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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第一章 出会い編

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5.思いがけない契約獣の強奪と、泣かされ慰められた私。

――しん。


広い演習室の中が一斉に静まり返る。


同時に、三人の先輩たちは、それぞれ召喚陣の子犬を見たあと、なぜか揃って私を見つめていることにようやく気が付いた。


一人は驚愕し、

一人は呆気にとられたような顔で、

一人は――エンデ先輩は、その端正な顔を大きく歪め……

各々違った感情をその表情に浮かべている。


彼らの視線に耐えきれず、思わず一歩、じり、と後ずさる。


すると、


「きゃん」


魔法陣の中の子犬が、私の方を見て小さく鳴いた。



そして――



あの人も、私の方を見て。


「おっまええええ!!!! ふざけんなよっっっ!!!?」


鬼の形相で、爆音の怒号を叩きつけてきた。


(!? 私、怒られてる!?)


突然向けられた凄まじい怒気に、びくりと身体が跳ねる。


「“契約の儀式”で名前を呼ぶのは、主になる者だけだと習わなかったのか!?

儀式中に声を発するなんて、ご法度もいいとこだ――!

コイツは……俺の契約獣になる予定だったんだぞ!?」


先輩が、ビシリと子犬を指さして叫ぶ。


「え……契約の儀?」


状況がうまく掴めていないけど――どうやら、先輩たちはこの幻獣と“契約の儀式”を行うつもりだったらしい。


そして、私は。

その儀式を台無しにしてしまった。

……たぶん。


ちなみに――

私の浅い知識でも、幻獣との契約の儀は、鍵のかかった密室で行うのが鉄則だと知っている。

儀式の最中に、他の人に横取りされないようにするためだ。


でも、だからこそ。

こんな誰でも出入りできる演習室で、しかも他人がいる状況で、儀式をおっ始めるなんて、思いもしなかった。


クロの名前を呼んだのはわざとじゃない。

よくみたら、全然似てないけど――さっきは本当にクロに見えたんだから。


でも、三人の先輩……少なくとも、エンデ先輩は確実に私を責めている。


「ああっ、クソッ!」


彼はずっと私を睨みつけたまま、どうしようもない怒りを悪態をつくことで発散していた。

それと同時に、彼から溢れでる魔力の渦から、相当な感情を押し殺しているのが嫌でもわかってしまった。


(ああ……もうやだ……)


「ふぇ……っ」


堪えてたものが、一気に決壊した。

目の前がみるみるうちに滲みだし、そのまま下に溢れ落ちていく。

……これまでの人生で、こんなにも強い怒りを向けられたことなんてなかった。

しかもそれが――よりにもよって、憧れの先輩からだなんて。

課題がうまくいかなかったことも、今になって一気に押し寄せてくる。

 

(課題はうまくいかないし、先輩には怒られるし、怒ってる原因は私のうっかりのせいだし、全部ぜんぶ――無かったことにしたい)

 

感情が限界を超え、気づけば、涙は止まらなくなっていた。


「……っごめんなさい……。

け、契約の儀式、をここでしてるなんて思わなくっ、て……」


咄嗟に片腕で口元を覆い、なんとかしゃくりあげる声を押さえ込む。

そんな私を見て、召喚術を行使していた浅黒い肌の先輩が、軽い口調で話しかけてきた。


「あー、泣かないで。大丈夫大丈夫。謝らなくていいよ、こっちが百パーセント悪いから。

普通そうだよね~。昼休みに演習室で、こんな適当に契約の儀式なんてしないし。

……ごめんね?」


さらに、茶髪の先輩が、エンデ先輩をたしなめる。


「おい、女の子を怒鳴って泣かせるとか、おまえ終わってるぞ」


二人に責められたエンデ先輩はさすがにバツが悪いのか、視線を逸らし「……クソッ」と言った後は悪態をつくのを止めた。


その間にローブの袖でごしごしと涙を拭うと、突然、足元にフワッとしたものを感じた。

慌てて下に目を向けると、先ほど召喚されてきた子犬が、

しっぽをふりふりと振りながら、私の足をぺろりと舐めてくるではないか。


(――慰めてくれてるのかな。なんて、いい子なんだろう)


たまらずしゃがみこんで頭を撫でてやると、フワフワの身体をグイグイと擦り付けてきた。その人懐っこさとこの子の優しさに、涙が自然と引っ込んでいく。


私が子犬と無言で戯れていると、エンデ先輩が静かに歩み寄ってきた。


「あ……っ」


何を言われるのかと思わず身体を固くするが、先ほどまでの怒りは影を潜め、ただ、気まずさを浮かべているように見えた。

彼から溢れ出ていた魔力の渦も、今は微量に収まっている。


「……怒鳴って悪かった」


(声ちっさ!)


