生の様子を見る限り、彼も寝耳に水の事態だったらしい。
研究室の先生にすら黙って、一人水面下で動いていたことになる。
(早期卒業なんて話、全く聞いてなかったし、そんな素振りもなかったのに……)
――ただ、やたらに卒業論文の完成を急いでいたような気はしていた。
けれども、それは単純に完成まで時間がかかるから、早め早めで動いてるものだとばかり思っていたのだが……
「ラース。おまえはエンデと一番仲が良かったように思うが、おまえのほうが何か相談を受けてたんじゃないのか」
どこか虚ろな目の先生に問われ、ラース先輩は静かに首を振った。
「いえ、残念ながら……。あいつが俺に相談事を持ちかけてきたことなんてほとんどありませんよ。
遠征授業から帰って来てからは特に、自分から本音を語らなくなってしまってましたし……」
少し寂しげな声音に、本当はもっと頼って欲しかったのだろうということがわかる。
「むしろ、ダリオと付き合ってたネモのほうが、何か聞いてたんじゃないかな?」
「え……」
急に話を振られ、ギクリとする。
「ああ、そうか。フィリアスとエンデはいつの間にか付き合ってたんだったな。エンデはよく研究室の連中にもからかわれていたよ」
「そ、そうなんですね……」
先輩はツンケンしているように見えて、何かといじられている場面が多い。
なので周りの人から私たちのことをからかわれていたのは容易に想像がついてしまった。
(私たちは確かに付き合ってた。けれど――)
先輩から話してくれない限り、私からは彼の深い部分に触れないようにしていた。
その結果かわからないが――今回の件について、本当に何も聞いていなかった。
「残念ながら……私も、何も聞いてませんでした。ただ、入隊試験が終わってからも何かと忙しいとは言って……」
そこまで言って、ぴたりと話を止めた。
――そうだ。
入隊試験の話を聞いたとき、
『今年は試験が終わってからも、休みが休みじゃない』
と彼は言っていなかっただろうか?
思い返せば――
ヒントは隠れていたのかもしれない。
私が極度なまでに鈍感で、なおかつ先輩の内側に踏み込もうとしなかっただけで――
(私、取り返しがつかないことをした……)
後悔が全身を襲う。
動きを止めて微かに震え出した私の顔を、ラース先輩が心配そうに覗き込んできた。
「……ネモ?」
「――すみません。入隊試験に行く前、『今年は試験が終わってからも、休みが休みじゃない』と言ってたのを思い出して……
ダリオさんは、
"学園を卒業するから休みじゃなくなる"、
と言ってたんだと……彼の言葉の裏に、今気付きました」
ラース先輩は一瞬だけ目を見開いたあと、
震える声で言う私の肩に手を置き、優しく告げた。
「それだけじゃ、早期卒業のことを指してるなんて普通気付くはずがないよ。気付けなかったことで自分を責めないほうがいい」
「……」
室内に重い沈黙が続く。
ヨシュア先生ですら、口を開こうとしない。
「あの……卒業後の生徒の情報を、学園側は管理しているのでしょうか」
もしかしたら、学園で彼の居場所を握ってるのではないか。
一縷の望みをかけて、先生へと尋ねてみる。
「あ、ああ。その辺りは事務局が手続きをしているはずだ。特に彼は奨学生でもあったからな。卒業後の連絡先も、彼らなら持っているはず。ただ、個人情報になるので教えてくれるかどうかはわからないが……」
「事務局ですね!」
「いや、待て。今は長期休暇中だから事務局も窓口は閉まっている。もし問い合わせをしたいなら、休暇明けにしなさい」
そうだった。
今は長期休暇中。
こうして先生が学園に来ていることも非常にレアなのだ。
「私は――今年はエンデが卒業式で全校生徒代表の答辞と魔法学科代表のパフォーマンスをしてくれるものだと信じていた。そのお役目は、ラース、おまえに回ってきそうだな」
ヨシュア先生の言う答辞と代表パフォーマンスは、自分の研究室から代表が出ることは、先生方にとって非常に喜ばしく名誉あるものだと聞いたことがある。
――先生は信じて疑わなかったのだろう。エンデ先輩がその名誉を与えてくれることを。
「どうでしょうね……。俺の卒業研究の内容が認められたら、そうなるかもしれません」
ラース先輩はあまりそのことに興味は無いようで、それよりも、先輩の突然の出来事に、ショックを引きずっているようにも見えた。
「じゃあ、俺たちはそろそろお暇します。
――お時間いただき、ありがとうございました」
深々と礼をして、研究室を後にする。
帰り道の廊下を歩く足取りは、二人とも重い。
どちらも無言のまま、寮までの道のりを歩いていく。
女子寮の前まで着いたとき、ラース先輩がようやく口を開いた。
「ネモ。俺は引き続き、入隊試験を受けた連中にダリオの様子や行方について確認を入れてみる。もしネモの方でもなにかわかったことがあったら、俺に教えて欲しい。
ダリオは……勝手にいなくなるような薄情な奴ではないはずだから」
「はい……何か思い出したり、わかったことがあればすぐに連絡します。ラース先輩も、引き続き、よろしくお願いします」
こうして、大きな収穫はあったものの、最悪な展開で一日を終えた。
この日の夜はもちろん――私は眠れるはずもなかった。




