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夜の神子、あなたは帝都の闇の道しるべ  作者: 崎浦和希
第七話 夜闇にまたたく願い星たち
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終 夜の神子

「あの子に告白されたんだ」


 道すがら、百瀬は前置きもなく言った。


「そうじゃないかとは思っていたけれど……」

「ただ言っておきたかっただけだって。朔夜のことを大事にしてって言われた。どちらかというと、朔夜を慕って、後ろめたさをなくそうとしたみたいだったよ」


 君枝にどういう葛藤があったか、朔夜は知っている。

 けれど君枝からその記憶を消したせいで、君枝のなかでは、朔夜への後ろ暗い感情をうち明けられないままだったはずだ。

 そういう気持ちも邪気にあてられたものだったとしたら、学校に撒き散らされていた怪異を祓い、願いを返した今、すなおな想いに戻ったのかもしれない。


「誠実な子なのよ」

「あの子は、朔夜のことが好きなんだよ。僕を慕う気持ちよりも」

「そうかしら」


 朔夜は、否定とも同意ともつかない相づちを打った。

 女学生たちの絆も、恋心も、百瀬には理解の及ばない感情だろう。とはいえ、朔夜も君枝の心境は推測することしかできない。

 きっと、たくさん苦しんだはずだ。


「朔夜が背負い込むものではないからね」


 黙り込んだ朔夜の思考を見透かすように、百瀬が釘を刺す。


「わかっているわ」

「どうかな。朔夜はすぐ、自分の心をわけ与えてしまうから」


 繋いでいた手に、百瀬は少し力を込めた。


「僕のことだけ考えていてって、言いたいんだよ、ほんとうは」

「言ってる」

「聞かなかったことにしてもいいよ」


 百瀬がにこりと綺麗に笑うとき、裏にあるのはいっさい譲る気のない想いだ。朔夜はわざとらしくため息をついてみせ、百瀬の手を引いて身を寄せた。


「そうするわ」


 朔夜の反応が予想外だったのか、百瀬は数秒のあいだ、朔夜を見下ろして目を丸くしていた。少ししてぽそりとつぶやく。


「……そう」


 いつもは歌うように流れる声が、低くくぐもっていた。本音を隠せていないというより、もう、今までのように隠す気がないようだ。


(どうせ、私が百瀬の望み通りにすると、後ろめたく思うくせに)


 めんどうなひと。

 でも胸の深くを掴まれた心地がして、今すぐに百瀬を抱きしめたいような、たまらない気持ちにさせられる。


「……僕のこと、いやにならない?」


 今さら、そんなことを自信なげに言うから、朔夜は黙って空を仰いだ。

 夏に向かういまの時期、帰り道でも空はまだ遠く明るい。

 季節のうつろいを感じさせるぬくい風が吹き、浅い花の匂いが通り過ぎていった。


「帰ったら、ホットケーキを焼きましょうね」

「……はちみつの?」


 戸惑うように何度か瞬きをし、百瀬はやや呆けて幼い声音で尋ねてくる。おずおずと正解を探す子どものようだった。

 ふたたび百瀬へと視線を戻し、よどみなく、いつもと同じ調子で答える。


「はちみつとにんじん」


 百瀬は一瞬だけ苦い顔をしてみせ、すぐにほろりと頬をほころばせた。


「あれ、でも鳩羽さまのところに寄るんじゃ……?」

「あしたでいいわ」


 朔夜は亜麻色の髪を風に遊ばれるままはためかせ、その風に乗せるように、軽やかに言った。

 鳩羽が聞いたら呆れるだろうか。もしかしたら、逆に喜ぶかもしれない。


 あしたでいい、と言えること。

 もう、明日が――未来が怖くないこと。


 人か、人ならざるものかもあいまいな自分たちに、今の帝都はきっと優しくはない。

 けれど、生きる場所を守ってゆくのも自分たちなのだ。そして朔夜も百瀬も、無力で、ただ怯えるしかない子どもとは違う。

 何より、互いがそばにいる。だから、きっと。


「ねえ。百瀬は、結婚式で着るならドレスと白無垢、どっちがいい?」

「それはまだしばらく、迷わせて。次の春まで」


 唐突な朔夜の問いにも、百瀬は言いよどむことがなかった。小さな揺らぎにも似た、かすかな不安も伝わっているのだろう。

 そっと笑って、頬にかかる朔夜の髪を指先で除け、身を屈めて口づけてくる。

 ほんの一瞬のことで、驚いた朔夜が百瀬の肩に手を押し当てるころには、もう離れていた。


「人に、見られたら……!」

「大丈夫」


 恥ずかしくてつい唇を押さえる朔夜に、百瀬は蕩けた笑顔で周囲をさし示した。いつの間にか結界が張られていて、そのなかでふたりきりだ。


「お、お父さまとの約束は……」


 百瀬が優美に微笑む。

 人外めいた美貌のせいで、どこか危うい気配が滲んでしまっている。


「だから、秘密にして、朔夜。『約束』だよ」


 百瀬はすいと顔を寄せてささやいた。


「そういう『約束』、安易に結んではいけないのよ」

「そうかな。これでよかったと思うよ、僕は」


 安堵のため息にも似た、柔らかな声音だった。それから百瀬は体を引いて、代わりに手を差し出した。


「帰ろう、朔夜」


 少し悔しいが、その手を取らないわけがない。しっかりと指を絡められると、胸まで熱がのぼってくる。

 心が愛しさで満ちる。


(いまなら、ぜんぶわかる……)


 これが、百瀬が朔夜との契約を唆した感情。そして朔夜が百瀬に罪悪感を抱いていた原因だ。

 愛しているからそばにいたい。そして幸せでいてほしい。誰よりも。

 歩きはじめて、結界が解かれるのを惜しく思った。


「ねえ、百瀬……」


 並んで歩く百瀬を見上げると、百瀬は朔夜にみなまで言わせず、微笑みで受け止める。細めたまなざしにふたりだけに通じる秘密を滲ませて、歌うように言葉を放つ。


「今夜は、どんな夢を見ようか」


 もの静かな声には、夜闇の安寧がひそんでいた。

 朔夜も夜を想い、壊さぬよう声をひそめてささやいた。


「また星を見たいわ。一緒に」

「朔夜の望むままに」


 望む未来は同じなのだと伝わってくる。

 そのよろこびが、星のように胸に灯っている。


 夜闇に輝き、ゆくさきを導いて、自分たちを照らしてくれるのだろう。

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