44.距離の近い後輩オーレリア(2)
「ネモ、俺が食堂まで連れて行ってあげるよ」
「え? いや、悪いよ」
昼休みになり、売店に向かおうとしていたところで、ユリシスに呼び止められた。
午前中に捻った足首は痛いけれど、歩けないこともない。
だから売店でさっさと買って、教室で食べようと思ってたところだ。
キアラはハイマー先生の雑用を押し付けられ、昼は別でとろうと言っていた。
「でも、今日の日替わりランチ楽しみにしてたでしょう? 鶏の唐揚げ」
「それはそうだけど」
今日の日替わりランチを前々から楽しみにしてたのは事実だ。
ただ……食堂に行って、列に並んで、席を見つけて――と、足に負担がかかりそうだと思い諦めていたところだった。
「遠慮しないで。身体強化使ったらまったく疲れないし、あれそんなに魔力も消費しないし、ね?
一緒に唐揚げにありつこうよ。今日逃したら、次にお目にかかれるのは一か月くらい先になっちゃうよ」
「うーん……じゃあ、お願いしようかな」
食べ物の誘惑にあっさり負けた。
やっぱり、売店のご飯より、食堂の温かいご飯のほうが断然美味しい。
日替わりでしか出てこないジューシーな唐揚げを思い浮かべると、口の中がもうそれしか考えられなくなっていた。
じゃあ早速肩を貸してもらうかと席を立つと、なぜかユリシスが目の前に背を向けて屈んだ。
「? 何やってるの?」
「何って、おんぶ待ち」
「えぇっ!? いや、ちょっと肩貸してくれるだけでいいから!」
(おんぶって、そんな大怪我したわけじゃないんだし、いまはちゃんと包帯で固定されてるからなんとか歩けるのに)
大袈裟すぎると断るも、なぜか近くにいたクラスメイトはユリシスの味方だった。
「捻挫のときってあんま動かさないほうがいいから、素直におぶさっとけよ」
「それな。俺の兄ちゃん、無理に歩いた結果、複雑骨折みたいになってたことあったわ」
「ユリシスの好意無駄にすんな。ここは甘えとけ」
「えー……」
ユリシスを見ると「ほら」と催促されてしまう。
(これ、断ることできないやつじゃん……)
「じゃ、じゃあお言葉に甘えます……」
躊躇いつつ、そっとユリシスの背中に身体をつけ、後ろから首へと腕を回す。
「いくよ」
膝の後ろを掴まれ、身体が持ち上がった。
長いローブを着てるから、肌に直接ユリシスの手があたることはないけど、それでも身体の密着具合に嫌でもドキドキしてしまう。触れている背中は、見た目よりもガッシリしている。
(今日お姫様抱っこされたときも思ったけど……しっかり筋肉ついてるなぁ)
ユリシスが顔を後ろに向けると、その距離の近さにさらに心臓が跳ねた。
「ちゃんと掴まっててね」
「う、うん」
私の返事にユリシスは足を進め、食堂までの道をゆるく駆けていく。
道行く人は、何してんだコイツら?という目を向けてくる。
(ああ、ユリシスに申し訳ないのと同時に、めちゃくちゃ恥ずかしい……)
思わずユリシスの背中に顔をピタリとくっつけて顔を伏せると、一瞬彼の身体がビクンと跳ねた。
「ネ、ネモ。どうしたの?」
「え……えと、恥ずかしくて。めっちゃ見られてるから」
「もうすぐ着くから大丈夫だよ」
一年の教室から食堂まではわりと近いはずなのに、今日は二倍以上の距離に感じる。
幸い、自分はまだクラスメイト以外の知り合いは少ない。
だから、ちょっと恥ずかしいくらいで今は済んでるけど――
(エンデ先輩には見られたくないな……)
変な誤解をされそうだし、きっと呆れた目を向けてくるに違いない。同級生に何させてんだと。
――こういうとき、全くついてないのが私だったりする。
「あれ、エンデ先輩?」
食堂に入って、空いてる席を探そうとしたところで、ユリシスの口から先輩の名前が溢れた。
(うそ!? まさか……)
「ノルティマット」
でも、この低い声の主は、間違いなく――
このまま背中に隠れてやり過ごしたいと思ったけれども、そうもいかないだろう。
おずおずとユリシスの肩越しから顔を覗かせる。
すると案の定、呆れた目をこちらに向ける先輩の姿があった。
そして――先輩の隣にいる人を見て、身体が固まった。
ストロベリーブロンドの長い髪をしたスレンダー美人の女子が、エンデ先輩の身体に密着してこっちを見ている。
(誰? 腕……組んでる。しかも寄りかかって――先輩も嫌がってないし)
突然のことに、頭が真っ白になる。
その人が私たちのことを紹介して、とエンデ先輩に言い出し、先輩はそれぞれの名前を呼んで互いに顔合わせする。
