43.距離の近い後輩オーレリア(1)
「せんぱーい、ダリオせんぱーい!」
甘ったるい声に後ろを振り向く。
ストロベリーブロンドの髪を揺らしながら手を振って歩いてくる後輩の姿があった。
「オーレリア」
呼びかけると
「はい、オーレリアです! 先輩はこれから授業ですか?」
「いや、三限は空きだからこれから図書館に行くところだ。オーレリアは?」
「三年も三限が自習になったんで、ウロウロしてました!
でも先輩に会えたから、うろついてた甲斐があったなぁ」
ふふふと笑うオーレリアだが、大人しく教室で自習しておくという選択肢はなかったのだろうか。
「ついてってもいいですか?」
「別にいいけど、邪魔すんなよ? 俺はおまえと違ってしっかり勉強するんだから」
まだ停学のときの遅れが気になっていた。
ここにきて単位を落としたりしたらシャレにならない。
空き時間にしっかり内容を詰めておこうとしていたところだった。
「わかってますよ~! 隣で大人しく本でも読んでます。だから、終わったら一緒にお昼行きましょう?」
「……おまえ友達いないの?」
からかい半分で尋ねると、オーレリアは口を尖らせる。
「わー、そんなこと言う! 先輩と食べたいから誘ってるんです! ね、いいでしょう?」
「いいけどさ」
オーレリアは魔法学科の第三学年で、異学年交流授業でペアになったときからの付き合いだった。
やたら積極的で、好意を隠す気がない。
かといって必要以上にベタべタしてくるわけでもなく、あっけらかんとしたところが付き合いやすい性格をしていた。
図書館までの道を並んで歩いていると、オーレリアがこっちを見て気付いたように言った。
「あれ、先輩制御具なんかつけてるんですか?」
「ん? ああ」
どうやらじゃらじゃら付けてる装飾品に気付いたらしい。
ようやく制御具の装着に慣れ、やっと着けたままでも、まともに動けるようになったところだ。
「うわ、耳に四つ、指は……ええ、つけ過ぎじゃないですか?」
「あと、腕にもな。ヤバいだろ。昨日、一昨日はダルさがマックスで死んでた」
「ほぼ罰ゲームじゃないですか。また先生に悪戯でもしたんですか?」
「もう悪戯する年齢でもないよ……ちょっと……やらかしただけだ」
言葉を濁すが、目ざとい彼女は誤魔化されてくれない。
「あ~……もしかして、演習室が先週使えなくなってたの、ダリオ先輩のせいなんじゃないですかぁ? なんか燃えて溶けたって聞いたから、そんなこと出来るの一人しか思い付かなくて」
含みのある顔で問いかけてくるオーレリア。
……ほぼ正解を言い当てられたので隠す気もなくなってしまった。
「知ってるなら聞くなよ。これでも反省しまくったんだから、蒸し返すな」
「ふふっ、ほんといつまで経ってもやんちゃで面白いですよね、先輩って。でも制御具付けてるなら、今なら私でも先輩に勝てるかなぁ?」
「余裕で勝てると思う。今の俺は中等部以下だよ」
事実だ。
大量の制御具に押さえつけられ、かろうじてコントロールはできるものの魔力はほぼ使えない。
今のところそこまで不便は感じてないが……
(伝書鳥のへっぽこさだけ、なんとかならないか――)
制御具を着けたままアイツに伝書鳥飛ばした際、あまりの出来の悪さに驚愕した。ピンクの雛鳥がバタつきながら飛んでいく様は、見てるこっちがハラハラしてしまった。
しかも周りにいたクラスメイトからは「初めて伝書鳥の魔法を使った子供みてぇな出来!」と散々からかわれる始末だ。
「なにそれ、おもしろーい。じゃあ、放課後は演習室で久しぶりに対決します? いつもやられてばっかだから、ボッコボコにしてみたい」
「やだよ。なんでわざわざ負け試合に付き合わないといけないんだ」
「考え方を変えてくださいよ。後輩に勝たせるチャンスが巡ってきたってことで」
「自分に都合良すぎだろ」
ポンポンとテンポよく会話が弾み、そのまま図書館の自習スペースへ入っていく。
「じゃあ、私は何か読む本探してくるんで、先輩はガリ勉しててくださいねー!」
「はいはい」
オーレリアは手ぶらだったので、席へ着かずに本棚の方へ行ってしまった。
(本当に自由奔放な奴――)
こちらが気を遣う必要が一切ない。
同じ後輩でも、こうまで違うかと思う。
そもそも――アイツなら、まず図書館に付いてくるなんてこともしないだろう。勉強は寮でやると言ってたし、変に遠慮するから。
「……?」
勉強道具を広げていた手がピタリと止まる。
(俺……何勝手に比較してるんだ)
ここ数日、アイツの姿を見ていない。
完璧な精度の緑の伝書鳥から伝言を受け取って以来、声すら聞いていない。
自分が呼び出しをしてないということも関係している。
あの日以来、薬がちゃんと効いてくれるのだ。
アイツの"おまじない"は、確実に効果がでていた。
そのおかげで、放課後にクロを抱き締めて昼寝する必要も無くなってしまった。
つまるところ――
呼び出す口実を失っていた。
(いや、待て、逆じゃないか?)
