60.先輩を捜索します。クロを使って。
一度思い込んだら、もう止まらない。
「アリアごめん! おっきいクロは、ちょっと遠くまでお出かけしなきゃいけないんだった!」
「おでかけ??」
<ぬ。初耳だ>
きょとんとした顔でアリアとクロに見つめられ、「うん」と大きく頷きを返す。
「アリア、私のオレンジジュース飲んでていいから、ちょっと待っててね。クロとお話するから」
「やったぁ!」
アリアをジュースで釣って、椅子から降りクロに用件を伝える。
「クロ。お願いがあるの。ダリオさんの所まで行って、様子を見て来てくれないかな。もう二週間くらい連絡が取れなくて、音信不通なんだ。ちょっと顔見るだけでいいから」
<主よ、場所は?>
「たぶん……寮か学園の研究室、もしくは図書室にいると思うんだけど……」
前に聞いたスケジュールだと、とっくに寮に戻っている頃だ。
であれば、卒論を仕上げたいと言っていたので、自室か学園内のどこかにいるはず。
「もし、会えなかったら、ラース先輩のところへ行って、どこにいるか聞いてくれない?」
<できればそれは避けたい>
クロから食い気味に断られ、どれだけラース先輩と関わりたくないんだと苦笑してしまう。
「じゃあ、研究室の人なら誰でもいいや。聞いてみて」
<承知した>
クロは返事と共に、一瞬で姿を消してしまった。
「わ! おっきいクロ、きえちゃった!」
その様子を隣で見ていたアリアが、びっくりした様子で叫んだ。
「ねー。きえちゃったね!」
正確には消えたわけではなく、とんでもない速さで駆けて行っただけなのだが、きっとまだうまく理解できないだろうと話を合わせる。
(ダリオさん、元気にしてますように)
「よし、ネモはもうごちそうさまだよ。 私が歯を磨き終わったら、お外いこうか」
「うん! いく!」
クロが帰って来るまで気持ちが落ち着かない。とりあえず何も考えずに、全力でアリアの相手をすることにした。
◇
クロが戻ってきたのは、お昼も過ぎた頃。
アリアがお昼寝をしに行って、ちょうど暇になったタイミングでこっちに帰ってきていた。
<会えなかった>
「え……。寮も、学園の中も探したの?」
開口一番に告げられた言葉に、肩透かしを食らった。
<もちろんだ。寮も学園も全館回ったが、気配すらなかった。それに――>
クロが珍しく口ごもる。
「それに?」
<寮のダリオの部屋は、もぬけの殻だった>
「!?」
(――どういうこと)
<研究室も同じだ。以前あそこへ行ったときにダリオの匂いがした机が、きれいさっぱり片付いていた>
「なにそれ……。え、誰かに話を聞いたりした?」
<いや。室内や廊下をうろうろしてみたが、誰にも会わなかった。念のためシャノンの姿も探したが、奴も寮にも学園内にもいなかった>
おそらく、ラース先輩は帰省してしまったんだろう。
研究室の面々もそうかもしれない。
けれど――
(なんで……? 出発前に片付けていったの? それとも帰ってきてから?)
そこで、もう一つの可能性に思い当たる。
――それとも別の誰かの仕業?
「ッ」
居ても立ってもいられなくなり、急いで伝書鳥の魔法を展開する。
絶対に届くようにと念じながら、一つ一つの呪文を、丁寧に、力強く。
『ダリオさん、ネモです。一言でいいです、連絡をください』
現れたのは、オウムサイズの大きな緑の鳥。
ここ一番で大成功の出来栄えだったのだが――
『受信先不明』
「なっ、」
そう言い残して、伝書鳥は羽ばたくこともせずに、煙と共に姿を消した。
<――主よ。落ち着け>
「なんで……」
ぐるぐると自分の中で何かが渦巻いていく。
「なんで……一体、どこにいったの?」
部屋の中だというのに、外からひゅるひゅると蔦が這って来る音がする。
けれど、私の頭の中は先輩の行方のことだけしか考えることができない。
伝書鳥が"受信先不明"というときは、受信できない場所にいるか、
もしくは――
受取人が死亡した場合。
ガクガクと手が震え出す。
(落ち着け私。入隊試験で事故が起きたなら、新聞にも載るはずでしょ。でもそんな記事、ここ数日見たことが無かったもん、そんなこと起きるわけない)
閉めていた窓が軋み出す。
ガタガタと窓ガラスを揺らし、隙間から蔦が部屋へと入って来る。
「オオンッ!!!」
大きな咆哮に、ハッと意識を取り戻す。
<……主よ、暴走している。魔力を鎮めろ>
「あ……ごめん、ありがとう、クロ……」
クロに冷静に窘められ、震えながら彼に手を伸ばす。
柔らかな毛並みをぎゅっと抱き締め、最悪の事態を考えていた自分を反省した。
「ダリオさん、生きてるよね?」
<……>
クロは返事をしない。
代わりに、私へ一歩近づき、私の顔をぺろぺろと舐めだした。
――自分でも気が付かない内に、涙が頬を伝っていたらしい。
"何か"が先輩の身に起こった。
わかっているのは、ただそれだけ。
――怖い。
何が起きているのかわからない、言い知れない恐怖が身につきまとう。
……不安しかない私の心の中を、
思いっきりぶち壊したのは、家族。
「ね~も~っっっ!!!!」
ご飯の支度をしていたであろう母親と義姉が、とんでもない形相で部屋に飛び込んできた。
「あんたまた窓ガラス壊す気っ!? 一階と二階の窓が全部蔦で覆われたの元に戻すまで、晩御飯は抜きだからねっ!!!」
「ええええ、待って、お母さんも手伝ってよ! 私無意識でやったし、枯らし方なんて知らないよ! 燃やしてもいい?」
「ネモちゃん、それじゃ二次被害よ。地道にハサミで切っていきましょう。……とても硬かったけど」
「やだー、絶対今日中に終わんないじゃんっ!」
自業自得とはいえ、あんまりだ。
暴走させたのは致し方ないことだと思う。
ただ。
(クロや家族がこの場にいてよかった)
心の底から、そう思った。




