1.はじまりは一つの魔法。
一気に五話投稿します。
インクを水に溶かしたように、赤、青、黄色、緑――色とりどりの炎が溶け合っている。
沈みかけた空は、青からオレンジ、そして赤へと移ろうグラデーションに染まっていた。
魔法を操るその人を覆うローブが、風に煽られ、はらはらと波打つように翻る。
これまで見たことのない芸術を見せつけられたかのような光景に、身体はその場に縫い付けられたように動きを止めた。
――私はその日、世界で一番美しい魔法を見た。
◇
「ねえ~ネモ。そろそろ休憩したら? というか寝ないの?」
二段ベッドの上から声をかけてきたのは、ルームメイトのカタリナ。
もう消灯時間だというのに、寮に戻ってからずっと魔法を使い続けている私を、心配そうに覗き込んでくる。
けれど私は、その言葉に首を横に振った。
「うーん……あとちょっとで、うまくいきそうな気がするの。あとちょっと……」
そう言いながら、再び魔法を試みる。
――けれど、結果はまた失敗。
何度やってもうまくいかないそれに、「またダメかー……!」と思わず机に突っ伏した。
正直なところ、もうとっくに気力も体力も尽きかけている。
でも、ここで諦めたら、いろいろと終わる。主に――明日の放課後が。
「あー……
こんな初歩の課題でつまずいてたら、留年か転科を勧められちゃいそうだよ……」
私――ネモフィラ・フィリアスは、ローズ王国国立ローズシティナ魔法学園の生徒だ。
高等部の魔法学科に進学して、早二ヶ月。
いま、基礎魔法の課題に絶賛大苦戦中だったりする。
(明日は補習で居残り確定かな……ああ、憂鬱過ぎる)
私が苦戦に苦戦を重ねている課題――
その内容は、こうだ。
生徒一人ひとりに配られた小さなビー玉に炎の魔法を定着させ、
その温度をほどよい暖かさ――たとえば、紅茶の入ったカップを手に持てるくらいに保つ。
温度調整を学ぶのが、この課題の本来の目的だ。
――が。
私は、その前段階である「炎の定着」に見事につまずいている。
テキストどおりの手順で、呪文も間違っていないはずなのに、まったくうまくいかない。
どうやっても炎が逃げていってしまい、その先へ進めない。
――なんでなんだ。
(ああ……今日も寮の夕食、食べそびれちゃったよ……ひもじい……)
最近は夕食を立て続けに逃していて、ただでさえ貧相な体が、輪をかけてやつれてきた気がする。
……主に、胸のあたりがぺたんこを通り越しているのは、絶対に気のせいじゃないはずだ。
「ほんと、魔法科は大変だね~。魔法薬科の私の課題なんて、時間をかければ誰でもできるっていうのに」
ゆるい調子で話しかけてくるカタリナは、私と同じ学年で魔法薬科の生徒だ。
魔法薬科は、魔法学科とは違って第一学年の間は座学が中心で、課題もあったりなかったりと、かなり緩い。
その点については、正直羨ましかったりする。
自分で選んだ進路に後悔はしていない。
してないのだけれど、魔法学科の課題は、他と比べても日々なかなかに"エグい"。
そのエグい課題に連日苦戦しているせいで、最近は少し心が折れかけていた。
王立ローズシティナ魔法学園は、一般教養を広く浅く学ぶ中等部に対し、高等部では各々が専門科へと進む。
私が所属している魔法学科は、主に魔法実技を学ぶ学科だ。
就職先は軍の魔法部隊が最も多く、体術を主とする魔法騎士科と並び、士官学校のような側面も持っている。
ほかにも、魔法薬を扱う魔法薬科、学問として魔法を研究する魔術学科、幻獣を扱う召喚科、治癒や精神系魔法を担う幻術科などに分かれている。
学科ごとにカリキュラムも厳しさもまったく異なる――それが、この学園の特徴だった。
私は魔力こそそこそこあるものの、もともと実技に強い興味があったわけではなかった。
中等部にいたころは、進路を選ぶ際、魔法をそれほど使わずに済む魔法薬科や魔術学科を考えていたくらいだ。
けれど、ある出来事をきっかけに――
色々な意味で厳しいといわれる魔法学科を志望し、無事に進学して――今に至る。
「……いや、努力は必ず報われる、はず!
私は、あの憧れの人に近づくために頑張るんだっ!」
机に顔を伏せたまま、今日も今日とて根性論を口にし、折れそうな心をなんとか奮い立たせる。
そんな光景に慣れっこのカタリナは、しれっとそれを受け流し、「そういえば……」と話を切り出してきた。
――よく出来た友達だと思う、ほんと。
「前第四学年の先輩方が明日、学園に戻って来るんだっけ?」
カタリナの何気ない話に、疲れで項垂れていたはずの体が、息を吹き返したように瞬時に反応した。
伏せていた顔をがばりと上げ、カタリナの方へ勢いよく向き直る。
「そうなの!」
興奮のあまり椅子が倒れそうになるのを、なんとかバランスを保って踏ん張った。
――そうだった、課題に萎えてすっかり忘れてた。
明日は待ちに待った、『あの日』なんだった!
「ついにって感じ! やっと“エンデ先輩を学園で拝める日”がやって来るの!
私、楽しみで仕方ない!」
私が無理して魔法学科に進学した理由。
すべては、ダリオ・エンデ先輩と、その魔法にあった。