「ふふ、異学年交流授業で会えるのを楽しみにしてるねー。それじゃあおんぶのままだとツライと思うから、私たちは行くね。さ、ダリオ先輩、テラス席をゲットしますよ」
(ダリオ先輩って、名前で呼んでる)
二人は腕を組んだまま、テラスの方へと去ってしまった。
あまりの二人の距離の近さに見ていられなくなり。彼らから視線をはずした。
「ネモ、この席に一回降ろすね」
ユリシスに言われ、ハッとする。
「ありがとう」
やっと床に足がつき、椅子へ腰かけた。
すると、ユリシスが「詰めて」と言うので席をずらすと、彼は私の横に腰を掛ける。
いつもだと向かいの席に座るから、あれ?と思ってしまった。
「ちょっと休憩」
「いくら身体強化使ってても重かったでしょ。ごめんね」
「うん、重かった。肩凝ったー」
「もー! 正直過ぎる! そこは綿のように軽かったでしょ!」
「普通そこは、"羽根のように"じゃないの?」
ははっとからかうように笑うユリシスをぽかぽかと小突く。
彼は私のぽかぽか攻撃を受け入れつつ、そのまま立ち上がった。
「いまからネモの分まで日替わりランチ買ってくるから、ここで待ってて」
「ユリシスが優し過ぎる……じゃあ、今日は甘えまくります」
「はは、任せて」
日替わりの列に向かうユリシスの背を見送ると――無意識のうちにテラスへ目線を向けた。
日差しの差す席に、オーレリア先輩だけが席についていて、エンデ先輩の姿は見えなかった。
(先輩も、オーレリア先輩のためにランチを並びに行ったのかな……)
膝の上でぐっと手を握る。
――なんだ、支えになる人はちゃんといるじゃないか。
クロでも、私でもない。
彼にとっての身近な人。
ここ数日、呼び出しがなかったのも……もしかしたら、オーレリアさんという彼女ができたから?
「……」
胃の中に砂が入ったようにザラザラする感じがする。
せっかくの日替わりランチは食べ切れないかもしれない。
――それくらいに、変な気分になっていた。
と、下を向いていた視界の中に、誰かの足が入り込む。
「ネモ」
(え……?)
突然、名前を呼ばれドキンと心臓が跳ねた。
聞き覚えのある声に、まさかと期待で上に顔を上げると――
目の前に立っていたのは、
無表情にこちらを見降ろすエンデ先輩で。
「足、見せてみろ」
「え、あ、はい」
言われるがまま包帯を巻いている足をさっと差し出す。
先輩はじっと私の足を見たあと、「どの辺?」と聞いてきたので、痛みの場所を指差した。
「わかった」
(あ、制御具……)
先輩は指に嵌めいた制御具を全て外し、テーブルの上に置いていく。
それから、身をかがめて私の足に手を添えた。
先輩の低い声の詠唱が耳に届く。
それとともに、触れている部分にじんわりした温かさが伝わっていく。
フワッと一瞬淡い光が漏れたあと「ん」と先輩が呟きを漏らして立ち上がった。
「あの、今の……」
「これで立てるし、歩けるはずだ。治療室の連中は自然治癒がいいとか言ってたらしいけど、それだと帰りが困るだろ」
「それは、確かに……」
帰れないこともないが、着いた頃には確実に負荷がかかって痛みが増していたことだろう。
ぽかんとしながら治してくれた足首を見ていると、先輩は机に置いていた指輪を再度嵌めながら言った。
「俺も早く日替わりの列に並ばないと――売り切れたらオーレリアにシバかれる」
先輩は指輪を全部嵌め終わると、手を振って私の前を去っていく。
「あ……」
私は何も言葉を返すことができなかった。
足首を上下させてみるが、ずきんとくる痛みがない。
(足、治してくれた――)
もはや彼がなんで治癒魔法を使えるかなんて気にならなかった。
触れられた部分が、熱い。
そして一番大事なことに気付いた。
(げ、私、お礼言うの忘れてるじゃん!!!)
ああ、とテーブルの上に項垂れる。
――でも、おかげで口実ができた。
(今はオーレリア先輩の邪魔になる。放課後……私から呼び出して、お礼を言おう)
もし二人が付き合ってるなら、断られるだろう。
それならそれでよかった。
気持ちに区切りができるから。
(よし)
さっきまで落ちていた気分がみるみるうちに上昇していく。
(日替わりランチ、完食できそう!)
その後、ユリシスに買ってきてもらったランチは思ったとおり全て完食し、なんなら大盛りにしてた一つユリシスからお裾分けも貰って、嬉々とした気分で教室へ戻っていった。