――さっきまで大きな声で怒号をあげていたと思えないくらい、小さな声だった。

先輩はそのまま私に向けて、手のひらに乗せた何かを差し出す。

しゃがみ込んでいた身体を立ち上がらせ、何だと目元を擦りながらよく見ると、


「……?」


……棒付きの、飴。

よくわからないけど、反射的にそれを受け取る。


「ありがとうございます……」

「ん」


どうやら、彼なりに慰めてくれているらしい。


(飴ちゃん……)


……その方法が、さっきまでの彼ととてつもなく不釣り合いだと思ったのは秘密だ。


「……」


さっそく包みを開いて口に含む。コロコロコロコロ……

室内に微妙な空気が流れ始めたとき、浅黒い肌の先輩が口を開いた。


「こんな中途半端な状態で申し訳ないんだけど、僕、次の時間は星見塔に行かなきゃだから、そろそろ行くね~」

「ああ……付き合わせて悪かったな。今度、何か奢る」


エンデ先輩の言葉に、彼はひらひらと手を振りながら、あっさりと教室を後にする。


残されたのは――

私と、エンデ先輩と、茶髪の先輩。

それから、クロに似た子犬。


三人と一匹だけの、静かな空間。


さっきまで「ひっく」としゃっくりが止まらなかったけど、

飴を食べてるせいか少しずつ落ち着きを取り戻し、ようやく呼吸が整ってくる。


(――今なら、ちゃんと話せるかも)


飴の棒を手に持ち、一気に言った。


「あ、あの! 本当に、すみませんでした」

「……いや、いいよ。アージュンの言う通り、昼休みにこんなところで儀式なんてやってた、俺たちのほうが悪い。

――焦り過ぎた」


さっき出て行った浅黒い肌の先輩はアージュンというらしい。

星見塔に行くと言っていたし、きっと召喚科の生徒なのだろう。


ちらりと目の前のエンデ先輩を仰ぎ見ると、先ほどとは打って変わって、驚くほど大人しい。


(……私が知らなかっただけで、実は感情の起伏が人よりも激しい人だった、とかなのかな……)


――それにしても、アップダウンが激しすぎる気もするけど。


そこに、茶髪の先輩が、少し離れた位置から穏やかな笑みを浮かべながら問いかけてきた。


「それで、君はここに何しに来たの? もしかして、ダリオのおっかけ?」


穏やかに見えて、その微笑みの奥には、わずかに軽蔑の色が滲んでいる。

――どうやら、私をエンデ先輩のファンだと勘違いしているらしい。

さっき、あんなふうにキラキラした目で「覚えていますか」なんて言ってしまったのだから、無理もない。


そして――やはり彼は。

ダリオ・エンデ先輩で、間違いない。


(やっぱり、同性同名の他人のわけ、ないよね……)


自分の記憶とここにいる先輩のあまりの差に、似た別人の可能性を考えていたけど、その可能性はあっさりと打ち砕かれてしまった。


「私、ここへは魔法の自修練をしに来たんです。ちょっと課題がうまくいかなくて……」


最後は言葉を大幅に濁した。

……本当は課題がこなせなくて、先生に「練習しろ」と言われて来たなんて、恥ずかしくて口にはできなかった。


「ふうん……じゃあ、ここの演習室を使うってことは、魔法学科の生徒?」

「はい。魔法科第一学年の、ネモフィラ・フィリアスといいます」


私が改めて名乗ると、茶髪の先輩は「おや?」とでも言いたげに顔を上げた。


「そっか、じゃあ後輩だね」


先ほどまでの鋭い印象はどこへやら、柔らかい雰囲気でにこやかな笑顔を向けられた。


「俺はシャノン・ラース。魔法科の第五学年だよ。コイツのこと、君は知ってるんだよね?」


ラース先輩は、いまだ不機嫌を隠しきれてない様子の彼――エンデ先輩を指さす。


「ええと、はい。……ダリオ・エンデ先輩、ですよね?」


私が一度会ったあの彼は、優しげで爽やかな人だった。

こんな鋭いジャックナイフのような人では無かったんだけど……


再度エンデ先輩を横目で見る。

先輩は私にはまったく興味がないようで、足元の子犬をじっと見つめたまま、視線を動かそうとしない。


「……あの。故意ではないとはいえ、儀式を台無しにしてしまって、本当にすみませんでした」

「だから、もういいって」


そう言いながらも、彼は子犬から目を離さない。


「ええと……この子は、どうしたらいいでしょうか?