クロに会うため、アイツを呼び出してたのに?
「……」
ハッと握っていたペンを見るも、何も起きてない。
おそらく、制御具をしてなかったらまた燃やしてしまってたかもしれない。
気持ちを落ち着かせるようふうっと息を吐く。
(……とりあえず勉強しよう)
けれども、この後なぜか気が散ってしまい、あまり捗らないまま昼休みの時間に突入した。
「よし、先輩。食堂に移動しましょう! 私ペコペコです」
「ん……」
オーレリアに促されるまま、食堂へ移動する。
「おい、くっつくなよ」
「いいじゃないですかぁ。人肌恋しいオーレリアちゃんに温もりを与えてあげられるなんて、先輩はほんとうラッキーですよ」
「本当、都合のいい思考をしてるよな……」
俺の腕をとり、ピタリと身体をくっつかせて歩くものだから非常に歩き辛い。
見ようによっては勘違いされるから止めて欲しいが、何度言ったところで聞かないことを知っている。
結局そのままの状態で食堂の中へと入っていった。
「席はどの辺にします?」
「どこでもいいよ、座れるんだったら」
「んーじゃあ、あっちのテラスにしましょう。今日暖かいし」
「ん」
二人して足を進めようとしたそのとき。
「あれ、エンデ先輩?」
後ろから名前を呼ばれ、顔を振り向かせる。
するとそこには、澄んだ灰色の目をキョトンとさせた、ユリシス・ノルティマットがいた。
「ノルティマット」
彼と会うのは、異学年交流授業でペアを組んだとき以来だ。
「久しぶりだな」と声をかけようとしたとき、彼の背に何かがいるのが見えた。
「こ、こんにちは……」
その背からひょっこりと顔を出したのは、オレンジの赤毛。
森の色と同じ緑の目がノルティマットと同じ表情をしてこちらを見ていた。
「……罰ゲームか?」
率直な感想が口から付いてでた。
なぜ同級生をおんぶする必要があるのか。
しかも、こんな人の混み合う食堂で――
「違いますよ。ネモが授業で足を捻ってしまったから、俺が連れてきてやったんです」
「わ、私が無理強いしたわけではないです」
(だろうな)
申し訳なさそうにしている彼女を見ると、一目瞭然だ。
「治療室には行かなかったのか?」
「行ったんですが、軽い捻挫だから治癒魔法を使うまでもないって包帯巻かれて終わりです。で、歩き辛そうにしてたんで今日は俺が身体強化を使って足代わりになってるんです」
「なるほど」
いや、なんでおまえが足代わりになる必要があるんだ、と喉元まで出かかってなんとか押さえた。
そのとき、腕を組んでた方の肩に、オーレリアが顎を乗せてきた。
「ねぇねぇダリオせんぱーい。この子たちに私のこと紹介してよ。一人かやの外で退屈~」
「ああ、ごめん」
完全にオーレリアのことを忘れてた。
同じ魔法学科の先輩後輩同士、繋がっておくに越したことはない。
「コイツは魔法学科第三学年のオーレリア・フリードマン」
「よろしく~」
「それでこっちが魔法学科第一学年のユリシス・ノルティマットと、ネモフィラ・フィリアスだ」
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
(ん?)
体勢が恥ずかしいのか、オーレリアに人見知りをしているのか、いつになく小さな声で挨拶を返している。
オーレリアは二人を眺めたあと、ニコニコしながらぎゅうぎゅうと腕を絡めて言った。
「ふふ、異学年交流授業で会えるのを楽しみにしてるねー。それじゃあおんぶのままだとツライと思うから、私たちは行くね。さ、ダリオ先輩、テラス席をゲットしますよ」
「おい、引っ張んなよ」
「エンデ先輩、オーレリア先輩、また……」
ノルティマットが彼女をおぶったまま、軽く頭を下げる。
彼女もペコリと背中の後ろから頭を下げた。
「……」
オーレリアに腕を引かれ、その場を立ち去る。
その間、理由もわからずモヤモヤしていた。
振り返ると、先ほどいた近くのテーブルに二人は腰を降ろして隣合って何かを喋っている。
その距離は近く……なぜか肩を小突きあっているのが見える。
(なんで隣に座るんだ。普通、向かい合って座らないか?)
「面白い一年ですね。まだ入学して数ヶ月なのに、仲が良くて可愛らしいなぁ。ほら、ずっとじゃれ合ってる」
続くオーレリアの言葉に、ピクリと身体が反応した。
「ふふ……あの二人、付き合ってるのかな」
「なわけないだろ」
俺の間髪入れない否定に、オーレリアが目を丸くしてこっちを見つめる。
「……なんだよ」
「べっつに~」
またも含みある顔で言うもんだから、
「ほら、席取ったらさっさと買いに行くぞ」
と話題をそらして足を早めた。
間違えて木曜日に更新してしまったので、続きは土曜日夜更新します。




