表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の神子、あなたは帝都の闇の道しるべ  作者: 崎浦和希
第七話 夜闇にまたたく願い星たち
PR
31/33

7-3 決着

「これで終わったかしら」


 帰ってきたうつし世の、百瀬の家の裏庭に降り立ち、つい後ろを振り返ってしまった。

 そこには、見慣れた朔夜の家しかない。


「朔夜は何も心配しないで」

「百瀬、逆に心配だわ」


 ひとりで何かを仕出かす気では、と半眼に睨みあげると、百瀬は無邪気なほど曇りのない笑みを返してきた。


「ほんとうに、僕は大丈夫だから」


 重ねて言う百瀬が朔夜を抱き寄せるのにあらがわず身を寄せて、彼の胸もとでため息をつく。


「無茶はしないよ。朔夜が悲しむとわかっているからね」

「私のためではなく、百瀬のために、その身を大事にしてほしいの」

「僕は朔夜のものだから、朔夜のものを大事にする、という意味では」

「私の話、聞いてた?」


 朔夜はもうひとつため息をこぼして、百瀬の肩に頭を軽くぶつけてやった。百瀬は嬉しそうに朔夜の髪を撫でるばかりだ。


「……きょう、百瀬のうちに泊めて」


 狭間にいるあいだに、ずいぶん夜が更けていた。朔夜の家にもう明かりはなく、静まり返った夜のもと、世界に百瀬とふたりきりのようだった。

 まだ、ふたりきりの世界にいたくて、百瀬を見上げて強請る。百瀬は伏し目に朔夜を見下ろし、静かに微笑んで、「いいよ」と言った。


「昔みたいに、同じベッドでは眠れないけれど。……今は、まだ」

「夢をつなげて眠ればいいわ」

「ほんとうはいつも、朔夜を帰したくなかった」

「言ってくれたらよかったのに」

「朔夜を怖がらせて、逃げられるわけにはいかなかったもの」


 朔夜は三度目のため息をついて、いっそう抱きしめてくる百瀬に身を任せる。

 その百瀬の怖がりのせいで、朔夜に『契約』を唆したわけだから、諸悪の根源だ。

 でも今さら、咎めるつもりもない。


「もう隠しごとはない?」


 問うてみたら、百瀬は黙って、完璧に美しく笑う。どう見たって怪しい。


「今度は、何」

「たいしたことではないよ。ただ……今の朔夜は、困ってしまうだろうから」

「そうやってささやけば誤魔化せると思わないで」


 くすぐったい耳を押さえながら釘を刺すと、百瀬は軽やかな声を上げて笑った。

 何やら曰くがありそうだけれど、百瀬がそうやって笑っていられるなら、まあいいか、と思う。

 いちばんの願いは、同じなのだろうから。




 *❀*



 週明け、つい刺繍に夢中になって、寝不足ぎみの目をこすりながら家を出る。

 それでもいつも通り門のところに百瀬の姿を見つけて、足取りを軽くした。


「おはよう、百瀬!」

「おはよう」


 朝から、夜半のような静けさで微笑む百瀬の目の奥には、やはり真紅の光がちらつく。その光を、今の朔夜はすなおに美しいと思う。

 百瀬がごく自然な動きで朔夜の手を取り、ほどよい力加減で握る。人より冷たい朔夜の手は、そうして百瀬と同じぬるさになってゆく。


「今日は、鳩羽さまのところに寄って帰りましょう。解決したって報告に」

「うん。鳩羽さまは、もしかして全部ご存じだったんじゃないかな」


 百瀬は怒るでもなく、いつもの、歌うような調子でもの静かに話した。


「人ならざるものの仕業だったら、自分で動いてそうだもの」

「鳩羽さまはきっと、私たちを試したのね」

「僕たちの選択に任せてくださったんだよ」


 おっとりと言う百瀬に目を向けながら、朔夜は百瀬とは少し違うことを考えていた。

 鳩羽が見守ったのは、村主新とどう決着をつけるかではなく、百瀬とのことだったように思う。