私、契約獣についてあまり詳しくなくて……その、契約を上書きすることって、できたりしますか?」

「上書きは不可能だ」


ぴしゃりと、言い切られてしまった。


「俺はアージュンに――さっきまでいた召喚科のあいつに、永年契約を結ぶ予定で呼び出してもらっていた。

だから、おまえが死ぬまで、コイツとの契約は切れねえ」


(永年、契約――?)


「え、え、うそっ!?」


思わず声が裏返る。


どうやら私は――

エンデ先輩が永年契約を結ぼうとしていた召喚獣を、見事に横取りしてしまったらしい。


(そりゃ、怒るのも無理はないや……)


普通、生涯をともにする覚悟がなければ、永年契約なんて結ばない。

召喚獣との相性や、魔力量の問題もある。


おそらくだけど――エンデ先輩はすでに試験的に契約を交わしていて、今回、正式な更新に踏み切ったのだろう。


「――今、そいつはおまえに合わせて子犬みたいな姿になっているけど……

本来は気性が荒く、かなり凶暴な種だ。

それに、魔力の消費量も桁違いに多い。……おまえ、魔力量は?」

「え、ええと……入学時の適性検査では、基準値より少し上だと言われました」


私は実技試験はギリギリだったが、適性検査は問題なく通過している。

だから、極端に少ないということはないはずだ。


「まあ、魔法学科の生徒なら当然か」

「きゃん」


私の代わりに、子犬が甲高い声で返事をする。

つぶらな瞳で尻尾をばたばたと振っているこの子の本性は凶暴だなんて。

……にわかには信じられない。


「学園の事務局に契約獣の届出を出しておけ。

実家からの通いか、それとも下宿か、どっちだ?」

「寮から通っています」

「じゃあ、寮にも届けを出しておけよ。……じゃあな」


ぶっきらぼうに言い残し、彼は演習室を出て行こうとする。


――が。


ラース先輩が、彼のローブをぐいっと引っ張り、その動きを無理矢理止めた。

前につんのめりかけたエンデ先輩は、ラース先輩に向かって思いきり……文字通り、吠えた。


「……っぶねぇな! 何すんだよっ!?」

「待って待って。後輩泣かせといて、飴ひとつで済ませるのはさすがにどうかと思うけど?」

「え」


(いや、口では謝ってもらったし、それ以上に何があるの!?)


「お詫びに、この子の課題を手伝ってあげる――それが先輩ってもんじゃない?」


ラース先輩の一言に、エンデ先輩の顔がみるみる歪んでいく。

同時に、私の心も、ばたばたと大騒ぎし始めた。


「い、いえいえいえいえ! とんでもないです!

滅相もございません!

むしろ、こちらがお詫びしなきゃいけないくらいなのに……!」


本当なら、故意でないとはいえ、契約を横取りした私からは、謝罪なんかで済むようなものじゃないはず。


それに――このジャックナイフみたいな先輩に課題を教わるなんて……

間違いなく、緊張で手が震えて、まともに集中できる気がしない。


きっとエンデ先輩も、ラース先輩の言うことなんて無視するだろう――

そう思っていたのに。


彼は髪をがりがりとかき、「あー……」と低く唸るような声を漏らしたあと、

こちらをきっと睨みつけ、「クソッ」とまた悪態をついた。


「今日、授業終わりに迎えに行く!」

「え!?」

「いいか、――逃げんなよ?」


(んんんんんっ? む、迎えに行く、だと……?)


まったく予想していなかった言葉に、間の抜けた返事が口からこぼれ落ちた。


「あの、今日、ですか……? あ、いえ、特に予定があるわけじゃないんですけど……」

「あ? 課題なんだろ。早いほうがいいに決まってんだろうが」

「思い立ったが吉日、ってやつだねぇ」


エンデ先輩の正論に、すかさずラース先輩が私に追い打ちをかける。


(嘘でしょ……)


――私の退路は、いまこの瞬間、完全に断たれた。


じわりと、背中に汗がにじむ。

だらだらと流れ落ちていく感覚が、やけに生々しい。


上級生二人はというと、

エンデ先輩は鋭く睨みつけるように、

ラース先輩は笑顔のまま、けれど“断るな”と圧をかけるように、

ただ黙って、こちらの返事を待っている。


(これ、「うん」って言うしかないやつ……)


引きつりそうになる口元をなんとか押さえ、私は小さく頭を下げた。


「……………………お待ち、してます」


――そう答えるしか、なかった。


これが、私たちの最初の”再会”となる。

まさかこの後、ただの憧れが恐怖に、恐怖から焦がれるような強い感情へと変化していくなんて、今はまだ、神のみぞ知ることだった。

続きは明日の朝投稿。

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