 ぼんやり百瀬を見上げたままでいると、目が合って柔らかに微笑みかけられる。


「百瀬って、ずっと私を見てない?」

「どうかな」


 やや悪戯っぽく笑う百瀬は、いつもより肩の力が抜けているように見えた。いつも、何を考えているかわからないようでいて、彼なりに気を張っていたのかもしれない。


「ずっと見ていたいとは思っているよ」

「前を見て」

「前なんて見なくてもわかるよ。朔夜も、そうでしょう」


 わざとらしく朔夜を見て言いながら、百瀬の足は、足下を駆け抜ける小さなあやかしを器用に避けた。それでも、近所の人の姿が見えたときには、ちゃんと前を向いてそれらしく歩く。

 おはようございます、と声を揃えると、近所のおかみさんは少しからかうように、明るく挨拶を返してくれた。彼女は、朔夜たちが『普通』でないとは、つゆほども思っていないだろう。


(仲が良すぎるとは思われているわよね)


 今さらながら、なんだか恥ずかしくなってきて百瀬から距離を取ろうとした。すると、百瀬の手にぐっと力が入り、痛くはないけれど抗えない、絶妙な力で引き戻される。


「今さら恥ずかしがる必要がある?」


 百瀬は、わざと朔夜の耳に唇を寄せ、朝に似つかわしくない、やや掠れたひそやかさでささやいた。


「必要かどうかじゃないの」


 言葉がなくても、朔夜と百瀬のあいだには特別な絆があり、互いの感情を知る。夢を繋げて、眠っていても一緒に過ごすこともできる。

 生まれる前から、ずっとそう。

 人ならざる力を持ち、人のなかで生きている。それが自分たち。


「なんだか最近、意地悪じゃない?」

「僕が知らない朔夜のことを、もっと知りたいから」


 百瀬からは意外な答えが返ってきた。朔夜が思わず目を丸くして百瀬を見上げると、朔夜を見下ろす百瀬は眩しげに、それでいて柔らかく目を細めた。


「いつでもそう。朔夜が僕に言ってくれたように、僕も朔夜のことは、誰よりわかっていたいよ。何もかもを知りたいと思う」

「隠しごとなんてないわ」

「そういうことじゃない」


 百瀬は仕方がなさそうにふうと息をついて、空いているほうの手で指折り数えだす。


『庇護欲、独占欲、支配欲。そういうもの』


 涼しい表情で、けれどとろりとした感情に乗せて朔夜に響かせてくる。そのくせ、朔夜が離れていくのを恐れるように、繋いだ手に力を込める。

 朔夜の心境は触れているところから伝わったようで、彼はすぐに息をついた。


「僕のことを過保護だと言うけれど、朔夜だって過保護だよ」

「どうして」

「いま、僕に欲があることで、安心したでしょう。あるに決まってる」

「だって、好きな色も食べものも、いつも『朔夜が好きなら』って言うじゃない、百瀬」


 朔夜が唇を尖らせると、百瀬は悪びれず言った。


「朔夜のこと以外、些事だから」

「百瀬のことは些事じゃないから」


 すかさず言い返す。だが百瀬にはちっとも応えた様子がなく、美しいかんばせに、どこか妖しい微笑みをつくって朔夜を見下ろした。


「そうやって朔夜が僕を気にかけてくれるぶんで、ちょうどいいと思う」

「よくない」

「いいよ。僕を大事にしてね、朔夜」


 耳をくすぐる百瀬の秘事めいた声音に、朔夜は頬に熱がのぼるのを感じ、きゅっと唇を引き結んだ。

 主従関係をほのめかすくせに、百瀬は朔夜が彼の言うことを聞き入れると思っているし、譲る気も感じられない。

 そんな百瀬に、朔夜は勝てる気がしない。


「大事にしているでしょう」

「僕は欲張りだから、もっと」

「わかったから、ちょっと離れて!」


 学校が近くなってきて、いつもよりさらに近い百瀬の体を押しのける。百瀬はくすくす笑いながら、おとなしくいつもの距離に戻ってくれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